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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪の幹部の異世界出張記

 西暦20XX年。

 一見平和に見えるこの世界はかつてない危機に瀕していた。


 平穏な日常を引き裂くように現れた悪の組織〈マインド・オブ・ダークネス〉、通称MOD。

 彼らはある日、全世界に向けて宣戦布告すると共に各地でテロを実行した。

 その常軌を逸した科学力に軍隊すら圧倒され、世界は絶望に包まれた。


 現在、何故かMODは姿を消し、表立った行動は起こしていない。

 だが人々はいつまた破られるかもしれない平穏の中、MODの監視の目に怯え日々を過ごしていたのだった。


 そんな世界でこの俺、先駆 トウマ(さきがけ とうま)もまた束の間の平和を享受している一人だ。

 もっとも、俺の場合は他の奴らとは少々事情が違う。

 俺はその〈マインド・オブ・ダークネス〉の幹部なのだ。


 もう十年近く前になるか。

 求人広告を見て飛び込んでみたらこの組織だった。

 当時はまだ小さい組織だったし、毎日適当に仕事してそこそこ金が貰える会社だと思っていたのだが、いつの間にか全世界に宣戦布告とかしちゃってるし。

 古参メンバーだからって幹部にされちゃってるし、正直わけがわからない。


 とはいえ今さら辞められるわけもなく、この幹部待遇に甘んじている。

 これでも最近はけっこうやる気も出てきたんだ。

 見た目はどう見てもやさぐれたサラリーマンにしか見えないけどな。


 現在組織が活動を止めているのには理由があった。

 正確に言うと止めているわけではなく、ごく小規模な活動に絞って行っているだけだ。


 実を言うと最初の宣戦布告の後の全世界同時攻撃、あれはちょっとやり過ぎた。

 そりゃあ圧倒的な科学力と軍事力で攻めたけど、思ったよりも各国の軍隊が激しく抵抗したもんだから予定よりだいぶコストかかっちゃったんだよね。

 戦車とか派手にぶっ壊したけど結局はほとんど人的被害も出てないし。


 だから作戦規模をもう少し抑え気味にいこうって事になったんだけど、ここでもう一つの理由が立ちはだかった。

 いわゆる、ヒーローという連中だ。


 軍隊が疲弊している今こそチャンスなのだが、よくわからんヒーローが現れて作戦を邪魔するようになってしまった。

 時にはウチと互角以上に戦ったりなんかするもんだから作戦が難航しているのだ。

 実際、局地的にはけっこう負けている。


 ヒーローコスだか武器だか知らんが、どこでそんなもの手に入れたんだよ、ネット通販か?

 なんで個人で国家以上の戦力保持してるんだよ。


 というわけでウチの現在の作戦は、小規模作戦で世間に忘れられないように……じゃなくて世界を恐怖に陥れ、同時にヒーロー共の正体を暴き抹殺する事。

 そんな感じになっている。


「寝ているのですか? 見ていないのならテレビ消しますよ」


 自室のソファーでくつろいでいると誰か入ってきた。

 こいつは俺の秘書、怪人マッドメイドだ。


「見てるよ、消さなくていいぞマッドメイド」


 ガアン!


 激しい衝撃音が響いた。

 マッドメイドの拳が鋼鉄製の壁にめり込んでいる。

 しまった、ぼんやりしていて忘れていた。


「あ、いや……見てるから消さなくてもいいぞ、マーメイ」

「そうですか、了解しました」


 ああ怖かった。

 幹部になった時に秘書を付けてくれる事になったんだけど、あの時格好つけて「悪の組織たるもの秘書も強くなければならない」なんて言っちゃったもんだから本当にすごく強い秘書が付いちゃって。

 青肌にツノの生えたメイド服の女なんていうマニアックな見た目。

 しかも自分の名前が気に入らないのか『マーメイ』と呼ばないと機嫌を損ねるし。

 俺は幹部だからお前の上司なんだけどな。


「そろそろ幹部会議のお時間です、準備はよろしいですか?」

「お、もうそんな時間か。わかった、すぐ行く」


 悪の組織の幹部はこれでもけっこう忙しい。

 束の間の平和とはそういう意味だ。

 しかし会議ばっかりやってんな、そんなに話す事あるかよ。

 作戦を縮小して以来、ローコストで高効率な作戦のアイデアばかり要求してくる。

 そんな作戦あるんだったら思いついてから世界征服しろっての。


 いかん、文句ばかり出てくる。

 幹部がこれではいけない、缶コーヒーでも飲んで落ち着こう。

 ドリップしたコーヒーもいいが、缶コーヒーは独特の甘さが脳に優しい気がする。

 このタブを開けた時の感触と香りもまたいいんだ。


 ……あれ、香りがしないな。


「あ、それともうひとつ。開発部が試作型のディメンション・グレネードを見ておいてほしいとの事でした。机の上に置いておきましたから」

「そうか、わかった。……ん、机の上?」


 もしかして、この香りのしない缶コーヒーって……。


 そう思った時にはすでに手遅れ。

 嫌な予感がしたのとほぼ同時に爆発が起こり、俺の意識はそこで飛んだ。



 ***


「……はっ!」


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 目を覚ますと、そこは森の中だった。


「いてて……。やれやれ、幹部にあるまじき大失態だな」


 幸いなことに体は痛いがケガはしていないようだ。

 それはそれで試作グレネードの性能が危ぶまれるけどな。

 しっかりしろよ開発部。


 それにしてもここはどこだ。

 爆発の勢いで飛ばされたとは考えにくい、なんせ俺は地下の秘密要塞にいたんだ。

 近くに森なんかなかったはずだしな……。

 うーん、考えてもさっぱりわからん。


「お、誰かいるぜ」

「本当だ、変な格好の奴がいるな」

「へへ、運の無いおっさんもいたもんだな」


 状況に戸惑い考え事をしていると話し声が聞こえてきた。

 声の感じからして体格のいい男、それが複数。

 話している内容は、まあ俺の事だろうな。

 チンピラにでも目を付けられてしまったか?

