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第四話 親友

 

 家を出て自宅近くのバス停が見えて来た時、バス待ちをしている同じ学校の生徒の中によく見知った姿を見つけ、瑞希は思わず立ち止まった。


 (悠人……やば、時間かぶった……)


 昨日、悠人にカノジョが気にするから前みたいに行動を一緒に出来ない、と言われたことを思い出したのだ。


 それに、悠人に男になっている自分の姿を見られるのも怖かった。


 (どうしよ……一本遅らす……?)


 無意識に身を隠せる場所がないかと、周囲を見回していた。しかし。


 「お、瑞希じゃん。どうしたんだよ、最近いつもギリギリのバスに乗ってたのに、今日は早いじゃん。あー、あれだろ生活指導の大谷に目ぇつけられてんだろ」


 目ざとく瑞希を見つけた悠人がわざわざバス停から瑞希の方に歩み寄って来た。その様子はまったく自然で、昨日のやりとりなどまるで無かったかのように見えた。


 「……おはよ、そんなんじゃないけど」

 「まぁ、2学期始まったばかりだしな、真面目にしとけよ」

 「いつも真面目だよ!……そういやお前、部活の朝練は?」


 何となく視線をそらしながら、瑞希はぶっきらぼうに問いかけた。野球部に所属している悠人は、普段は朝練に参加しているため、瑞希よりも1時間以上早く登校しているはずだ。


 「……なんかお前今日テンション低くね?ま、いーけど。明日までは部活休みで、明後日から通常練習に戻るんだよ」

 「ああ、明日まで短縮授業だもんな」

 「だから今日の放課後、久しぶりにゲーセン行こうぜ」

 「え……」


 瑞希はぱちくりと目を瞬かせ、目の前の悠人を見上げた。聞き間違いだろうか?


 「……お前、カノジョに怒られねぇの?昨日カノジョが気にするからって、もう遊べないって言ってたじゃん?」

 「……はぇ?……そんなこと言ったっけ?確かに俺のカノジョは別の女子と喋ってるとヤキモチ焼いて来るけど、でもお前は男じゃん。関係ねーし」


 胸の奥がざわざわとするのを、瑞希は止めることが出来なかった。


 悠人の言う、瑞希は男、という発言は何を意味するのだろう。以前のように、瑞希が男のようなキャラクターだからと、いつものジョークで言っているのだろうか。それとも文字通り、男に見えている?


 「悠人、あた、じ、自分はお前にどう見える?男に見える?女に見える?」

 「………はぁ?」

 「だから、新倉瑞希の性別は男か女かって聞いてんだよ!」

 

 もどかしそうに声を荒げる瑞希に、悠人は思い切り不審な顔をした。


 「お前、どっか頭打ったんじゃねーの?何だよ、その意味不明な質問。お前はどっからどー見ても男だろ。てか、チ〇コついてんだろ」

 「……っ!……」


 頭を殴られたような衝撃と、強い羞恥心が同時に瑞希を襲った。


 (体だけじゃない……あたしの今までの人生全てが書き換えられてる)


 今この世界に存在している新倉瑞希は、男として生まれ、男として生きて来た前提の状態に整えられている。持ち物しかり、周囲の人間の記憶しかり。


 (でも、あたしの心は……?あたしの、記憶は……?なんで変わらないままなんだ?それともあたしが錯覚しているんだろうか?)


 クラクラとする頭を押さえ、瑞希が押し黙ったのを見て、悠人は心配そうに瑞希の様子を窺った。


 「瑞希……?お前、本当に調子悪いの?」


 その時、通学の路線バスが到着するエンジン音が聞こえて来た。


 「とりあえず、バス乗ろうぜ。ほら、支えてやっから」

 「……お、おい!」


 グイっと肩を掴まれ、瑞希よりも10センチ近く身長の高い悠人に抱えられるように歩き出した瑞希は、すぐ近くにあるその横顔を見つめ、すぐ目を逸らした。


 (距離……近い。あたし、ドキドキしてる……この気持ちは……)


 自分の中の悠人への恋心は、確かにまだ存在していると思い知った。だが今の悠人の行動は同時に、彼から見る瑞希の立ち位置が以前とは違うことを瑞希に知らしめた。


 もし自分が女のままだったら、悠人は瑞希を気遣ってもここまで体を密着させて来たりはしなかっただろう。中学以来、悠人は瑞希と遊んでいても、おいそれと身体的な接触をして来ることは無かったから。


 (嬉しい……でも、なんか……モヤモヤする……)



 休み時間が来るたびに、瑞希は度重なるカルチャーショックに驚きを隠せなかった。


 (だ、男子って、思ったよりスキンシップ多……!!)


 これまでもそのキャラクターから悠人だけでなく男子のグループと絡むことの多かった瑞希は、他の男友達と全く分け隔てなく接してもらえてたと信じてたいたが、その自分の認識が間違っていたことを思い知った。


 授業が終わると同時に自分の席から椅子を引っ張って来て、テレビやゲームの話題を話し始めるのは今まで通り。だが、これまでは瑞希が近付くとどの男子生徒もさり気なく距離をとって、瑞希が輪に入るスペースを確保してくれていた。それはそれぞれパーソナルスペースがあるからだと瑞希は思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。


 男の瑞希が近寄って行っても、誰も体を反らしたりしない。それどころか、平気で肩に腕を置いてきたり、逆に邪魔だと思えば腕だろうと背中だろうとためらわずに触って押しのける。


 実際は女子も同性同士なら気軽なスキンシップが多くなるのだが、これまで男子の輪にいた瑞希は、同性同士との接し方と異性との接し方に差が出るということを意識したことも無かったのだ。


 突然0距離で接してくる男子のクラスメイト達に、瑞希は精神的にひどく消耗した。それだけでなく彼らの話題についてもついて行けなかった。


 グラビアアイドルの胸は誰のが一番揉み心地が良さそうか、だとか、エロ動画はどこのサイトでダウンロードが出来るか、とか昨日は何回一人でヤったかなど、とにかく下の話が満載なのだ。


 (何これ……!?今までこんな話してたっけ!?)


