016.その向こうには何がある?
数㎞四方に広がっていた居住地跡を抜けてなだらかな斜面を下って行くと幅広く流れの緩やかな河が見えてくる。
付近には田畑らしきものがあったけれど、人の手が途絶えてから長い年月が経過しているのが一目でわかる様な状態になっている。
私達は雑草に塗れた田畑の間を通る農道をたどって河川敷の堤防に至る。
あとはここをたどって上流を目指していけば滝のある場所までは道が舗装されてるっぽい。
「ここまで来れば目的地までは、あと2時間もすれば到着すると思います」
「ここから先も居住地跡と同じで魔物って寄ってこないんですか?」
「えぇ、古代文明の遺跡までは野生動物は居てもさっきのあの子のような例外でもない限り、魔物はまず出ないと思いますよ」
「それって、なんでなんでしょうね。昔からなんですよね?」
「古代文明の遺跡となんらかの関係があるのではないかとは言われていますが、その関係を解き明かした方はまだいらっしゃいませんね」
「不思議な話ですよね。この世界がどのくらい広いかわからないですけど、ここ以外にもあるんですかね、こういった土地って」
「おそらくあるとは思いますが、あるとしたら岩壁の向こう側でしょうから容易にはたどり着けないでしょうね」
「ステヴィアさんも行ったことはないんです?」
「一度は目指したことはありましたが、どこまで行っても崖が続いていましたし、私の魔法で岩壁を造り変えてトンネルを掘って向こう側に抜けようともしましたが途中で干渉することが出来なくなっていましたね」
「崖を直接越えようとはしなかったんですか。ステヴィアさんなら山越えも問題なく出来そうな気がしますけど」
「それは一番最初に試みたのですが、監視者のような存在に阻まれてしまいました。私がアンとともに岩壁の上を伝って来なかったのもそれが理由です。岩壁の上を移動していたらいつ何処で彼らの逆鱗に触れるかわかりませんので」
あの崖ずっと続いてたし、軍隊鼠の群に出くわしたときも岩場辺りから崖の上を進んでいれば襲われることもなかったんじゃないかとは思ってたけど、なんか危ない魔物の根城になってたのね。
「それってどんな魔物なんですか」
「彼らは魔物ではありませんね。彼ら竜は神から与えられたとしか思えない絶対的な能力をその身に宿して居るのです。はっきりと明言は出来ませんが、神様が私達を管理するために遣わした生物ではないかというのが一番有力な説ですね」
竜だなんてファンタジーで定番の魔物がここに来て出てくるなんてね。
でも何で竜はそんなことしてるんだろ。
この土地から離れられたら困る理由でもあるのかな?
「岩壁を越えようとしない限り襲ってこないんですか?」
「そうですね。基本的に彼らは私達に興味などないようですし、不老不死な上に食事も必要としないみたいですので獲物を狩るなどといったこともしないですからね」
竜も不老不死なのね。
それならアンジェリカさんの身体が抱えてる問題解決の糸口を竜から得られるかも。
「竜の能力を借りることが出来れば、私達の目的も解決出来たりなんてことは……」
「彼らと意思疎通が可能あるのであれば、あるいは」
直接竜と対面したことがあるらしいステヴィアさんの言い方は、どうも歯切れが悪い。
「気が乗らないみたいですけど、やっぱり無理そうですか?」
「正直に申しますと無理でしょうね。眠ることも食事を摂ることもなく、繁殖する必要性もない完全に個として完結してしまっている存在で、ただただ縄張りへの侵入者を排除する役目を果たしているだけで、そこに彼らの意思は一切感じられませんでした。あれは生物だとは思えませんでしたね」
ロボットみたいってことなのかな。
「それはなんというか意思疎通以前の問題みたいですね」
「ですので私はお勧めしかねます。彼らは深手を負っても怒りの感情を発露することもなく、淡々と縄張りへの侵入者を攻撃し続けますから」
竜自体から情報を得るのは難しそうだけど、岩壁の向こう側に何か情報を持った人が居たりする可能性はなくはないよね。
でも、そういう可能性がなくもないってわかってたからステヴィアさんも岩壁の向こう側に行こうとしたんだろうからいろいろと厳しそう。
探査蝙蝠で岩壁の向こう側の景色を確かめることが出来ればいいけど、蝙蝠が見たものって私には見えないし、困ったものだよね。
それを解決するには魔法の研究とかするしかないのかも。
ステヴィアさんとは属性が違うから自力でどうにかするしかないからかなり難しいところだけどさ。
【道具箱】に入ってたアンジェリカさんの日記に魔法の使い方とか載ってたりしないかな?
プライベートな内容しか載ってなかったら申し訳ないけど、今は他に情報源なんてないしね。
居住地の人達は土属性がほとんどだったって話だし、そもそも住民だった人達は先代のアンジェリカさんにみんな殺されちゃってるから話の聞きようもないんだけど……。
あれ?
ちょっと待って、住民の人達が殺されちゃったとして死体は何処に行ったんだろう?
居住地跡には骨すら残ってなかったよね。
肉食の動物ってねこくらいしか居なかったし、ねこが跡地に転がってた人間の死体を食べたとしても居住地の規模からして数千人は住んでただろうから全部食べ尽くして片付けるなんて絶対無理だし、そもそも骨くらいは残るはずだよね。
だったら遺体はどこに消えたんだろ。
軍隊鼠の群ならあるいは数年かけて食べ尽くしても不思議じゃなさそうだけど、そもそも魔物が近付けない土地な上に家畜だった動物が今も何事もなく平穏に暮らしてたんだからそれはありえない。
先代のアンジェリカさんが亡くなって私が目覚めるまでは1年くらいだったらしいけど、居住地を襲ったのはすごい昔のことだったのかな?
そうだったとしてもやっぱり骨くらいは残りそう。
埋葬されてたとしても墓地のようなものは見かけなかった気がする。
もしかしたら変わった葬儀の文化あって埋葬されないのかもしれない。
いや、もう変に考え込むより聞いた方が早いか。
「ステヴィアさん、居住地に住んでて亡くなった人達って全員埋葬したんですか? 建物以外に人が居たような痕跡がほとんど何も残ってなかったのでちょっと気になって」
「いえ、私は何も。特殊な才能持ちでもなければ死後3日程度で肉体は消滅しまいますから基本的に埋葬する必要もありませんので、大抵は消滅するまで死者を見守ることになりますね」
死んだら身体が消滅する?
あぁ、だからステヴィアさんはアンジェリカさんの遺体と離れることが出来なかったのかと納得する。
それと同時に死んだら肉体も何も残らない事実はなんだか生きていたことをなかったことにされるみたいで怖いものがあった。