 だが丁度いい、ここがどこなのか教えてもらおう。


「ああ、君たち悪いんだけど――」


 近付いて来る男たちの方を見て言葉を失った。

 そこにいたのは半裸で禿頭で……緑色の大男が三人。

 え、何? 最近の若い子はこんな感じなの?

 おじさんちょっと世代を感じちゃうなあ。


 なんて、そんなワケないよな。

 考えられるのはヒーローの仲間か……?

 でもそれにしてはガラが悪い、うちの末端かもしくは便乗した別組織ってところか。


「おい、おっさん。ここはオーク族の縄張りだ、人間が入っていい場所じゃないぜ」


 オーク族だって? 変わった組織の名前だな。

 とにかく話を聞いてみるか。


「えっと、ちょっと道に迷ったみたいなんだけど、ここがどこか教えてもらえないかな?」


 オークを名乗るその男たちは、俺の言葉を聞くとゲラゲラと笑い出した。


「ガハハ、何だコイツ。自分の置かれた状況がわかってないみたいだな」

「おっさん、人間のくせに面白いじゃねえか。ちょっと遊ぼうぜ!」


 下品な笑いをひとしきり上げると、男のうち一人がいきなり殴りかかってきた。

 筋肉質の腕から放たれる拳が俺の顔面へと炸裂する。


「い……いでぇ!」


 だが、ダメージを受けたのは男の拳のほうだった。

 かなりの剛腕だったが、俺の顔面を砕くにはカルシウムが不足しているぞ。


「な、なんだこいつ! 人間の分際で……!」

「お前ら、体格はいいくせになっちゃいないな。パンチってのは……こう!」


 正面にいた男の腹に真っすぐ拳を叩き込む。

 見た目通りの筋肉質、しかしこの程度はいいサンドバッグだ。


「ぶっ……ぐえぇ!」


 殴られた男は腹を押さえ、白目をむいて倒れてしまった。

 おいおい、まだ本気で殴っちゃいないんだけどな。


「ほう……うちの若いのを素手で倒すとは、大したものだ」


 男たちの後方からさらに何者かがやってきた。


「か、頭!」


 倒れた男の仲間が騒いでいる。

 どうやらオークとかいう連中の親玉らしいな。


 現れた親玉はトカゲだかダチョウだかわからない生き物に乗っている。

 新種の生物兵器か?


「見慣れない奴だな。若造とはいえオークが人間ごときに敗れるなどあってはならぬ事、貴様にはここで消えてもらう!」

「!!」


 親玉の乗る生物が口を開いた瞬間、猛烈な炎が俺の体を包み込んだ。

 あの生物が火を吐いたのか!?

 くそっ、マズい……!


「オーク族を侮った報いだ、骨も残さず灰になるがいい。……ん?」


 燃え盛る炎の中、いつまでも倒れない人影にオークたちがざわめく。


「まったく、危ない所だったぜ。服が燃えたらどうしてくれるんだ」

「なっ……何だと!?」


 炎を引き裂き現れる鋼鉄の髑髏。

 これが俺のもうひとつの姿、MODの幹部・スカルデイモスだ。

 正確には鋼鉄じゃなくて特殊な生体合金だとか聞いたけど、詳しい事はよくわからんし響きがいいからそういう事にしている。


「こ、こいつ、もしや悪魔か!?」

「さてね……近からずも遠からず、といったところか。そう呼ばれたことも無くはない」


 この姿のお披露目も兼ねて大きく右腕を振る。

 俺の腕には電磁式のワイヤーブレードが仕込まれている。

 その切れ味は分厚い鉄板も豆腐と変わらないように思えるほどだ。


「か、頭……!? ヒイィ!」


 オークの頭を名乗る男、その男の頭が胴から外れゴロンと地に落ちた。

 その様子を見た残りのオークは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 運が無いのはそっちのほうだったようだな。


 おっと、謎生物が気になっていたんだが……親玉の死体を振り落としてどこかへ行ってしまった。

 まあいい、とりあえず人間体に戻ろう。


「さて……、お前は逃げないのか?」


 気になっていた事はもうひとつあった。

 親玉が現れた際に誰かを連れていたのだ。

 そしてそいつは今、木の陰に隠れてこちらを伺っている。


「あ……あ……」


 ゆっくりと歩いてくるその姿はどうやら少女のようだ。

 みすぼらしい格好に首輪、鎖まで付いている。

 さっきのオークが連れていた奴隷か?


「ありがとうございます! わたしはアメリア、さっきのオーク族に捕まり奴隷として売り飛ばされるところでした。あなたがいなければどうなっていた事か……」


 助けたというか、向こうが一方的に絡んできただけなんだけどね。

 だが話の通じる友好的な人間というのは都合がいい。

 ここがいったいどこなのかとか情報を仕入れられるからな。


「えっと、アメリアだっけ? 実を言うと道に迷ってるんだけど、ここがどこか教えてくれないかな」

「あ、はい。ここはコランダム王国の外れにある森です。最近はさっきのように魔軍の連中も通る事がある危険な場所、早く街まで戻る事をおすすめします」


 コランダム王国……聞いた事の無い国だな。

 街があるのならそこまで行けば何かわかるかもしれない。


「悪いんだけど、街まで案内してもらえる?」

「はい、もちろんですデーモン様!」


 ええ、何それ。

 デーモン様って……さすがにその呼ばれ方は嫌だな。


「おいおい、そのデーモン様ってのはよしてくれ」

「え……、しかしあなたはデーモン族のお方なのでしょう?」

「そりゃさっきはそれっぽい事言ったけど、まずそのデーモン族ってのがよくわからないんだが」


 そう言うと、アメリアと名乗る少女は不思議そうな顔でこちらを見つめる。

 俺はそんなにおかしな事を言ったのか?


「もしかして、記憶を無くされているのでしょうか。えっと……説明すると、この世界には人間族をはじめ多くの種族が存在しまして、その中でも別格な力を持つのがデーモン族とドラゴン族なのです。彼らは独自の価値観を持ち、常に中立で世の中に関わらないと聞いておりましたから、変わり者が味方になってくれたのかと感激していたところです」


 今ちょっとバカにしなかった?