 何より瑞希の頭をクラクラさせたのは、悠人までその話題にノリノリで入って行っていることだった。


 瑞希のイメージでは、悠人は野球一筋の運動馬鹿。恋愛方面には自分と同じかそれ以上に奥手だと思っていた。だが実際はどうだ 自分よりも早く恋人が出来て、周囲の下ネタにも興味津々に話題に入って行っている。


 「そういえば、悠人、杏奈ちゃんとはどこまでいったんだよ」


 いつもつるんでいる同じグループの一人で、クラスの中心人物にもなっている町田まちだ 和明かずあきがふいに悠人に話題を振った。


 「え?……いやー……」


 突然恋人について聞かれて、悠人が照れたように頭を掻いた。瑞希は弾かれたように、身を固くした。


 (……嫌だ、悠人の恋愛事情なんて、聞きたくない)


 しかしその場の誰も、瑞希の様子には気付きもしない。周囲の注目が悠人に集まった。


 「もう付き合って1ヶ月以上だろ?たしか夏休み前に告られたんだよな?もうヤっちゃったの?」


 (夏休み前……!そんなに前から……知らなかった……)


 自分が思っていたよりもずっと早く悠人の付き合いが始まっていたこと、それを男子のクラスメイトは当たり前のように知っており、自分はそうではなかったことが、瑞希の胸を再びえぐった。


 「や、まだそこまでは……」

 「何だよー、まだ童貞かよ!チューは?チューくらいはしたんだろ?」

 「まぁ……それなりに」


 悠人が答える度に、周りの男子生徒達の冷やかす声が次々に上がる。


 瑞希の想いは置き去りに繰り広げられる悠人とカノジョの進展報告に、鼓動がいやに大きく早まるのを瑞希は感じた。


 (嫌だ……もう、聞きたくない!)


 息苦しい、こんなの、耐えられない……!


 ガタッ、と瑞希は大きな音をわざと立て、椅子から立ち上がった。


 「……瑞希?」

 「……わり、英語の辞書、忘れてたんだった。ちょっと借りて来る」


 瑞希の様子に心配そうな顔をした悠人に視線も向けず、瑞希は一言言い残して輪を離れた。


 ふと、教室を出たそのタイミングですれ違った女子生徒の甘い香りとふわふわとした髪が鼻孔をくすぐった。


 「悠人君、いる?」


 (川口さん……)


 悠人の恋人で学年一の美少女と噂される、川口杏奈だった。それまで間近で見かけたことなんてなかったが、よく整えられたウェーブがかった艶々の黒髪、白い透き通るような肌に、小さな唇、華奢な身体。見つめたら誰もがため息を零すに違いない、完璧な容姿だった。


 自分と入れ違いのように教室に入って行く少女の可愛い横顔が、胸を締め付けた。視界の端に軽やかな足取りで男子の輪に近寄って行く彼女と、クラスメイトにこづかれやや顔を赤くした悠人の顔が見えた。


 (男になっても、何もいいことなんてないじゃん……)


 背後に噂のカノジョの出現にざわめくクラスメイトの歓声を聞こえ、瑞希は耳を塞ぎ廊下をあてもなく歩いた。



 ―――5限目が終わり、瑞希は早々に下校しようといち早く通学カバンを引っ張り出し、教室を出た。


 「瑞希、待てよ」

 「……悠人」


 瑞希に続いて教室を出た悠人が、駆け足で近づいて来た。


 「お前、朝から調子悪そうだったけど、大丈夫か?」

 「……別に、何ともないよ」


 反射的に立ち止まったものの、昼休みに見た悠人と杏奈の仲睦まじい様子を思い出し、素っ気ない返事を返した。ドロドロとした感情がまた込み上げて来る。


 「ほんとか?まぁ、大丈夫なら、行こうぜ?」

 「……は?」


 ポカン、と大口を開けた瑞希に悠人は呆れ返った顔をした。


 「朝言っただろ~、今日ゲーセン行こうって。忘れたのかよ」


 はー、と長いため息交じりに言う悠人に、瑞希はまだ半信半疑だった。


 「お前、カノジョと帰らなくていいの?川口さん今日来てたじゃん」

 「いいよ、約束したのはお前が先だし。ダチもカノジョと同じくらい大事だろ?」


 (……!)


 そう言ってニヤッと笑った悠人に、瑞希は胸の奥が高鳴るのを抑えられなかった。


 自分のことも、カノジョと同じくらい大切だと言ってくれた。朝からずっと気に掛けててくれた。何これ、すごく、すごく嬉しくてむず痒い。


 「お、おう、じゃあ、行こう!」


 瑞希は照れくささを隠しもせず、満面の笑みで答えた。


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