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ジャンプ  作者: minami
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七夕の夜

 ケイがバスルームに入ってから程なくして、訪問を知らせるチャイムが鳴った。結菜はチラッとインターホンに目を向けるが、勝手に応対しない方がいいと、それを無視していた。知り合いなら後ででもケイの携帯電話に用件を知らせる電話が鳴るだろう。もしも訪問者が女の人なら、それこそ出ない方がいい。いくら妹のような関係だと言っても、ケイの部屋で、しかもこんな格好で相手はそれを信用してくれるかどうか分からないから。


 数回チャイムが鳴り続けたが、訪問者は諦めたのか、ピタリと音が鳴りやんだ。

 人の部屋に一人でいるのは変な緊張感がある。主が不在での来客なら尚更そう感じる。結菜はチャイムが鳴りやんでホッと小さく息を吐いた。

 

 少し落ち着きを取り戻すと、ケイが学園に来たのは、今の蓮の状況を伝えるためだったのか?ふと疑問に思った……

 結菜は鞄の奥に押し込めてあった携帯電話を取り出しそれを開き確認する。

「あ…………」

 忘れていた。

 戦うことでいっぱいいっぱいで、今日が何曜日か何日か、この日が何の日かなんて、すっかり忘れてしまっていた。


「蓮くん。誕生日おめでとう―――」

 

 本人には言えない“おめでとう”の言葉を、携帯電話の中にいる小さい蓮に向かって呟いた。




 

 ガタッ―――


 玄関の方で音がすると、結菜はハッとして顔を上げた。

 さっきの訪問者かもしれない。でも、どうしてここに入って来られるのだろう。このマンションもオートロックだったし、玄関にも鍵が掛かっているはず。

 結菜は恐る恐る玄関に向かって歩いた。そして、玄関に誰も居ないと分かるとまた安堵の息が漏れた。

 踵を返し、戻ろうとすると、玄関の扉の向こうから扉を叩くような音が聞こえた。

「だれ?」

 呼びかけても何の反応もない。仕方なく玄関の扉に近づきドアスコープから外を見た。



 結菜が玄関の扉を開けると、そこには壁に寄りかかって蹲っている蓮がいた。


「……蓮くん?」

 どうしたの?と言いかけて、言葉が詰まる。

「ケイ……今日泊めて……くんない?」

「…………」

 弱々しい蓮の声と姿に心が引きちぎられそうになる。

 蓮は俯いたまま立ち上がると、結菜の前を通ってふらつきながら廊下を歩いていった。眼も合わせない蓮は自分のことをケイだと思っているようだった。まさかここに結菜がいるなんて思っていないように。

 後ろを追いかけるように結菜はリビングまでの廊下を歩いた。蓮の通った後はお酒の臭いが漂っている。蓮が横を通り過ぎたときにも感じたお酒の臭いが、足のふらつきと、自分のことをケイだと勘違いをしていることの辻褄を合わせた。

「なんだ。また女装してんのか?なんか……上条みてー」

 虚ろな眼をした蓮は悲しそうに笑うと、カーペットの上に座りそのまま後ろに寝転んだ。

「……私だよ。蓮くん。私、結菜だよ」

「なんだよ。声まで似せんじゃねえよ……もういいから、ここで寝かせろ」

 蓮は照明の光を眩しがるように、手を眼の上にのせると動かなくなった。結菜は横たわっている蓮の傍に屈み、聞こえてきた寝息を静かに聞いていることしかできなかった。





「結菜。お腹空かないか?何か買ってこようか」


 バスタオルで頭を拭きながら出てきたケイが結菜を見、その横にいる蓮に気付くと「わっ」と大袈裟に驚いて見せた。

「蓮くんが来ること知ってたんでしょ?」

「し、しらねえし」

「ウソ!」

「ウソじゃねえよ。ホントびっくらこいた」

 ケイは冷蔵庫を開け、お茶のペットボトルを結菜に渡すと、自分はビールのプルタブを開けながらテーブルの前に座った。ぷしゅっと勢いよく開いたビールを、喉を鳴らしながら美味しそうに飲んでいるケイを見てから、蓮に視線を落とした。