 まあ、とにかくそのデーモン族とかいうのと間違えられているという事か。

 それ以前にさっきから聞きなれない単語ばかり並んでるのが気になるけど。


「さあ、また誰かに見つからないうちに行きましょう」

「ああ、ちょっと待った。それじゃ大変だろ、鎖を切ってやるよ」


 少女の首輪から下がった鎖に手をかけ、力いっぱい引っ張る。


「ふんっ……! あれ、意外と……硬っ!」


 あれ、おかしいな。

 変身してなくても物凄くケンカの強いおっさんぐらいの力はあると思ったのに。


「あの……、その鎖は逃亡防止用の特別な鎖ですから、おそらく力では切れないと思いますが」

「ええ……そうなの?」


 ううむ、とはいえこのまま引き下がっては格好が悪い。

 でもこれだけのためにまたすぐ変身しなおすのもなあ。


「あ、ありましたよ。これをお使いください」


 俺が悩んでいる間に少女は親玉オークの死体を漁って鍵を見つけ出したようだ。

 自分で使えばいいのに俺に渡してきたのは彼女なりの優しさなのだろう。


「……ほら、外れたぞ」

「重ねてありがとうございます。あの、ところでどうしてデーモンの姿で鍵を外されたのでしょうか……?」


 いや、なんだかわからんが普通に鍵を外したら何かに負けたような気がして。

 気が付いたらいつの間にか変身してた。


 なんて子供みたいな意地を張ってる場合じゃない。

 俺は少女に連れられ街へと向かう事にした。

 もちろん変身は解除して人間体になってからだ。

 もう意地になって変身したりはしないぞ……、たぶんな。


「あ、あれは!」


 少女の声につられて視線をやると、さっきの謎生物がうずくまりこちらを見ている。

 逃げてしまったと思ったが意外と近くにいたんだな。


「この生き物は鳥竜〈ラプトリッチ〉といって、戦場での騎乗に使われる事が多いんです。しかもこの子は火を吐くレッドタイプ、かなり希少ですよ。強い者を主とする習性があるので、おじさんに新しい主になって欲しいのかもしれませんね」


 それは好都合、さっきから興味はあったんだ。

 火を吐いたりと戦闘力もある。

 もっと数がいればうちの兵士の足にピッタリなんだけどな……希少なのかあ。


「さっきまでオークが使ってたから鞍もありますし、この子に乗っていきましょう。街まではけっこう距離がありますからね」

「それはいいけど、俺こういうの乗った事ないんだけど」


 車の免許は持ってるけど意味ないだろうな。

 乗馬なんてしたことないし、ましてや謎生物なんてどうしたものか。

 仕方がない、やるだけやってみよう。


「……おお、けっこう簡単だな……いけるいける」


 乗ってみると意外と簡単だった。

 俺を主と認めているというのも大きいのか、素人操縦でも鳥竜の方がフォローしてくれる。

 後ろにアメリアを乗せ、このまま街へ向かうとするか。


「あの、おじさん」

「ん、どうした?」

「また姿が変わっておられますが……」

「いや……、乗り物に乗るならヘルメットが必要かなって」

「はあ……」


 俺は黙って再び人間体へと戻った。

 別に怖かったからとかじゃないからな、勘違いするなよ。



 ***


 街へ向かう途中の道で、俺はある事を気にしていた。

 それはもちろん、会議に穴を開けてしまった事だ。


 これから会議ってところであの不幸な爆発事故、おかげで俺はよくわからない場所を彷徨っている。

 ほとんど内容なんか無い会議だが、首領も参加する以上出席しないわけにはいかないのが辛いところだ。

 おまけに俺の序列は六人幹部のうちの三番目。

 もし四天王だったら「あいつは我らの中で最弱……」とか言うほうの立場だろうけど、上にふたりもいるからあまり問題は起こしたくなかったんだけどなあ。

 もっとも強さには十分な自信がある、面倒だから長い間順位入れ替え戦をやっていないだけだ。

 ……たぶん。


「見てください、街に着きましたよ」

「ん……、ああ」


 考え事をしている間に街に着いたようだ。

 そこまで大きい街ではなさそうだが、周囲をグルリと囲む壁はかなり立派に見える。


「へえ、ずいぶんと立派な壁だな」

「そりゃあ今は魔軍との戦争真っ最中ですから。戦場から少し離れているとはいえ油断はできません。そういう事情もあるのでおじさんも悪魔の姿にはならないほうがいいかもしれませんね」


 戦争中ね……。

 もしかして魔軍て俺たちMODの事?

 でもあんな緑色のやつらいなかったハズだけど。

 さっきも種族とか知らない事ばかりだったし、俺の無知が問題でないのならここはいわゆる異世界という奴なんじゃないか?


「さあ行きましょう。ちょっと必要なものがあるんです、ついて来てください!」

「あ、おい、そんなに急ぐなよ」


 門を抜け、鳥竜から降りるやいなや走り出したアメリアを追う。

 戦場から離れているというだけあって、壁は立派だが街への出入りは厳しくないようだ。


 それにしても不思議な街並みだな……。

 中世というか近代というか、ところどころ現代っぽくもあるし。

 一番しっくりくる言い方はやはりファンタジー、つまり異世界。

 やっぱりここは異世界なのか。

 これで魔法でもあれば完璧なんだがな。


「だーかーらー! そこを何とか!」


 大きな声が聞こえ、そちらを見るとアメリアを見つけた。

 なんだろう、店の中で騒いでいる。

 俺もその店に入ってみる事にした。


「おい、何やってるんだ」

「あ、いいところに! この方は……、えっと、おじさん名前なんだっけ」

「……トウマだ」


 そういえばまだ名乗っていなかったな。

 というかお前、助けた時と態度が変わってきてないか?


「このトーマ様はわたしたちを助けるために降臨なさった偉大なるデ――」


 嫌な予感がしたので咄嗟にアメリアの口を塞いだ。


「ちょっと待て、何を言いだすんだ。お前が変身するなってさっき言ってたろうが」

「もが。だって、この店主が割り引いてくれないからおじさんの威光を借りようと思って……」


 借りようと思って、じゃない。

 俺に変身させて何させるつもりだったんだ。


「言っとくが、俺は不必要に変身しないからな」

「ちぇっ、しょうがないなあ」


 アメリアは不満そうな様子でバッグから金を出した。

 そのバッグ、あのオークが持ってたやつじゃないのか?


