会えない理由
「ケイ……冗談……」
「冗談じゃねえよ。蓮がお前と離れたら、違う意味で危険かも知れないだろ。今日はそのことについても蓮と話しをするためにここに来た」
「ケイ……でも、私は大丈夫だよ。誰かに守ってもらわなくても、私は一人でも大丈夫だから」
ケイの言いたいことは分かる。蓮と別れたらどんなことになるのかは、昨日体験済みなのだから……でもこれからは誰の手も借りず、ちゃんと自分で解決していきたい。誰にも迷惑は掛けられない―――
「結菜。ちゃんとオレの話しを聞けって……」
ケイに痛いぐらい両腕を掴まれると昨日のことを思い出し、涙がじわりと滲んできた。
「ケイ。俺がキレる前に上条から離れろ」
振り返ると、いつからそこにいたのか、蓮が凄い形相でケイを睨んでいる。
「蓮……オレの言いたいことは分かるだろ?オレはただ結菜を守りたいだけだ。だから……」
「聞こえなかったか?今すぐに上条から離れろ」
やれやれと言うようにケイが結菜から離れると、違うソファーに座り直した。
「こんなんで、これから先、やっていけるのか?」
「余計なお世話だ」
寝起きの乱れたままの頭をガシガシッと掻きながら蓮は結菜の隣に腰を下ろした。
「一緒にいてもそれだけ嫉妬するぐらいだから、離れたらどうなる。蓮も結菜もそのことについてもちゃんと話し合った方がいいぞ。蓮もこんな事で嫉妬してどうするんだ。結菜だってそうだ。ちょっと蓮が他の女と一緒に居たからってそれだけで疑ってたら切りがない。お前達は、離れたら気持ちまで離れてしまうんじゃねぇのか?」
「…………」
蓮は小さく「うるせえ……」と言っただけで、ケイの言ったことに何も言い返すことが出来なかった。
「まあ……あれだな。オレは結菜のことは妹みたいに想ってるから。いつでも相談に乗るってことで、後はゆっくり二人で話し合うんだな」
そう言い、ケイは部屋から出て行った。
後に残された蓮と結菜は何かを考えるように黙ったまま暫くソファーに座っていた。
「俺。顔洗ってくる」
「……うん」
蓮が支度をしている間、テレビのリモコンを持ち、一応電源を入れるとテレビの音に耳を傾けていた。でも朝のニュース番組も耳の右から左に抜けていき、何も入ってはこない。
その代わり、頭の中にはケイが言った言葉がグルグルと回っていた。
本当にこのまま蓮と離れてしまっていいのだろうか?離れる以外にもっと他に方法がないのだろうか……
はっきり言って自信がない。ケイに言われて初めて蓮と離れることの怖さが現実になって自分を襲ってきた。怖さと不安で身体が震える。
明後日からは、当たり前のようにしてきた蓮の隣にいるということができない。自分の隣で蓮は笑ってくれない……
そう思うと不安で押し潰されそうになる。
俯いてそんなことばかり考えていると隣に蓮の気配がして、すぐにふわりと抱きしめられた。
「もうそろそろ、俺を分かれよな。俺はお前だけだから……」
「蓮くん……」
「だから心配するな。たかが一年だろ?これからの俺たちの長い人生のうちのたった一年……それって、余裕じゃねぇ?」
頭を撫でられながら耳元で聞こえる蓮の声にホッとする。
大丈夫。『一年も』ではなく『たった一年』……
そう自分に言い聞かせて蓮の腰に手を回した。
「う…ん。余裕……」
「だろ?」
フフッと笑うと蓮の身体が離れ、チュッと口の上で音が鳴るキスされた。
上目遣いに見上げると、蓮と目が合う。
「そんな顔するなよ。今すぐ押し倒したくなる」
「……なっ」
真っ赤な顔ですぐに俯くと今度は蓮が笑っていた。
蓮にどこに行きたいのか聞かれ、これまでデートなんてあまりしたことがないことに気がついた。
みんなはどんなデートをしているのだろう?駅で待ち合わせをして、映画とかショッピングとか遊園地とかに行くのかな?蓮と一緒だとどこでもいいけれど、こういう場合は、一応どこに行きたいとか行った方がいいのか……
「ディズニーランドかな?」
「了解」
定番中の定番だが、恋人と一度は行ってみたい場所。
