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ジャンプ  作者: minami
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織姫と彦星

 お昼前に目を覚ますと、先に起きて着替えを済ましていた蓮にブツブツ文句を言われた。

 それなら起こしてくれればいいのにと反論しかかったけれど、ここは我慢。

 だって、今日でこのプチ旅行は最後なのだから……


「今日はどこいくの?」

「どこって……」

 蓮がジッと見つめてくるから、昨日のベッドでのことを思い出してしまって、急に恥ずかしくなり視線を逸らした。

「今日はずっとここにいよう」

「え?なんで」

「だってさ。自分じゃ変装出来ないだろ?またケイに頼むのもなんかイヤだし……それに、やっぱいつものお前の方がいいし……な?」

 と言うことで、今日はこの場所から動かないということになってしまった。

 結局はデートらしいデートをしたのは昨日のディズニーランドだけ。

「まあいいよ。昨日は楽しかったし。でも、一年後は覚悟しててよ。いっぱいいろんな所に連れて行ってもらうから」

「ああ。それまでどこにいきたいかリストを作っとけ」

「じゃあ。新婚旅行は世界一周だね〜楽しみ」

 そんな会話をしながらあっという間に時間は過ぎていった。


 そして家に帰らなくてはいけない時間になり荷物をまとめると、蓮に見送られ、ここへ来たように徳田が運転する車に乗った。

 なんだかあっけない三日間だったなと振り返ると感じてしまう。あれも言っておけば良かったなとか、もっと蓮に触れておけば良かったとか……そんなこと考えたって切りがないのに、後悔することばかり思ってしまう。


「着きましたよ」

「ここって……」

 運転席からの徳田の声が聞こえ車を下りると、そこは以前蓮に連れてきてもらったことのある高台にある広場だった。

 途切れた木々の隙間から街の明かりが見下ろせる。結菜は落下防止の白い手すりに手を置くとキラキラ輝く光を眺めていた。


「俺の誕生日って……」

「あ……」

 ホテルで別れたはずの蓮が隣に来ると同じように街に眼を向けた。

「7月7日なんだよな」

「え?」

「来年の7月7日で18になる。来年のその日にここで逢おう……」

「7月7日って……七夕?」


 織り姫と彦星が一年に一度逢う事が出来る日―――


「俺の気持ちは絶対変わらない……」

「私だって。私だって絶対に変わらないよ。好きだよ。


蓮くんが大好き―――」



 何度も抱かれた腕に包まれ、そして何度も抱きしめた腕を伸ばす。

 流れる涙は悲しいからじゃない。

 これからの二人のために二人で決めたことだから……




 一年後の7月7日には笑って抱きしめ合えるように―――







***



「ねえってば。雨宮蓮とどうして別れたのよ!理由を言ってみなさいよ!!」

 もう何度目だろう。

「うんざりなんですけど?」

「だって。納得がいかない」

 マユは眉間にシワを寄せると口を尖らせている。

「もう別れたんだからいいじゃない。それより純平くん待たせちゃ悪いよ」

 歩道の向こう側にいる純平をチラリと見た。

「いいのよ。あんな奴!」

「なあに?またケンカ?よくやるよね」

「私たちのことはいいのよ!それよりも、別れた理由って雨宮蓮が浮気したからじゃないの?そうでしょ?だって、聞いたのよね。ディズニーランドで髪の長いチョー綺麗な女の人と手を繋いでデートしてたって!それがホントなら私、許せない〜〜!!」

「綺麗な女の人って……ハハ」

 綺麗は微妙だけれど、それってたぶん私のことなんですけど……と出かかったが寸前で飲み込むと、結菜はいつものように興奮したマユを置き去りにして歩き出した。

 マユは仕方なく純平の傍に駆け寄る。これは最近のパターン。もうそろそろ諦めて欲しい……

 結菜は純平と歩き出したマユを見届けると、溜息を付いて再び歩き出した。


 今頃蓮は何をしているのだろう。


 このところ、授業の合間の休み時間はなるべく教室の外に出るようにしている。それは運がよければ蓮と廊下ですれ違えるから。一瞬だけど横に蓮が居るってだけでドキドキしたりして……これって片思いをしている女子の心境だと思うと可笑しくなる。でも、頭で分かっていても、こんなに傍にいるのに話も出来ないし眼も合わせられないのは思った以上に辛すぎた。それが蓮に通じているのか、そんな時には必ず蓮からメールが届く。誰にも見られないようにトイレに入ってニタニタと笑みを浮かべながらメールを読み、そしてすぐに消去する。


 こんな生活が二週間続いていた。


「ユイちゃん。たまには一緒に帰ろうよ」

 人懐っこい紫苑が教室に現れると女子からの視線を一斉に浴びた。


「雨宮くんと別れたばかりでよくやるよね」

「自分が可愛いとでも思ってんじゃない?」


 そして同時に妬みの声も聞こえてくる。


「今日、友達と待ち合わせしてるから……」

 そう言い結菜は鞄を持つと紫苑を残して教室から出て行った。

 紫苑はいい子だとは思う。けれど、紫苑と関わることで離れている蓮の心を少しでも乱したくないと思っていた。それに自分だって、もしも蓮が女の子と一緒に帰っている場面を見るといい気はしない。

 そうは思っていても、今日はその蓮の心をすでに乱してしまっていた。


 結菜は学園を出たすぐの道路脇に止めてあった車の助手席に乗るとシートベルトを締めた。隣の運転席には女装したケイが乗車している。

「おかえり」

「……うん」

 車が勢いよく出発すると、すぐに蓮からのメールが届いた。

「蓮から?」

「うん。ケイと会うって言ったら反対された。でも分かってもらえたみたい」

 信号で止まり、蓮からの了解メールを見せるとケイはホッとしたように笑った。

 従兄弟のケイですらこんなんだから、他の人と一緒に居る所なんて蓮に見られるわけにはいかない。


―――離れたら気持ちまで離れてしまうんじゃねぇのか?