 買い物を終えて店の外に出る。

 アメリアが買っていたのはどうやら服のようだ。

 さっきまでのボロ服とは違い、いかにも魔法使いといった装束を身に纏っている。


「はい、おじさんも」

「ん? 俺の分か?」


 手渡されたのはマント……のようだがかなりボロい。

 これじゃあさっきまでのお前の服と大差ないぞ。


「おい、その服とずいぶん落差があるぞ」

「そんなにお金かけてられないんだから仕方ないでしょ。おじさんの服が目立つのを隠せればいいんだし」


 いつの間にか敬語も消え去っている。

 街までたどり着いたから猫をかぶるのをやめたというのか、思ったより強かな少女のようだ。

 まあいい、見知らぬ地で目立たないようにするのは基本、これで我慢しよう。


「さあて、改めて自己紹介ね。わたしはアメリア、少しは名の知れた魔法使いにして薬草師よ」

「魔法使い? 何の冗談だ」


 俺の言葉にアメリアは哀れみの目を向けてきた。

 失礼な奴だなこのやろう。


「冗談も何も、この世界の半分は魔法で成り立っているようなものよ。だからわたしのような魔法も薬も一流の魔法使いは重宝されるんだから」


 話をしながらアメリアが指先を躍らせる。

 すると何も無かった空間に水が現れ、まるで無重力であるかのように指の間を漂っている。

 そしてアメリアが指を鳴らした瞬間、水は一瞬炎へと変わり消え去った。

 たいしたパフォーマンスだな。


「なるほど……魔法か。やはりここは俺が知っている世界とは違うようだな」


 ここまでくれば認めざるを得ない、俺は異世界へ来てしまったようだ。

 原因はやはりあの試作型グレネードだろう。

 開発部に文句……いや、教えてやりたいがその術がない。

 帰るにしてもどうすればいいのか、今すぐにとはいかないだろうな。


 ……待てよ、ものは考えようだ。

 この世界の魔法や奇妙な生物はいい手土産になるのではないだろうか?

 そうすればMODの戦力は増強、俺は会議に欠席したことを責められずに済む。

 それどころか幹部ランクの格上げもあるかもしれないな。

 よし決まった、まずは魔法について調べ上げるとしよう!


「おいアメリア、助けてやった礼に聞きたい事がある」

「うわ、恩着せがましい。それで何?」


 こいつ、命の恩人に対してなんちゅう言い草だ。

 まあいい、俺も助けようと思って助けたわけじゃないし、善人というわけでもないからな。

 お互い利用すればいいだけの話か。


「……コホン、お前のその――」


 その時、俺は大事な事を思い出した。

 そうだ、俺はまだ……!


「コーヒーだ」

「はあ?」

「コーヒー! どこかにないのか!?」


 俺はコーヒーを飲もうとしていたんだった!

 あの時飲み損ねたのは甘い缶コーヒーだったがこのさい何でもいい。

 というか考えだしたらブラックの香りを楽しみたくなってきた。


「ちょっと待ってよ、コーヒーって何なの?」

「な……なんだとぉ!?」


 思わず取り乱してしまった。

 バカな……コーヒーを知らないだと?

 こいつが無知なだけならばいいのだが、もしこの世界に存在しなかったら……。

 考えただけでも恐ろしい。


「ねえ、すごい頭抱えてるけどそんなに大事なものなの?」

「まあな……あれがないと俺はまともに動けないと言っていい」


 そういえば今日は朝に一杯飲んだだけだった。

 開発部め、なんてことしてくれるんだ。


「ふーん、わたしのコレみたいなものかな」


 アメリアが何かバッグから取り出し、クンクンと匂いを嗅いでいる。

 葉っぱのようだが……おい、まさか。


「おま……それまさかヤク……」

「ふひひ~、そうだよ~」


 急にニヤニヤしだしたぞ。

 若いのになんて事を!


「バカ野郎! MODでもヤクはご法度なんだぞ、若いのがもっと自分を大事にしやがれ!」

「ちょ、ちょっと何言ってんのよ。薬草よヤ・ク・ソ・ウ!」


 取っ組み合いになっていた手を止めた。

 薬草?

 よくわからんがヤバい薬とは違うんだな?


「魔法使いにして薬草師だって言ったでしょ。わたしは薬草を調合して強力な霊薬も創り出すことができるのよ。この生命力強化の薬なんか絶品なんだから!」


 そう言いながらアメリアは小瓶に入った液体を舐めながら恍惚の表情を浮かべる。

 中身はともかく絵面がヤバい。

 だいたい本当に問題が無いのか不安になってきた。


「はふぅ~。……あっといけない、おじさんの探し物だったわね。コーヒーが何なのか知らないけど、情報が欲しいならとりあえず冒険酒場よ。薬草師の私が知らないから期待はできないかもだけど、遠くの方まで冒険してる人なら何か知ってるかもね」

「そうか、じゃあ案内してくれ」


 冒険酒場、か、ファンタジーな響きだな。

 今はわずかでも可能性が欲しい。

 魔法の事は生活の半分だというのなら自然と情報は入るだろう。

 とにかくコーヒーだ、コーヒー。


「ん……? ちょっと待てよ、魔軍と戦争中だってのに冒険者がいるのか?」


 ふと疑問が浮かんだ。

 いくらなんでもそんなのんきな事があるのだろうか。


「王国軍と魔軍が戦ってるのはずいぶん前からだからね、戦況はずっと膠着状態。自分には無関係だって割り切ってる旅人もいるし、王国に有利なものをもたらして名を上げようって冒険者もいるから、まあ人それぞれね」


