ヒミカの張り込み
「今が寒い季節じゃなくて、心底嬉しいわ」
「そうですねぇ。それにしてもヒミカ、分かっています?」
「何がよ?」
「マカさんに囮の役目、押し付けられたんですよ?」
「分かっているわよ。だから引き受けたのよ」
専門学校の屋上で、ヒミカとキシはお弁当を食べていた。
すでに空は暗く、月が高い位置まで昇っている。
お弁当はキシの手作りで、ヒミカはパクついていた。
「アタシは殺される女性の条件に当てはまるでしょうし、万が一襲われても対処できるからね」
「分かってて、乗ったんですか?」
「マカだって、面倒だって分かってて引き受けたわ。将来の幹部としては、時期当主には良い顔していたのよ」
「よく言いますね。本当は心配なのでしょう? マカさんのことが」
苦笑するキシを見て、ヒミカはそっぽを向いた。
「さぁね」
やがて白く厚い雲が出てきた。
細い三日月が、雲によって見え隠れする。
ふと、ヒミカは空気の流れが変わったのを気付いた。
「…おいでなすったわね」
「ヒミカ…」
「キシはここにいて。カミナ先生、よろしくお願いします」
「はい」
二人から少し離れた所に、専門学校の教師であり、キシの護衛役の女性・カミナがいた。
ヒミカはジーンズのポケットから、手のひらサイズの小瓶を取り出した。
中身は赤い。―血だ。
ヒミカはフタを開けると、ためらい無く飲み干す。
血族が作り出した、人工血液だった。
「あ~、マッズイ。じゃあ、行ってくるわね」
「ご武運を」
苦笑するキシに微笑みかけ、ヒミカは屋上を飛び降りた。
その両目は血のように赤く染まっていた。