 そんなことは絶対にない。会って話すことも触れることも出来なくても、心は繋がっている。たとえ蓮がどんなに遠くにいたとしても、二人の気持ちは変わらないという自信があった。



「で。調べたのはこれだけ。相当いろいろあったみたいだけど、結菜には何も言わなかったんだな」

 ケイが後部座席から取り出したファイルを広げると、そこにはずらりと事の詳細が記載れていた。それを眼で追いながら読むと結菜の顔が歪んだ。

 やっぱりという思いと、どうして言ってくれなかったのかという何とも言えない気持ちでいっぱいになる。

「こんなことがあったのに、私は何も知らなかったなんて……」

「やっぱり蓮と別れるフリをして正解だったわけだよな。それからは何もないみたいだし」

 ファイルの文字から目が離せなかった。そこにはマユの家族に起こった出来事や、純平やアッキー、綾までが被害に遭っていたことが記されている。

 それは紛れもなく志摩子がやったことだと推測できた。

 志摩子は人を雇い、マユ一家には多額の借金を背負わせ、身動きが取れないようにし、再び脅しをかけていた。純平のところには、父親が経営する病院に街宣車を乗り付け、謂われのない事を延々と放送させ患者が激減している。その他にも手にしている書類にはそういうたぐいのことが何枚も書き記されていた。


「それだけされても言わないなんて凄いよな」

「うん……」

「いい友達だな」

「うん」

「お前も凄いよ。結菜だからそういう友達がいるんだ」

「違うよ……」

 自分がいるから、大事な友達にこういう事をされてしまった。志摩子の狙いは自分なのに……

「過ぎたことで落ち込んでも仕方ないだろ?それに載ってることは全部解決済みだ。だから気にするな。まあ、あれだな。結菜はこの事を知ったって友達に言わない方がいいな。別れた理由をまた詮索されるのもいやだろ?」

「……うん」

「オレに出来ることがあったら言ってくれ。蓮は弟のようなもんだし、結菜は妹みたいなもんだしな」

「ケイ……」

 ケイは照れるように頭を掻くと、アクセルを踏んだ。


 そう言えば他に気になることが一つある。

 前を見て運転しているケイをチラチラと見ていると、堪り兼ねたケイが口を開いた。

「言いたいことがあるなら言え」

「あっと……その」

 どうせまたそんなことで嫉妬してとか言われそうで躊躇していると、ケイは乱暴にハンドルをきって道路脇に車を停車させた。

「結菜。オレはこれでも押さえてるつもりなんだけど?お前と会うときには女装してみたりして?ホント自分でも健気だって思うよ。なのに何だよ。お前は……」

「…………お前はって、なに?」

 ハンドルに向かって何かを唱えるように呟いているケイを訝しそうに見ていると、ケイはハッとしたように「何でもねえよ」と吐き捨てるように言った。

「で?何が聞きたい。蓮のことか?」

「あ……うん」

「オレで分かることなら何でもどうぞ」

「蓮くんの幼なじみってどんな子かなと思って……」

 以前紫苑に聞いていた蓮の幼なじみ。聞いてはいたけれど、蓮と一緒にいた時にはその姿は一度も見たことはなかった。でも、離れたと同時に蓮の傍にまとわりついているのを何度か目にしていた。

「幼なじみ?誰だそれ」

 その女の子の特徴をケイに話した。

「名前は分からないけど、一年の可愛い女の子」

 その女の子が蓮に笑いかける度にいつも耳の後ろで二つに結んだ髪が揺れていて、その光景を目撃してしまうと蓮の傍にいれて羨ましいと思ってしまう。全く蓮は相手にしていないようには感じるけれど、気になることがある。

「今度はその子に嫉妬してんのか」

「そうじゃなくて。気になるのよね……」

「何が気になるんだ?」

 その女の子とすれ違うときに、自分を見た眼に何か意味があるような気がしてならなかった。

「説明できないけど、何か意味を含んだ眼で見られてるような気がして」

「そいつって、もしかしてだけど、里沙か……?」

「里沙?」

 どこかで聞いたことがあるような……

「父親が雨宮グループの役員で、オレも何度かパーティーなんかで会った事があるけど……そう言えば、その時も蓮の周りをうろついていたような気がするな。蓮は全く相手にしてなかったみたいだけど。その里沙がコウナンにいるのか?あいつはお嬢で、めちゃめちゃ我が儘な奴って印象があるな。欲しい物は何でも手に入れる……みたいな?もしかして、蓮くん狙われちゃったかな〜」

 結菜の反応を楽しむように、ケイが助手席を見た。

「ふ〜ん。そうかもね」

 ここは強気で返してみた。でも里沙という一年の女の子が蓮に気があるのは態度で何となく分かっていた。蓮と別れたと言っても、近くにいる自分のことを見て面白くないと思うのも分かる。

 でも……

 あの笑みはなんだか違うような気がする。





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