 そういうもんなのか? どうりで街の出入りもゆるいわけだ。

 確かに俺たちの世界でも一時的な平穏になっていたが……。

 悪の組織の幹部としては複雑だな。


「さ、着いたよおじさん」


 ここが冒険酒場か。

 外観は特に変わった所は無いな。

 酒場というわりには昼間から賑やかだが、冒険者が集まるのならおかしな事ではないのだろう。


「イザベラ、久しぶり」


 酒場に入るなり、アメリアは店主とおぼしき女性に話しかけている。

 なるほど、様々な人間が集う活気ある場所だな。


「アメリアじゃない。下手こいて魔軍に捕まったとか聞いたけど生きてたのね」

「まあね。このおじさんが助けてくれたのよ」


 周囲の様子を伺っているとアメリアに腕を引っ張られた。

 俺をこのイザベラとかいう女店主に紹介したいらしい。


「あら、無精ヒゲの素敵なお兄さん。見かけない顔だけど冒険者の人かしら? この子ったら年のわりには間が抜けてて図々しくて霊薬中毒だけど、それなりに腕はあるのよ。助けてくれてありがとう」


 褒めてるのか貶してるのかわからんな。

 そのアメリアもかなり物言いたげな顔をしている。


「し、紹介しておくわね。このおじさんが恩人のトーマ。で、この人はここの店主のイザベラ、もう200年近く酒場を切り盛りしてる大ベテランのババ……お姉さまよ」

「あらあら、大ベテランだなんて。あなたと100歳くらいしか変わらないでしょ?」


 えーっと、初めての客を怖がらせないでほしいな。

 話を整理すると、店主のイザベラが200歳くらいで少女だと思ってたアメリアが100歳くらいなのか。


「あ、ども。こっちの事はよく知らないが、魔法って凄いんだね」


 俺が気の無い返事をするとアメリアが少し間を開けてから急に焦り出した。


「……あ! 勘違いしてるかもしれないけど私たちはエルフ族ですごく長寿なの、81歳はまだまだ少女だからね! 魔法で若作りしてるわけじゃないから!」


 衝撃の事実だぞそれ。

 俺の年を倍にしても足りないじゃねえか。


 待てよ……、魔法も使えて超長命の人間型生物か。

 こいつを連れて帰ればかなりの手柄になりそうな気がする。

 よし、とりあえずそっち方面はこれで手を打つとするか。


「心配すんな、お前の事は信用してるし頼りに思ってるさ」

「え、何、急に……気持ち悪い」


 あれ、まだそんなに友好的でもなかったか。

 命の恩人に冷たいな、もうちょっと補正かけてくれよ。


 おっといかん、遊んでる場合じゃない。

 俺には大事な目的があったんだった。


「イザベラ、だったな。あんたここの店主をやってるんだろ? 『コーヒー』って物の話を聞いたことはないか?」

「こぉひぃ? うーん、どうだったかしら」

「そいつは植物で、種を取り出して使うものなんだが、熟すと赤い丸い実が複数集まってるんだ。『コーヒー』の名はともかくそんな植物の情報が欲しい」

「ちょっと待ってね。ねえみんな! 赤くて丸い実が連なった『こぉひぃ』ってものの話、誰か聞いたことのある人はいない?」


 有り難い事に、イザベラは酒場にいた冒険者たちに大声で呼びかけてくれた。

 さすがに長い事主人をやっているだけあってイザベラの人気はたいしたものだ。

 冒険者たちはみな自らの持つ情報を出し合いあれこれと思案している。

 そしてしばらく後に、何人かの冒険者が情報を提供してくれた。


「その『こぉひぃ』かどうかは知らないが、珍しい赤い実の話なら聞いた事あるぜ」

「ちょっと遠い村だったけど、あそこの村長が珍しい植物に目が無い人だったのよね」

「でもあそこは辺境過ぎて軍の手が回らないからなあ、最近魔軍に制圧されたとか聞いたぞ」


 やった、情報が手に入った。

 詳しく話を聞いてみると、その実の情報はだいたい合っている。

 やはり煎じて飲む文化がないだけでそれそのものは存在していたんだ。

 望みがあるというのは素晴らしいな。


「よし、さっそくそこへ向かうぞ」


 思い立ったが吉日、俺はイザベラと冒険者たちに礼を言うとすぐさま酒場を飛び出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 一緒に出てきたアメリアが不満ありげに騒ぐ。

 なんだ、離れないように小脇に抱えて連れて来たのが不満か?


「話を全部聞いてたの? 今は魔軍の占領下にあるって言ってたじゃない!」

「問題ない、強さには自信がある。それに作戦もな」

「だからって何でわたしまで!? もう街まで連れてきてマントまであげたんだから恩は返したでしょ!」

「安い恩だな、自分をそんなに安売りするもんじゃないぞ」

「それ、ちょっと意味違くない……?」


 とりあえず鬱陶しいので地面に降ろした。

 話ならちゃんと聞いていたさ。


「作戦があると言っただろ、それにはお前の協力が必要なんだ。お前も薬草師なら未知の植物に興味あるんじゃないか?」

「う……、それはそうだけど」


 話は決まったな。

 アメリアは未知の植物を手に入れる、俺はコーヒーと魔法使いを手に入れる。

 どちらにも得な話じゃないか、割合は知らん。



 ***


 馬車に揺られる事数時間、何もない辺鄙な場所に辿り着いた。

 目的の村は魔軍の占領下なので馬車では行けない、ここからは歩きだな。


 それにしても尻が痛い。

 馬車のイスが板一枚だからクッション性もなにもあったもんじゃないな。

 そのへんを改造したものを提供すれば商売になるかも……。


「あいたた……。安馬車はこれだから嫌なのよね」

「そうだな、お前が希少な鳥竜だと言って売り払ったりしなければもっと良い乗り物があったんだけどな」

「し、しょうがないじゃん。滅多に入荷しない薬草が入ってたんだから……、おじさんだって先立つものが必要でしょ?」


 その先立つものを俺に渡してくれてないような気がするんだが?

