011.神様がみてるらしい。
森の中を突っ切って行くものだとばかりと思っていたけれど、ステヴィアさんは鬱蒼とした森の中には踏み込まずに私の手を引いて崖沿いを進む。
目的地である古代文明の遺跡は崖沿いに進むと遠回りになってしまうそうだけど、下手に森の中に入ると魔物からの襲撃を警戒して全方位に注意を払わなければならず余計に消耗が激しくなってしまうとの理由からの道選びだった。
ステヴィアさんひとりなら森の中を簡単に突っ切って行けるのだろうけれど、私というお荷物がいる以上は仕方がない。
私も自分自身の身を守るくらい出来ればいいんだろうけど、前世で護身術を習ってたりなんてこともなかったので難しい注文だった。
多少使える様になった魔法も目眩しみたいなものなので到底戦えるとは思えない。
それでも何も出来ないよりはマシだろうと魔法の練習を兼ねて、周辺に危険なものがいた場合に囮になって貰おうと幻影の蝙蝠を私達から遠ざかる様に方々に飛ばすなどしていた。
すると脳内で通知音が鳴った。
慣れない環境で幻聴でも聴こえたのかと思っていると続いて男性とも女性ともつかない声音の短い音声メッセージが続く。
『【魔法】『探査蝙蝠』を習得しました』
何ともゲームっぽい通知内容に妙な気分になる。
魔法もそうだけど、この世界の人達の身体ってどうなってるんだろうね。
頭の中に直接メッセージが送られてくるなんて不気味だよ。
どっかで監視でもされてるんじゃないかとさえ思える。
この世界にどれだけのひとが暮らしてるのかわかんないけど、全員にこんなメッセージを送ってたりするんだとしたらやっぱり神様みたいなものが存在してたりするんだろうか。
アンジェリカさんが神罰の検証をしようとしたのもそれが理由だったりするのかな?
神様がいるとしたらやっぱり空とかだろうか。
月の世界で人の魂が夢見てるって言い伝えがあるくらいだし、空の向こう側に何かあっても不思議じゃない。
なんてことを考えながら空を見上げると薄っすらと黒い線がぐねぐねと無秩序に広がっているのが目に入る。
その線の描かれ方は、藤棚から支柱を取り払ってつるだけを残したような感じに見えた。
空よりも高い場所にあるように見える薄い線を目を凝らして辿って行くとどうも世界樹に向かって集まっているようだった。
まかさとは思うけど世界樹の枝だったりするのかな?
支えとかないのによく落ちてこないよね、あれ。
空にある謎の線が気になった私は上ばかり見て歩いていて足元が疎かになり、何かに躓いて転びそうなる。
急なことに慌てた私をステヴィアさんが危なげなく支えてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらずに。それより先程から空を気にされていたようでしたが、どうされました?」
「えっとですね、空に変な線みたいなものが見えるので何なのかと思って」
「もしかして世界樹の枝のことでしょうか」
「多分それです」
「私が生まれる前からありますので不思議に思ったことはありませんでしたが、アンの夢の中にはなかったのですか?」
「なかったですね。でも、あれってどこまで伸びてるんでしょうね」
「世界樹は神様が地上を見守るためにと植えられたものらしく、世界の空全てを覆い尽くしているらしいですよ」
世界全部覆ってるって惑星まるごと包み込んでるってこと?
ありえなさ過ぎてびっくりだよ。
「わざわざそんなことするなんて神様って何がしたかったんだろ」
思ったことをそのまま口にするとステヴィアさんがそれまで淀みなく進めていた足を急に止めた。
「ステヴィアさん?」
どうしたんだろうと彼女の顔を見上げるとさまざまな感情をないまぜにした複雑な表情をしていた。
その表情から私は知らず知らずの内にアンジェリカさん絡みの地雷を踏んだのだと察した。
「アンはどう思われますか?」
「うーん。神罰のこととかあるから世界樹で監視されてるのは間違いないんだろうけど。何のためかってなるとよくわかんないよ。案外、世界樹が神様だったりするのかな」
自分で言っていて、それが正解のような気がした。
「世界樹が神様ですか。確かになくはなさそうですね。全ての生命は元を辿れば世界樹から生まれたとも言われていますからね」
「世界樹からですか?」
「えぇ、私自身も世界樹果と呼ばれる世界樹の果実から生まれましたから」
果実から生まれるなんて桃太郎みたい。
「そういう人って多いんですか?」
「私は私以外にそういった生まれの方とお会いしたことはありませんね」
「そう、なんですね」
ステヴィアさんが不死なんて特殊な才能を持ってるのもそれが理由だったりするのかも。
そんなステヴィアさんと知り合ったアンジェリカさんって何者なんだろ。
不老って才能もかなり特殊な気がするしさ。
正直かなり気になるけど下手に立ち入ったこと聞いて地雷踏んじゃうのは怖いし、今は尋ねるのは控えよう。
私は胸にわだかまる気持ちを誤魔化すように大幅に一歩進み、立ち止まったままのステヴィアさんの手を引く。
「ステヴィアさん、暗くなる前に先を急ぎましょう」
「申し訳ありません、お手間を取らせてしまいました」
「私ばっかりがお手間かけさせちゃってたから寧ろ安心しました」
「痛み入ります」
余りにもステヴィアさんが畏まるので私は諌めようと口を開きかけ、閉じた。
探査蝙蝠のひとつが消えたのを感じ取ったのである。
また魔法の効果が失われる地域に入ったのかとそちらに意識を向けるとベキベキと大きな樹がへし折れるような音が耳に届く。
「ステヴィアさん」
危険かどうか私には判断出来なかったのでステヴィアさんに指示を仰ごうと声をかけると彼女は私の身体を軽々と抱え上げ、駆け出した。