「今日蓮くん誕生日だよね?」

「あ?そうだったか?」

「だから、こうして会わせてくれたんじゃないの?」

「…………」

「やっぱり、そうなんだ」

「違う」

 木のテーブルにビールの缶を置く高い音が聞こえた。

「だったら、偶然?」

「……結菜。お前、やっぱり蓮より好きな奴なんていないよな?」

「……何?突然」

「だってさ。今『会わせてくれた』って言ったじゃん」

「なにそれ」

 ケイは、はあと溜息を付いた。

「結菜は笑ってたほうが可愛いぞ。今のお前はブスちゃんだな」

「私は……」

 茶化すように言うケイに言い返そうと顔を上げると、そこにいたケイは優しい眼で結菜を見ていた。

「何か事情があるにしろ。今日は蓮と一緒にいてやれ。オレは女のとこでも行ってくるから」


 そう言い残し、素早く支度を済ませると、ケイは部屋を出て行ってしまった。






 眠っているといっても、蓮と二人きり……


 久しぶりのこの空間に嬉しいという気持ちと、どうしたらいいのかとうい気持ちが複雑に絡み合っていた。


「……みず」

「えっ!?」


 突然の蓮の言葉に、心臓が止まったんじゃないかと思えるぐらい驚いてしまった。

「み……ず」

「あ、ああ。水ね」

 急いでガラスのコップにミネラルウオーターを注ぎ、蓮の所へ持って行った。

「蓮くん。水だよ。飲んで」

「…………ん」

 水を飲まそうと蓮の頭を持ち上げて、自分の膝の上に乗せてみるが一向に飲む気配がない。

「いらないの?」

「水……」

 そう言って、少し開いた蓮の眼には今度は誰が見えているのだろう。こんなに近くにいるのに、蓮が遠くに感じる。確かめるように蓮の髪を触り、頬を手で包んだ。

 そして結菜は自分の口に水を含み、蓮の唇に自分の唇を重ねるとその水を注ぎ込んだ。

 コクッと蓮の喉が鳴る。

「まだ、飲む?」

「…………」

 満足したのか蓮はまた眠ってしまったようだった。





 気がつくと蓮の手を握りしめたまま、自分も横になって眠ってしまっていた。横にいる蓮からはまだ静かな寝息が聞こえている。

 乾燥機の中に入れている制服も乾いているだろう。もう十分だ。これ以上蓮と一緒にいると離れられなくなってしまう。そう思い結菜は身体を起こした。


「かみ……じょ…?」


 蓮の掠れた声で振り返ると同時に、蓮の腕の中にいた。

「蓮くん……」

「夢か……夢でもいい。逢いたかった……」

「あ…………」

 後ろに押し倒され、上から見下ろされた蓮と眼が合い、徐々に距離が縮まってくる。

「上条……」

「ちょ……」

 ちょっと待って。ここはケイの部屋なんだけど。

 そんな結菜の言葉は、蓮の唇に覆われて言えなくなってしまう。自分の口の中に広がるお酒の臭いも、蓮の求めてくるようなキスで、どうでもよくなってくる。


 長いキスの後に、少しずつ下がってくる蓮の唇が首筋を通過した。

「ダ、ダメだって……」

 蓮の手が服の裾から伸びてきて、肌に直接温もりが伝わった。その手を払いのけようと掴むと反対に掴み返され、カーペットの上に押さえつけられる。

 そしてまた柔らかくて温かい唇が首筋を伝わった。

「蓮くん。ホント。ダメだって。ここってケイのとこだから……」

 抵抗してみても、いつもとは違う蓮の強引な力に、頭の横にある掴まれている手首はびくともしない。


「上条……」


 幾度となく囁かれる蓮の甘い声に、次第に抵抗する力が弱まっていった。

 


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