 まあいいか……、今はな。


「ねえ、まだ聞いてないんだけど作戦て何よ」

「ん? ああ、そうだったな。それじゃあそろそろ準備しておくか」


 それからしばらく歩き、目的の村らしきものが見えてきた。

 手前には簡素な砦が築かれ検問のような事を行っているようだ。

 俺はそのまま堂々と歩を進めていった。


「おい止まれ! ここは魔軍の管理下にある、勝手に入る事は許されんぞ」


 小柄な緑色の男が槍をチラつかせながら凄んでくる。

 まあ当然止められるだろうな。

 だが俺はゆっくりとフードを取り、その下にある顔を見せつけてやった。


「我はデーモン族のスカルデイモスなり……。この地上を浄化せんと降臨した次第、このエルフは手土産だ……」


 少し離れたところでスカルデイモス変身し、アメリアをまた鎖で繋いで連れて来た。

 これが俺の作戦という事だ。

 相手の戦力もわからないのに正面突破は得策じゃないからな。

 戦わずに潜入できれば儲けものだ。


「デーモン族だって!? まさか……」

「いや、最近魔軍に味方するデーモン族の噂を聞いた気がする。もしやこのお方が……?」


 よしよし、いい感じだ。

 なるべく大物っぽくしてみたつもりだが、上手くいった……かな。


「ちょっと……、この作戦にわたし必要ある?」

「んん? 手ぶらよりも何か土産があったほうが受け入れられやすいもんなんだよ」


 本当のところは研究サンプルに逃げられるわけにはいかないから、だけどな。

 当然黙っておくけど。


「うう、また鎖首輪だなんて。どこかで不運の呪いでもかけられたのかしら……」

「文句言うなよ、鍵はお前が持ってるだろ」

「そうだけど、こんな魔軍のど真ん中じゃ意味ないでしょ。うわ、ゴブリンだけじゃなくてオークにワーグまでいる……。こんな所でバレたら絶対に死ぬわ」

「心配するなよ、バレなきゃ何の問題もないんだ」

「でもおじさん演技下手だし。さっきみたいにアホな事ばかり言ってたらバレちゃうよ? ボスにはなれないタイプっぽいわ」


 いや、俺は一応悪の組織の現役幹部なんだけど。

 そんなに威厳なかった?

 そういうとこなの? 俺が三番手なのって。


 気を取り直して……。

 だが言われてみれば確かにけっこうな大所帯だ。

 そんなに重要でもなさそうな村なのに、何か特別な物でもあるのか?


 ……おっと、俺にとっては特別なものがあるんだった。

 珍しい実の植物とやらはどこだ?

 まずはそれを見つけ出さねば。


「デーモン様、この度はこのような所までご足労ありがとうございます」


 コーヒーを探そうとウロウロしていたら声をかけられた。

 こいつもオークのようだが他の奴より一回り大きく強そうな印象を受ける。

 身なりも多少良く、口ぶりからして知性が低いわけでもなさそうだ。


「ああ、なにぶんはじめての場所なのでな。少し見回っていたところだ」

「左様でございますか。それならば我が軍の新兵を見てやっていただけませんか? お時間は取らせませんので」


 それどころではないのだが……。

 ここで無下に断るのも怪しいか?

 少し付き合ってからこいつらにコーヒーの場所を聞いてみるのもいいか。


「こちらでございます、どうぞ」


 案内されたのはトゲのある杭で囲われた場所。

 ここが訓練場か。


「それでは、ごゆっくり」


 ……おかしいな、どうして入口を閉めるんだ。

 中はかなり雰囲気が悪い、これでは士気に影響してしまうぞ。


「やっぱりな、こいつは頭を殺った奴だ!」

「あの女、よく見たら小隊長が連れてた奴隷じゃないか? よくも面を見せられたもんだな!」


 なにやら不穏な事を言っている。

 もしかしてもうバレてた?


「ちょ、ちょっと! あのオークあの時の奴じゃない! 思いっきりバレてるわよ!」

「そうなのか? あの緑色の奴らいまいち見分けがつかないんだけど」


 そんな事を言っている間に、すっかり殺気立った連中に周囲を取り囲まれてしまった。

 いい作戦だと思ったんだけどなあ。


「ああもう、とにかくやるしかないわ! 渦巻け、水鞭!」


 大急ぎで鎖を外したアメリアが叫ぶ。

 それが呪文というやつか?

 アメリアの声に呼応し、ゲル状の水がオークたちの間を縫うように飛び回る。


「今だ! 弾けろ、爆雷火!」


 その瞬間、漂っていた水が炎へと変わり、激しい爆発を引き起こす。

 素晴らしい、かなりの威力だな。

 有効加害範囲にいたオークたちは丸焦げになってしまっている。


「凄いなお前、そんな事できるんならどうして捕まったんだ?」

「誰だって酔い潰れてたらそりゃあ……って、のんきな事言ってないでおじさんも戦え!」


 さてはどこかで薬草でも嗅ぎながら寝てたんだろう。

 奇特な趣味があると苦労するな。


「おのれ、戦魔法使いか! あれを使え!」


 指揮官らしきオークが叫ぶと、俺たちの前に何かが投げ込まれた。


「これは……! しまった!」


 投げ込まれた玉のようなものが破裂し、周囲に煙のような粉のようなものが広がった。

 なんだこりゃ、毒でも放り込まれたか。


「ククク、魔封じの粉だ。これで手も足も出ま――」


 ゴアッ!


