014.ここを抜ければ。
【道具箱】に写真を戻し、歩き難い岩場を軽く跳ねるように進む。
靴に付加された効果のお陰で悪路でも疲労感はない。
時折、岩場の陰からちいさな魔物が姿を見せることもあったけれど、襲いかかって来るようなことはなく平穏な道行が続く。
長い道のりをただただ歩くのは退屈かなと思っていたけれど、ステヴィアさんが出くわした魔物の生態を豆知識めいた解説を交えて教えてくれるので退屈は感じなかった。
そんなこんなで岩場を抜けると丈の長い草の生い茂る草原に出た。
草は私の身長くらいあって辺りが全く見渡せない。
これまで通りに崖沿いを進もうにも崖は崖で蔦に覆われて緑一色になっており、手のひら大の虫とかが葉の影に潜んでいたりして崖の近くを歩くのはちょっとした危険を感じた。
そのとき直感的に感じた私の感覚は正しかったようで、この辺りに潜んでいる虫の中には強力な毒を持つモノや強靭な顎で肉を喰い千切って来るようなモノも多いらしい。
それらの毒も魔法であるらしく、木属性でなければ解毒出来ないそうで、いくら私達が死なないといっても体内で毒が分解されるまで痛みが継続し続けるとのことだった。
一応、ステヴィアさんが魔法を阻む『障壁』の魔法を施してくれたのである程度は問題ないらしいけれど、万全とは言えないらしいので私達は崖を離れて草を踏み倒して足元を整えながら進む。
余計な手間をかけなければならない以上、歩む速度は大幅に下がった。
草の影響で周囲もまともに見えず、いつどこから何が出てくるかわかったものではない状況は地味に心を擦り減らしていく。
『疲労回復』効果付きの靴を履いていなかったらとっくに心が折れていそうだった。
いつになったらここを抜けられるのかわからないというのは、とてもキツイものがある。
どうにか丈長の草地の終わりを確認出来ないかと探査蝙蝠を草地の上を進行方向に真っ直ぐ飛ばしてみる。
探査蝙蝠は結構な距離を飛んで行くと樹にぶつかったのか、やがて反応が消えた。
少なくともあと数百メートルくらいはありそうだけれど、終わりが何となくでもわかっただけでも気分は軽くなった。
体感で残り半分といったところまで進んだ辺りで、何かが草を掻き分けてこちらに近付いて来てるのか、ガサガサと草の擦れ合う音が段々と大きくなっていく。
その音はひとつやふたつではなく、かなりの数が方々から向かって来ているようだった。
「アン、音のする方向に可能な限り多くの蝙蝠を飛ばして貰えませんか」
「わかりました」
私はステヴィアさんの指示に従ってすぐさま探査蝙蝠を多数飛ばす。
「余り生態系を乱すような真似はしたくないのですが……」
そう静かに口にするステヴィアさんの手には、いつの間にかテントを張るのに使いそうな杭のようなものが複数本握られていた。
よくよく見てみるとそれは大きな縫針のようで、針穴には糸が通されて先程までは着けていなかった手首の腕環に繋がっている。
ステヴィアさんは呼吸を止めて耳を澄ますしているようで、私もそれにつられるようにして息するのを忘れた。
迫る音に私はビビりながら視線を泳がせているとステヴィアさんがちいさな動作で次々と縫針を音の出所に向けて投擲していった。
数瞬後、遠くもなく近くもない場所から身の毛がよだつ魔物の断末魔が次々と響き渡ってくる。
それらを耳にしながらステヴィアさんは淡々と糸を手繰って縫針を手早く回収し、再び方々の魔物に向かっての投擲を何度となく繰り返した。
次第に迫って来る音は減り、正体不明の魔物を大方狩り尽くしたようだったので私は安堵から止めていた息を一気に吐いた。
気を緩めた直後、正面の草の中からねこくらいの大きさをしたネズミのような魔物が私目掛けて大口を開けて飛びかかって来る。
突然のことに驚きで身体が硬直してしまった私は、避けることも出来ずに迫り来る鋭い牙を見つめるばかりだった。
けれどその鋭い牙が私の肌を穿つことはなく、眼前で静止したネズミの魔物はハリセンボンのように全身から針を生やすと時間を巻き戻すようにして私から遠ざかり、草の中へと消えた。
「申し訳ありません。1匹とはいえ接近を許してしまいました」
「いえ、そんな、助かりました。ありがとうございます」
ステヴィアさんは最後の魔物を刺し貫いた縫針を回収すると【道具箱】に収納したのか、手元の縫針と腕環は全て消え去っていた。
「すぐにこの場を離れましょう。私達の進行方向からは避けるように駆除しましたが、辺りに散乱している軍隊鼠の死骸に引き寄せられて他の魔物が寄って来るでしょうからね」
私は無言で頷き、先を急ぐステヴィアさんの後を追う。
軍隊鼠からの襲撃前より乱雑に草を踏み倒しながら歩みを進め、草地を抜けるまでの間に聞かされた軍隊鼠の習性はかなり獰猛で無傷で済んでよかったと思わずにはいられなかった。
やがて丈長の草地を抜けると拓けた草原の丘に出る。
崖は丈長の草地前と変わらず蔦に覆われ、かなり先まで岩壁が続いていて途中から岩山に成り代わっているように見えた。
ここまで来ると後は丘を突っ切り、その先にある河川沿いに遡っていくと巨大な滝を有する渓谷に出るらしい。
古代文明の遺跡への入口は、その巨大な滝の裏にあるとのことだった。




