012.これってもしかして……。
樹がへし折れた場所は私達から数百メートルは離れていたけれど、どうやら即座に移動しなければならないほど危険な魔物がいたらしい。
私はステヴィアさんに抱えられたまま彼女の代わりに音のした方向に意識を向けると何やら嫌な気配を感じた。
直後、ひと抱えほどありそうな岩石が森の中から樹々をなぎ倒しながら物凄い速度で飛来してさっきまで私達の居た場所付近に着弾した。
それも1発や2発ではなく、立て続けに10数発もである。
あんなもの直撃したら1発でミンチになるのは間違いない。
探査蝙蝠を消えた直後の出来事だけに、私が危険な魔物を呼び寄せたのかも知れないと思い至る。
私の考えの足りなさでステヴィアさんの手を煩わせてしまったのだとヘコむ。
「ごめんなさい、私が余計なことを」
「何のことでしょうか?」
私を抱えて走っているというのにステヴィアさんは息を切らせることもなく、けろりとした表情で聞き返してくる。
「私が探査蝙蝠を考えなしにあちこちに飛ばしちゃったから魔物に見つかっちゃったみたいですし」
「そういうことですか。それはアンの思い過ごしですよ。もしそれが原因になってしまうのでしたら実行直後に私も止めてだと思いますよ。寧ろアンの蝙蝠のお陰で難なく危機を逃れたようなものです」
「そうなんですか」
「えぇ、魔法を対処するには基本的に魔法でしか出来ませんからアンの魔法を攻撃だと判断した魔物が蝙蝠を迎撃しようとした結果が最初の音ですね。アンの蝙蝠を避けるでもやり過ごすでもなく、あんな派手な攻撃魔法を放ったとなると正体は狙撃象でしょうね。使える魔法は鼻先から放たれる巨岩の砲撃のみで極端に魔法への抵抗力が低いですから」
更にそこから数分くらいステヴィアさんは移動しながら私達を攻撃してきた魔物の詳細な生態を説明してくれた。
かなり饒舌だったので少し驚いたけれど、ステヴィアさんはそういった方面のことが好きだったりするのだろうか。
動物園に連れて行ったら1匹1匹の生態を事細かに解説してくれそうな勢いだった。
「詳しいんですね、魔物のこと」
「そういった知識は世界樹果の中にいる間に世界樹から与えられていましたからね。世界樹果から生まれた後は別に生きる目的もありませんでしたので、世界樹から与えられた知識の答え合わせも兼ねて魔物の生態調査をすることで日々を過ごしていたというのも理由のひとつでしょうか。ずっとひとりでしたし、他にやることも浮かびませんでしたからね」
なんだかステヴィアさんの生い立ちに関する話を聞いているとどうにも世界樹から魔物の生態調査のために知識を与えて地上に送り込まれて来たように思えてならなかった。
狙撃象が追撃してくる気配もなくなった頃、ステヴィアさんは抱きかかえたままだった私を降ろしてくれた。
「ここまで来れば問題ないでしょう。完全に彼らの縄張りの外ですし、ここなら私の魔法も容易に使えますからね」
周囲の地形は先程までステヴィアさんが駆けていたものとは打って変わり、ゴツゴツとした岩がゴロゴロと転がっているような場所だった。
「アン、喉は乾いていませんか?」
そう尋ねられ、そういえば朝から何も口にしていなかったのだと今更のように気付く。
忘れていた空腹感を思い出すと急にお腹が空いたような気がしてくるから不思議だ。
「そういえばそんな気も」
私の曖昧な答えを受けたステヴィアさんは宙空からヤカンのようなものとマグカップを取り出すと液体をなみなみと注いで渡してくれた。
「どうぞ。いくつか風味の異なるものを用意しておりますので、口に合わないようでしたら仰ってください」
私が固形物を口に出来ないので様々なフレーバーの飲み物を準備してくれたらしい。
ひとくち含むとかすかにりんごの香りと風味を感じられ、ただ水を飲むだけよりは幾分か空腹感が和らいだ。
一気に飲み干すとステヴィアさんにもう1杯どうかと勧められ、私は勧められるままに2杯目を飲み干すと空腹感はすっかり消えた。
「ごちそうさまでした」
充分な満足感得られた私はマグカップを返すとステヴィアさんがそれを受け取った瞬間に消えた。
一体どこから出してどこに片付けてるんだろうと不思議で仕方がない。
椅子を床からにょっきり生やさせてたりしたし、毎回魔法で造ったり消したりしてるんだろうか?
「ステヴィアさん、ずっと気になってたんですけど物を出したり消したりしてるのも魔法ですか?」
「これは【道具箱】から出し入れしているんですよ。アンも持っているはずですが、この世界の一般的な知識がないとなると使用法をどう説明したものでしょうか」
「【道具箱】ですか」
ゲームっぽい謎の超技術がたくさんあるし、ステータスにはそんな項目はないけど、それと似たようものとして【道具箱】とかもあったりするのかな。
なんて思っていると私の脳内を読み取ったかのようにして【道具箱】と上部に記されたウィンドウが宙空に投影される。
空っぽなのかと思っていたら『日記』と『写真』のふたつが入っていた。
日記を取り出すのは躊躇われたので私は写真の項目に指先で触れると1枚の写真が何もない場所から現れた。
写真にはふたりの子供が満面の笑みを浮かべて写っていた。
ひとりはステヴィアさんとどことなく面差しの似た幼い子で、もうひとりは髪色や瞳の色こそ違うけれど前世の私とそっくりな子供だった。