 指揮官オークが言い終わらないうちに青い炎が全身を包み焼き焦がす。

 突如指揮官を失ったオークたちはかなりのうろたえようだ。


「焼殺魔砲……、問題なし」

「焼殺魔法だと!? 魔封じの粉が通じないというのか!?」


 魔法じゃない、魔砲。

 俺の掌に装備された熱線兵器、『焼殺魔砲』だ。

 魔封じだか知らんが、これは高度な技術を用いた科学の産物だからな。

 どういう原理かは説明されたとき居眠りしてたから聞いてないけど。


「く、くそっ! ならば数で押せ! 奴を引き潰してしまえ!」


 頭を失って即作戦変更かよ。

 だがまあ物量で押すのは悪くない。


「ひいい、たったふたりでこんなの無理! 今度こそ死んだ……!?」

「手数が欲しいのか? ならこれでどうだ」


 慌てず騒がず、俺はポーズを取り腹に力を入れた。

 すると俺の周囲に黒い塊がバラバラといくつか転がる。


「行け、ボーンソルジャー」


 俺の呼びかけに応え、黒い塊は頭蓋骨のような形状に変化。

 首から下の体も生え、瞬く間に人間大の大きさとなる。


「どうだ、とりあえず10体。俺専用の精鋭部隊だ」


 こいつらはボーンソルジャー、なんでも俺の細胞とエネルギーから生み出される生物兵器らしい。

 知性があまり無いので簡単な命令しか実行できないが戦闘力は高い。

 部屋の掃除は無理でもリモコンやトイレットペーパーを取るには便利な奴らだ。


 いきなり現れた強力な兵隊に魔軍の連中も押し込まれ総崩れとなっている。


「お、おじさんていろんな事できるのね……、ちょっと引くわ」

「なんでだよ、そこは尊敬しとけよ」


 ボーンソルジャーたちが殲滅し、それでも抜けてきた奴らを俺たちが倒す。

 楽勝パターンだな、これで片が付くだろう。


「……!? おじさん、あれ!」

「ん、何だ……?」


 やれやれ、楽勝かと思っていたがそう簡単にはいかないらしい。

 総大将のお出ましだ。


「ゲハハ、お、お前らはもう終わりだぞ! 大隊長様のいらっしゃる時に戦闘になるとは運の無い奴らよ、たっぷりいたぶってもらうんだな……ブゲッ!」

「うるせーよ、ちょっと黙ってろ」


 何で雑兵が勝ち誇ってるんだよ、強いのは大隊長でお前じゃないだろ。

 雑魚をワイヤーブレードでなぎ払い蹴散らす。

 そんなに強い奴なら場所を開けておかないとな。


 大隊長とかいう奴がゆっくりとこちらへ向かってくる。

 向かっていったボーンソルジャーたちが始末されている、他の奴らとはレベルが違うぞ。

 体格はさっきの偉そうなオークのほうが大きかったが、全身に纏った骨だか金属だかわからんゴチャゴチャした鎧に不気味な形相の仮面が何とも言えない威圧感を醸し出している。

 まあ、俺も見た目で言えばそう変わらないのだが。


「おじさん、あいつ強そうだけど大丈夫? 大丈夫だよね?」


 魔封じの粉の効果はまだ続いているようだ。

 魔法を封じられた魔法使いがうろたえるのは仕方がないだろうが、その手に持った瓶は何だ。


「だ、大丈夫ぅ……、おじさんなら行けるってぇ~」

「現実逃避してんじゃない、その瓶をよこしなさい!」

「あうう、それはただの魔力回復剤ですぅ~」


 どうせ魔法は封じられてるだろうが。

 だいたいお前の作る霊薬は何か? ハイになる成分が入ってないとダメなのか?


 ……と、間抜けなコントを演じつつ先手必勝!

 俺の体に仕込まれた複数の小型チャクラムが発射され、目にも止まらぬ速度で相手を切り刻む。

 脳波によるコントロールを可能とした超高速ドローンチャクラムだ、切れ味のほうも言わずもがなだぞ。


「……何!?」


 だが、勝利を確信していた俺は目を疑った。

 目の前の男は弾丸ほどの速さのチャクラムを紙一重で、かつ確実に回避している。

 これほどまでに無駄のない動きでかわせるものなのか……?

 戻ってきたチャクラムを収納しつつ、俺はほんの少しだけ背筋が寒くなるのを感じた。


「うーわ、不意打ちしたのに避けられてんじゃん、かっこ悪ぅ」

「なんで他人事なんだよ。多分お前の運命は今俺が握ってる気がするんだけど」


 こいつはまったく。

 いつかもっと良いサンプルが見つかったら変えてやろうか。


 それはそうと、この男の相手は骨が折れそうだ。

 不意打ちであれなら飛び道具は有効ではないだろう。

 近接戦闘に持ち込んで叩き潰してくれる。


 それは相手もそのつもりのようだった。

 仮面の男はどこに持っていたのか、自分の体ほどもある剣を抜いた。

 まるで縦に長い鉄板のようだ。


「やる気だな……面白い」


 飛び掛かったのはほぼ同時だった。

 俺は大剣の大振りを紙一重で回避する、これくらいの芸当は俺にだって出来るさ。

 そのまま体を捻る勢いで装甲に覆われた男の腹に拳を叩き込む。

 おっと、このスカルデイモスのターンはまだ終わりではない。

 相手の胴体に拳をめり込ませたまま剣を出現させ、その勢いで男を吹き飛ばした。


 死を呼ぶ魔剣〈ノスフェラトゥ〉、俺専用の武器だ。

 普段は微粒子状に変換され、俺の体内に収納されている、らしい。

 必要に応じていつでも実体化できるのは便利だ、持ち歩く手間もない。

 欠点としては変身しないと出せないから孫の手がわりには使いづらい事か。

 名前も最初から仕様書に書いてあったからなあ、自分で付けたかった。


「……」


 剣撃で吹っ飛んだ男が立ち上がってくる。

 決まったと思ったが……想定していたよりタフだ。

 この感覚、ある男を思い出す。


 再び切りかかってくる男と切り結ぶうちに、その感覚が確かなものになっていくのを感じた。

 この太刀筋、やはりお前なのか……?


 あれはヒーローが現れ始めた頃だった。

 俺が直々に指揮を執った作戦であいつは現れた。

 その名はソードヒーロー〈ブレイドカイザー〉、我が永遠のライバル。

 まだ今ほどの力を持っていなかった俺は部隊を壊滅させられるという失態を犯した。

 そしてあの時の一騎打ち……あれほど心躍った戦いは他にない。


 双方手負いで引き分けた形になったが……。

 まさか、お前もこの世界に来ていたのか!?


 激しい斬り合いが続く。

 だが奴に与えたダメージは確実に蓄積している。

 ノスフェラトゥをワンインチで出した時の傷が戦いの衝撃で大きくヒビを広げていった。


「もらった!」


 わざと剣を大きく振り、回避を誘ったところで勢いそのままに胴体への回し蹴り!

 この一撃に男の装甲はついに限界を迎え無残にも砕け散った。


 ……あれ。

 なんか、ボディラインが細いというか丸いというか……。

 も、もしや、永遠のライバルだと思っていたブレイドカイザーは女だったのか!?

 こんなおっさんときめかせてどうするんだ。


「あら、この鎧はもう限界ですね」


 その男、いや女は鎧が壊れたのを確認するとあっさり脱ぎ捨てた。

 ついでにその仮面も。

 そして、その下にあった顔は……。


「お、お前……マッドメイ――」


 ガン!


