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第六話 境界線

 

 翌朝、瑞希が昨日と同じ時間にバス停に行ってもそこに悠人の姿は無かった。


 (あれ……?悠人、今日まで朝練はないって言ってたのに……もっと早いバスに乗ったのかな?)


 がっかりする気持ちを隠せなかった。朝一番に、昨日突然ゲームセンターから出て行った言い訳をしようと思っていたのに。そして、部活とカノジョとの用事がない時に、また誘ってくれと言うつもりだったのに。


 ―――教室に着くと、案の定まだ半分も来ていないクラスメイトの中に悠人の姿があった。自分の席で一人スマートフォンをいじっているようだった。


 「おはよ、悠人、今日早いじゃん」

 「瑞希……んー……ちょっと」


 悠人は瑞希を横目で一瞬見た後、またスマートフォンに視線を戻し気のない返事をした。


 (な、何だよ、悠人の奴。こっちを見もしないで!)


 ムカっとして瑞希はわざと正面に回り、顔をずいっと近付けた。


 「は・る・と!昨日はごめんなー急に帰って!怒ってない?」

 「……おー」

 「この埋め合わせはするからさ!悠人、次いつ空いてる?また遊びに行こーよ!」

 「……んー」

 「そうだ!その時アイスおごる!お詫びを兼ねて!な、そうしよ?」

 「……」


 ―――バンッ、と瑞希は悠人の机を叩いた。


 「……なに?その反応?今日テンション低すぎない?」


 あまり気の長い方ではない瑞希は、つい怒りに任せて悠人に詰め寄ってしまった。二人の剣呑な様子に何事かと、それまで各々で過ごしていたクラスメイト達の視線が集まった。


 「……瑞希、ちょっと顔かせ」


 周囲の視線に居心地の悪そうな顔をした悠人が、立ち上がり、瑞希の肩にかけている通学カバンの持ち手を引っ張った。


 廊下を抜けて空き教室に入って行った悠人に、瑞希も続く。


 さっきから二人をとりまく得体の知れない緊張感に、瑞希は胸騒ぎが抑えられなかった。……どうしよう、なんか変な空気だ。


 「何だよ、悠人大げさに……」


 嫌な予感を振り払うように、瑞希はわざとおどけて大きな声で張り上げた、のだが―――。


 「―――ごめん。やっぱりもう、お前とは遊べないわ」


 それよりも固い悠人の声が、遮った。


 一瞬、何を言われたか、瑞希には分からなかった。


 「……は?」


 悠人の顔を見ても、焦点の合わない目に、その表情を捉えられない。


 「……だから、お前とつるむのは、もう止める。小学生のガキじゃないんだから、いつまでも仲良しこよしっておかしいだろ……」

 「なに……言ってんの……?昨日と言ってること、違くない?昨日は、あたしと遊んでるのが一番楽しいって……」


 呆然と呟くと、ふいっと悠人に顔を背けられた。


 「……昨日、カノジョから電話があったんだよ。泣きながら、お前ともう二人で遊ばないでくれって」

 「何だよ、それ……!あたし達はただの友達じゃん、疑われるような関係じゃないだろ?お前だって、川口さんにあたしのことは男友達と同じだって言っとくって!」

 「男友達に思える訳ないだろ!!」

 

 再び瑞希の言葉を遮る悠人の大声が、ビリビリと空き教室を揺さぶった。


 その気迫に、思わず瑞希はビクリ、と肩を震わせた。


 「力も、体力も、体のつくりもみんな違うのに……!お前はそう思っても、俺は、無理だよ……」


 ややあって、小さな声で呟いた悠人の言葉に、瑞希は鋭く息を呑んだ。


 「……悠人」


 

 ―――重苦しい沈黙が二人を包んだ。


 「あたし達、幼馴染だろ……親友じゃ、なかったのかよ……」


 ぽつり、と呟く声は弱々しく震えた。


 気付けば、頬をいくつもの涙が伝っていた。


 小さい頃からの、悠人との思い出がいくつもいくつも、瑞希の脳裏に過ぎる。ぐにゃりと、視界が歪む。


 瑞希から目を背けている悠人の目尻にも、光るモノがあった。一度大きく息を吸い、その重苦しい空気ごと悠人は吐き出した。


 「……男と女の友情なんて、いつか壊れるものだろ……」



 ―――告白もしていないのに、決定的に振られてしまった。


 悠人が先に空き教室を出て行ったあと、瑞希は自分のクラスに戻る気にもなれず、体調不良と言って保健室に逃げ込んだ。


 こういった生徒の仮病は慣れっこなのか、保健室の先生は「まぁ、横にでもなってれば?」と意外なほどあっさりとベッドを使わせてくれた。


 肘で目元を隠しながら、瑞希は込み上げて来る涙を堪えていた。少し開いた窓から生温かい風が瑞希の前髪をふわりと浮かせる。


 (嘘つき……友達も、カノジョも同じくらい大事だって、言ったじゃん……あたしのこと、親友だって……)


