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第二話 社の神様

 

 木戸を開けて中に入ると灯りはなく、外から差し込んで来る弱々しい太陽光だけが薄暗い拝殿の中身を浮かび上がらせている。


 狭い室内には、大振りの神棚のようなものや太鼓、供え物を置く台のようなものが置かれている。その合間をゆっくりと瑞希は進んだ。


 「……!?」


 ふっと誰かと目が合ったと思い、瑞希は一瞬身を固くした。だがすぐにそれが、古ぼけた姿見だと気付いた。


 青銅の枠に細かな文様のあるその姿見は、どうも年代物で由緒正しいもののように思われた。僅かに埃をかぶったそれは、近づいた瑞希の全身を映し出した。


 そこに映った自分は、痩せ気味で凹凸の少ないすとんとした体形をしている。首にもかからないくらいの長さしかない髪も、櫛も入れておらず、ぼさぼさだ。


 まるで男みたいだ、と瑞希は思った。


 女生徒の制服を着ていること以外、何が自分を女だと証明してくれるのだろうか。瑞希はふ、と再び自嘲気味に口の端を上げた。


 「いっそのこと、本当に男になりたい。そしたらこんな気持ちも無くなるのに……」


 そう言って、鏡の中の自分に手を伸ばし、触れた。しん、と静まり返った拝殿の中……。




 「……っふ……ふふはははははっ!君、面白いこと言うなぁ!!!」


 と、突如、静寂を破るかのような甲高い笑い声がはじけた。


 「っ!?!?」


 瑞希は背筋をビクン、と反射的に仰け反らせ慌てて声の方に振り向いた。


 (だれ……!?)


 振り向いた先、丁度逆光になった目線の先に、ふわふわと浮かんでいるモノがあった。いや、それをモノと呼んでいいのかすら分からない。人型をしたソレは、かすかにその奥にある物を透かして見せていた。


 「……うわぁあああっ!?!?」


 それが何かを認識する前に、本能的な恐怖で瑞希は大声で叫んだ。


 「ゆ、幽霊……!?!?」


 明らかにこの世ならざる者が浮かんでいる光景に、瑞希は腰を抜かし、尻もちを着く。


 浮かんでいるのは、半透明の男の子だった。年齢で言えば小学校高学年くらい、10歳前後の白装束を着たその子には、さらに彼が人ではないことを裏付けるような、狼のような灰色の耳と尻尾があった。


 「幽霊だなんて失礼しちゃうなぁ……これでも神齢200歳を超える神様なんだけど」


 少年の形をしたソレはくすくす笑いながら、ひどくゆっくりとした動きで、床に降りて来た。


 「か、神様!?」

 「そうだよ、この社に宿っている神様で、この地域の守護をしているんだよ」


 エヘン、とでも言うかのように得意げに胸を反らした彼の仕草はやけに人懐っこい。尻尾がピン、と天井に向けて立ち上がっている。何だかご機嫌なようだ。瑞希はあっけにとられたまま、何度も瞬きをした。


 「あ、あたし、頭でも打ったのかな。これって夢?神様なんて言い張るおかしな半透明なやつと喋ってる……」

 「もう!だから僕は正真正銘、神様だってば!僕の名はエン。『縁』と『縁』を繋ぐ者。君の名は?」

 「み、瑞希……新倉瑞希」


 未だに状況を理解しきれないまま、瑞希は条件反射のように自分の名を告げた。


 「瑞希、ね」


 エンと名乗ったその少年は、ふ、と口の端を上げ僅かに微笑んだ。


 「はじめまして、瑞希。何度も言うけど僕はここら一帯を司る地神の一。今日は哀れな君の願いを叶えてあげようと、わざわざ降りてきてあげたと言う訳だ」

 「あ、あたしの願い……?」


 怪訝な表情を浮かべた瑞希に、エンは両手を腰に当て、呆れたような顔をした。


 「君、さっき言ってたじゃん。男になりたい、って。あれ、本気?」

 「……え」


 ぽかん、口を大きく開けたままの瑞希にエンは再び呆れ返った顔をした。


 「だ~か~ら~、長年の初恋が木っ端みじんに砕けて傷心の君を可哀そうに思って出て来てあげたんじゃないか。失恋して、性別変わりたい、なんてよっぽどのことだよ。僕も長いこと神様してるけど、そんな願い聞いたことない。フツーはさ、彼を心変わりさせてくれ、とか、早く新しい出会いをくれ、とか言って来るんだよ。君もそっちの方がいい?それだと、順番待ちで3万5千2百飛んで1番目になるけど、いい?」

