かぁさんに贈る、雑炊
「・・なぁ、かぁさん。わりぃ、今日も安い肉しか買って来れなかったよ。」
俺は母親に合わせる顔もなく俯いたまま玄関をくぐり抜け、台所の机に買いだして来たお肉の袋を置いた。両親が健在ながらの兄弟と暮らす実家暮らしの俺だが、俺の未熟のあまりに他の家族はバラバラになってしまって今は母親しか家にいない。そんな母親は秋のちょっとした天気の不安定さのために、体調を酷くこじらせてしまった。そこで俺はバイトの帰りに買い物をしてきたという訳である。
母親は枕元に置いてあったマスクを口につけ、骨の芯がないような歩き方でヨタヨタと俺の元にやってきてかすかに微笑んだ。
「ありがとうね。」
母親はそうつぶやいたあと、安堵をしたかのように、またゆっくりと自分の布団へと戻り横に寝転んだ。
俺が一番悪いということは知っている。決して許されることでもないし、誉められたことを今までしてきていない。ただ俺がこうして生きることに専念しているのは、自分への戒めとして生きようと思ったからである。
そんな聴いている人がイヤになるようなネガティブな事を胸に抱えながら、冷蔵庫にまだあるカットされたネギと、賞味期限が怪しい卵と、インスタントのだしを用意をした。本当は気を使って新しいご飯を使うべきだったんだが、機能の残りごはんをザルにあけてでんぷん質を洗い落とした。
そういえば家庭科の先生が口うるさく調理実習してくれたっけ。『人間はその土地で生きているんだから、その土地で生きた食べ物を食しなさい』と。その土地で生きた食材たちは、俺たちと同じ環境下で一緒に育ってきたモノたち。その命を戴くということは、生きた環境をも共有するということ。たとえば夏野菜であれば身体を冷やす役割があり、冬では暖めてくれる。魚介類だって、乾燥のモノだってそう…。そんなことを教えてもらったけ。
今じゃハウス栽培だとか地方食材が簡単に手に入る。ジャンクフードも手に入る。でも、それによって人間の形成もどんどん変わっていってしまっている。
昔はドロンコになって遊ぶのが楽しかった。でも今じゃ衛生的に悪いからとそんな風税がまるっきりなくなった。ゲームが発達した。シャボン玉で遊んで、誰が一番大きいか勝負した。川に行ってミミズをちぎって魚を釣った、ミミズはいつでも再生できると思っていたけど頭の部分だけだと今になって知った。でも尊さを知った。無菌状態にしようという風習が当たり前になった今、アレルギーだとか免疫が弱い子が増えてる気がした。今の時代になぜか吐き気を感じる。
だしを入れたなべが予想以上に沸騰しすぎて、雑炊ではなくおかゆになってしまいそうだ・・・。
今日のお店に立ち寄ったとき、珍しく試食コーナーが設備されていて『そこのイカしてる兄さんっ』と50代ぐらいのおば様に呼び止められた。話によると『"カツを食べて、日本を応援しよう!!"の、キャンペーンのカツを食べていきなさいっ』という呼び込みだった。仕方なく食べたものの、商品の裏表示を見ると外国産だった。俺はガッカリしたから、店員さんに嘘をついて『あぁ、そういえばとぉさんが買ってきてくれてましたよ~』と笑顔で返して去ってきた。
よくよく考えたら、この店舗には国産のものがひとつもないことを知った。安いもので売り上げを重視するばかりに、置かなくなったのだった。
俺は腹を立てながら、卵を解きほぐして熱々の土鍋に投入していく・・
いったいこの国は何を考えているのだろう。国民が汗水たらして愛をこめてくれたものを、切り捨てて輸入をしているのだ。覚えているだろうか・・、そのためにある大手フランチャイズ店で、食品の衛生問題や危険問題があったことを・・。それに安くコスト面を下げることによって、大事なものが欠けるということを。それはそこだけに限ったことではなく、世界の問題だということを。今の時代は、溢れすぎている。ふたをすることによって、ある一手間によって人間は十分満たされるというのに、次から次へと消費を全くもってしきれてないのに作り出す産業。俺はこの世界とは、もうやっていけない・・。
土鍋にふたをしたら新聞紙で軽く包み、タオルを巻いて寝かせる。少しやりすぎなような気がするが、これが逆に料理に深さを増す。気のせいかもしれないが、個人的にはおいしいのだ。
土鍋に包むときに見かけた新聞の記事に、こんなことが書いてあった。
【異常気象・天災・不景気・・・などにより、物価上昇。】
俺は天罰だと思った。むしろ都合がいいと思った。今の時代、本当に贅沢すぎると思った。いや、ちがう。実を言うと俺は、インスタントとかまずく感じてしまっているのである。手作りの味がおいしく感じるのである。しかも地元のもののほうが、深みもあり、自分の身体に好く沁みてくれるのである。
本当は新鮮なもので自然食のものであれば、余計に体力を使わずに回復へと向かうことが出来るんだろうが…
「かぁさん、出来たよ?」
俺は心苦しく母親の名を呼んだ。少し安らかに眠っている母親の顔は、俺がまだ小さいころにあやしてくれたあの顔がそこにはあった。
呼び起こされて、上半身をあげたその姿は、明日をも心配せずにはいられないそんな状態だった。