 顔面にきれいな一発が入った。

 テイク2。


「お、お前、マーメイ!?」

「あら、スカルデイモス様ではありませんか。ご無沙汰しております」


 信じられない事に、仮面の大隊長はマッドメイド……いや、マーメイだった。

 そうか、お前もあの時爆発に巻き込まれてこの世界へと来ていたんだな。

 ……、一瞬でもときめいた自分が恥ずかしくなった。

 許せブレイドカイザー。


「え、何? この女の人、おじさんの知り合いなの?」

「ああ……まあな」


 アメリアも驚きを隠せない様子だ。

 そりゃあさっきまで殺し合ってた相手が知り合いだなんて、俺が一番驚いてるよ。


「初めまして、私はマーメイ。スカルデイモス様の専属秘書をやっております」

「はじめまして! わたしはアメリアだよ。身元不明の怪しいおじさんの保護者をやってます」


 それは初耳だな。

 時間があったら初めて会った時の事を思い出すといいんじゃないかな?

 マーメイもなにやら変な目でこっちを見てるし。


「そうでしたか、このようなご趣味があったのですね。どうりでスカデ様が私の事を全くやらしい目でご覧にならないわけです」

「違う。あとスカデ様って何? 俺の事?」


 マーメイの奴、表情を全く変えないからどこまで本気かわからないんだよな。


「というか、お前さっき気付いたような事言ってたけど、どう見ても俺だって最初に分かったよな?」

「そんな事よりスカルデイモス様、何か目的があってここまで来たのではありませんか?」


 ごまかしやがって……。

 だがその通りだ、思い出した。


「まあいい。ところでここに珍しい植物があると聞いたんだが、大隊長をやってたんなら何か知らないか?」

「もちろんです。もしやあなた様もこの世界に来ているのではないかと思い、大好物のコーヒーの情報を探っておりました」


 急に秘書らしい事言いやがったぞ。

 だがグッド。


「それで、コーヒーはどこだ」

「……少々お待ちください」


 マーメイはそう言うと建物へと入っていった。

 もしや、すでに用意があるというのか。


 しばらくして、マーメイはその手に何かを持って出てきた。

 ついでにいつものメイド服に着替えている。


「お待たせしました、どうぞ」

「おお、これは!」


 そう、この香り。

 まさしくコーヒーだ……?

 ちょっと妙だが、まあとにかく飲んでみるか。


「うんうん、やはりこれが無いと始まらない……って、違う!」

「なるべく似せようとは思ったり思わなかったりしたのですが、代用コーヒーではご不満のようですね」


 そこはちゃんと思っとけ。

 というか代用コーヒーなのか。

 本物は無いのか?


「本物はあるにはあったのですが、戦闘で踏み荒らされてしまいまして。残ったのは生豆が五粒だけでした」


 渡された小さな袋には、待ち望んだコーヒー豆がわずか五粒のみ入っている。

 おのれ魔軍め……物の価値がわからん奴らよ。


「ねえ、マーメイさん。おじさんの知り合いなのにどうして魔軍の大隊長なんかやってたの?」


 アメリアの疑問ももっともだ、俺もちょっと知りたい。


「私も爆発に巻き込まれ、この世界に降り立ちました。魔軍と呼ばれる方たちの陣に近い場所でしたので襲われたのですが、片っ端からシメていたらいつの間にかそう呼ばれていたのです」

「うわ、怖っ」


 魔軍の奴らからしてみれば、突如現れた青肌で角のある無表情の女が無双してきたんだからそりゃ怖かったろうな。


「仮面と鎧を付けていたのは、なるべく異世界の存在だと気づかれたくなかったのです。あとは雰囲気ですね。それにしても、不意打ちとは悪の幹部らしくて良いですが、せめて当てないと雑魚っぽくなってしまいますよ」

「う、すまん……。ってオイ、やっぱりわかってたんじゃないか!」


 こいつ秘書の自覚あるのか。

 俺の周りにはろくな女が集まってこないのはどうしてなんだ。


「そんな事より、もっと大きな視点で物事をお考え下さい。この異世界であなた様がやるべき事、わかっていらっしゃるはずです」


 お、おう。

 勢いでごまかされてる気もするが、そうだった。


「そうだな……。せっかく異なる世界へとやって来たのだ、俺はこの地にコーヒー農園を作ってみせる!」


 豆はわずかだが、この地にもコーヒーの木が存在することはわかった。

 ならばいつの日か、この世界にコーヒーの素晴らしさを伝えてくれよう。


「……MODの支部を作ってはいかがかという意味だったのですが、まあいいでしょう。支部を作ってそこに農園を作ればいい話ですから」


 どうやらマーメイの思っていたものとは違ったらしいがそんな事は関係ない。

 俺は俺の信じた道を行くまで。

 だって他にどうしようもないからな。


「なんか話がまとまったみたいだけど、それじゃあわたしはこれで……」

「おっと、待て保護者」

「なんでよ! 珍しい植物も手に入らなかったし、わたしにももう得は……じゃなくて、用は無いでしょ!?」


 そうはいかない。

 貴重なサンプルである事はもちろん、この世界は未知の事象でいっぱいだ。

 少しでも詳しい案内が要る。


「お前の力が必要なんだアメリア。なに、そのうち目一杯得させてやるさ」

「……それ、キモいんだけど」


 む、顔だけ変身解除したのはお気に召さなかったか。

 酒場で良い男だと言われたし、骸骨顔よりはいいと思ったんだけどな。


「ま、いいや。見張っとけマーメイ」

「かしこまりました。末永くよろしくお願いします、アメリア」

「うう……、微妙に嫌だけど逃げられる気がしない……」


 こうして俺はこの異世界を巡る事となった。

 魔法の事、元の世界に帰る方法、コーヒー、やる事は山積みだ。

 いっちょ、あれ言っとくか?


「俺たちの冒険はこれからだ!」

「そうですね。それでは人間のフリをして王国側の街にでも紛れましょうか」


 あ、うん。

 温度差を感じつつ、俺はいろんな意味で長くなりそうな冒険へと足を踏み出したのだった。


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