 「……そ、そんなこと、出来んの?性別を変えるって……本当に?」

 「もちろん、すんごーい難しい奇跡だけどね。神齢200年を超える僕だから出来る超、上級の神技だよ。あ、でも一応これは君の人生や周囲の人間に与える影響が大きいから、きちんと意思表示をしてもらわないといけない決まりなんだけど。その上で一度トライアルを受けてもらってメリットデメリットもちゃんと理解してもらった上で、本契約、という流れかな?……で、どうする?トライアルする?」


 つらつらと長台詞を並べ立てた後、やけに屈託のない顔で、エンはにっこりと笑った。その表情には緊張感など微塵もない。まるで、新発売されたばかりのゲームについて語っているかのような気安さだ。


 「トライアル……?」

 

 瑞希は小さく呟いた。


 「そう、トライアル。ほんのお試し体験だよ。大丈夫、やってみて嫌だったらすぐ止められるよ。望まない奇跡を押し付けることは、僕も上から止められてるからさ」

 

 にわかには信じがたい話だ。でも、この半透明の神と名乗る少年は瑞希を男に変えられると言う。


 (こんなのありえない……あたしは、たぶん夢でも見ているんだ。でも、もし、叶うなら……試しにだってこいつも言ってるし……)


 さっきから訳の分からない状況で頭がすっかり混乱していた。いや、混乱しているのはもっと先からだったかもしれない。小さい頃からずっとつるんで来た幼馴染に恋人が出来たなんて、それ自体何かの冗談みたいだ。


 (何でもいい……今のあたしを、楽にしてくれるものなら、何だって……)


 瑞希は立ち上がり、エンの目を真っ直ぐ見つめた。まるで、墨を流したような真っ黒な色をしていた。


 「……男になれるものならなりたい。今の自分を変えたい」

 「……承知」


 ふっと微笑んだ少年神は、小さな両手を胸の前で組み合わせた。ビンっ!と少年の耳と尻尾が逆毛立つ。その瞬間、エンの体はふわっと宙に浮き、と同時に突風が足元から突き上げるように吹いた。


 エンが何か呪文のようなものを口の中で呟くと、瑞希と姿見を中心に床に光の円陣が浮かび上がる。


 「瑞希、鏡の自分の姿を見てごらん」


 驚いて硬直している瑞希に、無機質な声でエンが話しかけた。


 「……!」


 促されるように緩慢な動きで姿見に振り向いた途端、瑞希は小さく悲鳴を上げた。


 そこに映っていた自分は、男になっていた。


 パクパクと口を開け閉めしている瑞希の肩に、エンは手を掛け顔を寄せた。


 「瑞希……理想の自分がそこにいるだろう?……大丈夫、怖くないよ、自分なんだから。触れてごらん?」

 「……あ……ああ……」


 促されるまま、熱に浮かされたように瑞希は手を伸ばした。一歩一歩、姿見の中の自分に近づき、指が触れ合うかと思われたその時―――。


 激しい閃光が走り、何もかもが白くかき消されたかと思うと、瑞希は抗いがたい眠気に襲われた。急速に意識が遠のいて行き、全身から力が抜けたように崩れ落ちた。


 「優しい瑞希……今まで君の目に映っていた世界は、真実ばかりだったかな?そこのところをよぉく考えてみるといいよ……」


 最後に視界に映ったのは、能面のように冷たい微笑で自分を見下ろすエンの姿だった。


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