 本当は分かっている。悠人がそう言ったのは、男として生まれ育っていた前提の自分にだ。


 カノジョに仲を疑われることのない、人畜無害の男友達にだけだ。


 男と女の間に、はっきりとした境界線を引かれてしまった。


 ありのままの自分では、その向こう側には行けない。


 それに、同じくらい、瑞希は気付いていた。


 いくらただの友達の振りをしても、男を装っても、一生自分の気持ちを騙し通せる自信は瑞希にはない。仲の良さを見せつけられて嫉妬しない確証も。


 だから、どのみちゲームオーバーなのだ。


 「あたしは……女なんだ……」


 これからは、無理して男っぽくしなくてもいい。


 このドロドロとした感情ごと、自分をただのどこにでもいる一人の女の子だと、認めてあげよう。


 そう、瑞希は心の中で呟いた。


 目の端に溜まっていた涙が一筋、堪え切れずにポロリと横に伝い落ちた。


 「あれ、夏目先生、もうベッド使っている子がいるの?」


 ベッドのカーテン越しに、やや高めの男子生徒の声が聞こえた。


 「そうなのよ、斎君。ちょっと傷心みたいだから、そっとしといてあげてね」

 「……ふーん……」


 ゆら、と風になびいたカーテンの隙間から、自分に向けられる視線を感じたけれど、瑞希は顔の上に肘を置いたまま零れる涙をそのままにしておいた。



 ―――2時間目から授業に復帰した瑞希は、休み時間男子のグループに混ざるわけでも無く、当然悠人と会話をすることも無く、一人で過ごしていた。


 何だか気が抜けてしまって、誰とも喋る気になれなかったのだ。


 ざわざわとした教室内の喧騒が、今はまるで別世界のことのように聞こえた。


 「……新倉さん?」


 ふいに、斜め横から声を掛けられて瑞希はビクッと体を跳ねさせた。


 「……あ、明石さん、何?」


 突然話しかけて来た同じクラスの女子に、瑞希は瞬きをした。明石あかし みどり、大人しい女の子グループに入っているが、体育や選択授業の班分けでよく瑞希に声を掛けてくれる気配り屋の女の子

だった。


 「もう4時間目終わってお昼休みだけど、ごはん食べないの?」

 「……あ。ごめん、ボーっとしてた」


 彼女に指摘されて初めて、いつの間にか授業が終わっていたことに気付いた。見れば確かに、クラスメイトが各々の席を離れグループを作り、お弁当を食べ始めていた。


 「……」


 いつも加わっている男子の輪を見てそこに悠人の姿も認めると、途端にもうその中に入って行くのは無理だと思った。


 ため息をついて、教室の外のどこか適当な場所でお弁当を食べようと席を立った瑞希に、翠がもう一度話しかけて来た。


 「新倉さん、今日は男子と食べないの?」

 「……うん、ちょっと」

 「……じゃあ、私達のところに混ざらない?」

 「……え?」


 予想外の翠の申し出に、瑞希は目をぱちくりと見開いた。見ると、いつも翠といっしょに行動している三戸みと あかねが離れた席からニコニコとこっちを手招きしている。


 「ね、そうしよ。私達新倉さんと仲良くなりたいなぁって思ってたんだよ。新倉さんは、女子と一緒にいるの嫌?」

 「……そんなことない、女の子の友達も欲しい」


 まだ実感のないふわふわとした面持ちで、瑞希は小さく首を振った。


 そうだ、本当は前々からもっと女子とも仲良くしたかった。ただ、そのキャラクターから、女子の輪に入り損ねてしまい、1学期を終えてしまっただけだ。


 悠人に振られて、もう必要以上に男っぽく振舞う必要もなくなった今、普通の女の子としてやり直す良い機会じゃないだろうか?


 「じゃ、決まり!新倉さん……瑞希ちゃん、ミズちゃんって呼んでいい?あ、私の事は翠って呼び捨てでもミドでもいいよ」

 「う、うん、じゃあ翠……これからよろしく」

 「うんよろしく!」


 にっこりと笑った翠に、憧れていた女の子特有の可愛らしさを見た気がした。


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