上から落ちるような乗り物は苦手だけれど、あの夢のような空間に蓮と一緒に行きたいと単純にそう思った。
蓮はたいした変装もせず電車に乗り人々の注目を集めていた。
それはディズニーランドの中に入っても同じで、女の子たちがチラチラと蓮を見ているのが分かると、また少し不安になる。
二人はベンチに座ると、蓮が買ってきてくれたジュースを飲んで休憩していた。
「やっぱ、ヤキモチ妬くよね……」
ボソッとそんなことを言うと隣に座っていた蓮がストローを銜えながら不思議そうにこっちを見ている。その顔が可愛くてキュンという音が胸の奥で鳴った。
「俺は嬉しいけど?」
「え?」
「上条がヤキモチ妬いてくれて。だって、それは俺のことが好きだからだろ?」
「まあ……」
そうかな。と曖昧に言うと結菜は照れ隠しにストローを回して氷をかき混ぜた。
「俺は上条を見ている奴らを片っ端からぶん殴ってやりたいけどな」
「は?」
「見られてるの気付かないのか……?」
「え……私のことなんか誰も見てないよ〜もう蓮くんてばそれって嫌味?」
笑いながらバンと蓮の肩を叩いた。
見られているとすれば、隣の男に似合わない女だなという風にかもしれない……
−はあ。落ち込む……
「こんなに鈍感でいいのか?まあ。いいのか」
蓮は自分自信に語りかけるように独り言を言うと結菜の手を取り、再び長い行列の後ろに並んだ。
最後のパレードまで見終わると昨日泊まったホテルに戻ってきた。
「足が痛い〜」
「俺も」
靴を脱ぎ裸足になると足先に血が通い出す。被っていたウィッグもすぐに外した。汗でベタベタした肌が気持ち悪くてすぐにシャワーを浴びたい気分だ。
先に入ってこいよ。と言う蓮のお言葉に甘えて、先にシャワーを浴び出てくると、すぐに蓮がバスルームに入っていった。そして、蓮の閉めたドアがすぐに開くと顔だけ出して自分を呼んだ。
「今日は俺が出てくるまで起きてろよ」
「あ……うん」
疲れ切っている身体で自信はないが、これで二泊三日のお泊まりは最後。明日になれば蓮とあまり会えない日が続く……
そう考えると、一緒の時間がすごく大切に思えてきて、こうして一人でいることが寂しく感じられた。
一緒にいる間、蓮といろんな話しをした。それはお互いの不安をぬぐい去ろうとするように無理に明るい話題にしたり、馬鹿話をしてみたり。核心に触れないまま楽しい時間だけが過ぎていった。
そして会話が途切れると、どちらともなくキスをした。何度も唇を合わせ、その感触を身体に刻み込ませるように……蓮の温もりや臭いを忘れないように……
何度も何度も―――
何も話さなくても何も言ってくれなくても、自分に触れる蓮の全てが『大丈夫。心配いらないから』と語っているようで、不安が少しずつ薄らいでいった。
まるで、ふわふわと地から足が浮いていて、ずっと夢を見ているような一日だった。
そして現実に引き戻されるように、夜中にベッドの上で眼を覚ますと、隣にいるはずの蓮がいない。結菜は半開きになっているドアから話し声が聞こえると、気付かれないようにそっとドアに近づいた。
「搭乗者名簿に会長のお名前はありませんでした。プライベートジェット機を使用した形跡もないということはおそらく……」
「日本にいるということか?」
「はい。ただ、偽造されたパスポートで出国されていては調べようがありませんが」
徳田の声と書類を捲るカサッという音が静かな部屋にやけに大きく聞こえていた。
「引き続き頼む」
「分かりました」
蓮はそう言うと徳田が帰るよりも先にこっちに向かって歩いてくるようで、足音が近づくと結菜は慌ててベッドに潜り込んだ。
もしかすると蓮の父親は日本にいるのかもしれない……?
そうだとしたら何故蓮の前に姿を見せないのだろう。仮に裏の組織が動いているとしたら、それこそ分かりそうなものなのに……
こんなに探しても見付からないのは他に何か理由があるからのような気がしてならない。
蓮に会えない理由……
そんなことばかり考えて、それから眠りについたのは夜明け頃だった。