015.好きなんですね、やっぱり。
ステヴィアさんと並んで草原の丘を歩きながらちょっとした違和感を覚える。
私が丈長の草地の終わりを探るために飛ばした探査蝙蝠がぶつかるような障害物が付近に一切見当たらなかったのである。
最初は軍隊鼠に攻撃されて消えたものだと思ったけれど、あの鼠はそれほど高くジャンプ出来なさそうだったし、ステヴィアさんから聞いた軍隊鼠の生態などからして間違いなさそう。
単に私の集中力が切れて探査蝙蝠が消えちゃったのかもとも考えたけれど、その割には丈長の草地の外までの距離は大体合っていたので不思議だった。
もしかして探査蝙蝠なんて魔法の名称通りに私が調べたかった内容を確認出来た時点で、魔法としての役目を果たして消えたってことなのかな?
わからない。
魔法なんて前世の私の世界にはなかったわけのわからない能力なんだから当然かもしれないけどさ。
今優先するべきこととは関係は薄いので、コウノトリでの作業が終わってから必要なら魔法のことは考えることにしよう。
アンジェリカさんの身体が抱えている問題を解決する役に立つかもしれないからね。
なんて余計な考え事をしながら歩けるほど草原の丘は平穏だった。
見晴らしも良く、周囲に魔物の姿は一切見当たらない。
ここに抜ける直前に軍隊鼠の群に襲撃されたから見晴らしのいいここは隠れる場所もなく、魔物の目に付きやすいだろうから駆け抜けることになるんじゃないかとさえ思ったけれど、そんなことはなかった。
「この辺りって魔物全然いないですね」
「えぇ、何故か昔からこの付近には魔物が寄ってこないんです。だからこそああやって人々に居住地として長年利用されてきたんですよね」
そう言いながらステヴィアさんは左手前方の指差す。
指し示された方向の数㎞先には箱型の建物らしき物が乱立しており、その付近には牛や羊っぽい生き物が点々と見受けられた。
「何かいますけど、あれって魔物じゃないんですか?」
「あれらは人間が飼育していた家畜たちですね、今は飼い主だった人間が居なくなって半ば野生化してしまってますけれど。魔法も使えませんし、普通の動物達ですよ」
魔物と動物の違いって魔法が使えるか使えないかなのね。
というか普通の動物も居たんだ。
やがて私達は居住地の跡にたどり着いた。
事前に聞かされていたのでわかってはいたけれど、人の気配は全くなくて居住地全体が家畜だった動物たちの棲家になっていた。
家畜は牛や羊だけでなく、鶏も居て彼らはあちこちに卵を産み散らしている有様である。
糞とか見境なしに落ちてるので何というか、足の踏み場に困るような場所も割とあって困った。
臭いの方は、お察しである。
そんな状況に混じって我が物顔で居住地内を闊歩するねこが数匹見受けられたけれど、彼らは何を餌にしているのかと思えば鶏の雛を弄ぶように痛ぶってから捕食している姿を見せ付けられた。
下手に鶏ばかり増え過ぎるよりはいいのかもしれないけど、ちょっとねこのことが怖くなった。
今もねこに黒っぽい雛が襲いかかられていたけれど、何故か私の想像通りの光景が繰り広げられることはなかった。
黒っぽい雛に喰らい付いたねこは、すぐに口を離して警戒するように前脚でだだっと殴っていたけれど相手は物ともせず、ねこなど眼中にないとばかりにとてとてと歩き去って行く。
ねこはしばらく黒っぽい雛の後を付いて回っていたけれど、どうにも出来ないと思い知らされると興味を失ったように何処かへ行ってしまった。
すると今度はステヴィアさんが雛に興味を持ったようで、静かな足取りで近付くとまじまじと観察し、ぽつりとつぶやく。
「この子は邪目石鶏ですね。鶏を仲間だと勘違いして迷い込んだのでしょうか」
ステヴィアさんがやたらと食い入る様に見つめているので、魔物なんじゃないかと思って尋ねる。
「もしかして魔物なんですか?」
「はい、かなり稀少な子ですね。私も目にするのは初めてです」
「危険だったりは」
「基本的に害はありません。食事の邪魔さえしなければ、ですが。この子の食料は少々特殊で魔力を含んだ石材なのですが、ただ石を食べるというわけではなく、多種属の巣を魔法で石化させた物を好んで食べるんです。ですから食料とされた巣の家主が食事を妨害するようなことがあれば当然石化させられるわけです。諦めて別の巣を創り始めるモノも中にはいますが、わざわざ新たな食料を用意してくれる相手を見逃してくれるはずもなく、といったところですね。基本食料が石材ですから身体も頑丈な石質なので力押しで追い払うのも難しいんですよ」
「割と厄介な魔物みたいですね」
「えぇ、家を奪われた子達からすると困った相手には違いありませんね。ですから巣食い奪りなんて呼ばれたりもしてますね」
饒舌に語るステヴィアさんはこれまでにないくらい興奮しているようで、邪目石鶏という魔物が相当に珍しいのだとわからされた。
「ステヴィアさん、また後でこの子の様子を見に来ましょう」
「そうですね、また後でですね。すみません、かなり取り乱していた様です」
そう言ったステヴィアさんだったけれど、名残惜しそうにしながら石造りの家の壁を啄ばむ雛の姿をしっかりと目に焼き付けていた。
私はこれまで先導してくれていたステヴィアさんの手を引き、居住地の跡を抜けて水音の聞こえる方向へと足を進めた。




