ドッキリですかっ?
蓮の父親が行方不明で、蓮は昨日香港に行っていた。帰ってきた足ですぐにここへ来てくれたんだ……
それなのに私って……
「なあ結菜。お前は蓮が中学の時に荒れてたの知ってるか?」
「まあ一応は……」
聞いたことがある程度だけれど……
あの頃はいつも鋭い目つきをして、ケンカばかりしていたと森先生が言っていた。
「あれは、蓮の親父が原因だ」
「そう……」
何となくだけど分かるような気がする。
その頃の蓮の父親も、仕事ばかりで家にはあまり帰ってこなかった。だから、寂しさのあまり荒れたと考えても不思議ではない。
「あれは偶然だったんだ。中坊だった蓮が、自分が後を継ぐ雨宮グループのことを調べてた。蓮はオレよりもパソコンとか超詳しくて、ハッキングっていうの?いつの間にかそんなこと覚えてて……よく親父の会社のコンピューターに潜り込んでた。ちょっとした好奇心だったんだ。でも、それで雨宮グループの裏の顔ってやつに蓮は気づいて……」
「ちょっと待って、裏の顔って?」
見えないケイの顔がフッと笑った気がした。
「グループ内に警備会社があるのは知ってるだろ?その警備会社、表向きは人を警護したりする会社だけど、裏では依頼を受けると人殺しまでやるような……そんな裏の顔があった。もちろん、そのことを蓮の親父が知らない筈がない。そのことに気づいた蓮は荒れたってわけ」
ケイが振り返ると、いつもとは変わらない顔でこっちをみている。普通の日常会話と変わらないような、そんな表情で……
「ひ、人殺しって……冗談でしょ」
「それが冗談じゃないんだな。結菜だってそんなプロがいるってことは知ってるだろ?どこかのお偉い政治家とか、権限を握っている奴らが大金をはたいて目の前のハエを追い払うように簡単に人殺しを依頼する。それを日本の警察は疎かFBIだって嗅ぎつけられないように完璧な仕事をこなしてしまうんだ」
「それを蓮くんが……」
知ってしまった―――
蓮の父親が直接手を下していなくても、その手助けはしていると考えられるわけで……自分の父親がそんなことをしていると知った蓮は相当傷ついたに違いない。
「でも、完璧な仕事の割には、蓮くんでもハッキング出来るっておかしくない?」
「それが、偶然だったんだ。簡単に言えば、普段は絶対に突破できない所がその時に限って緩んでたっていうのかな?難しいことはオレにも分かんねえけど、でも、そういうことだろ」
ケイは、そんな親を持つ蓮のことが嫌いになったかと聞いてきた。でも、蓮が人を殺した訳じゃないし、命令を下した訳でもない。
「そんなこと関係ないよ」
そう返すのが精一杯だった。
蓮とのことで仲裁に来てくれたはずのケイに、そんな自分の許容範囲を超えた話しをされても、何と言ったらいいのか分からない。
「父親のことを知ってた蓮は結菜との婚約でも悩んでたよ。こんなところにお前を置いていていいのかって。でも、オレは言ったんだよ。そんなことお前には関係ねんじゃねえ?ってな。結菜だってさっき同じこと言っただろ。蓮は自分が後を継いだら、その裏の部分は一日でも早く一掃して、出来れば結菜には知られたくないって言ってたな」
志摩子が私の命を狙っているかもしれないと知った蓮はどう思ったのだろう。裏ではあくどいことをしている警備会社の人達に、その護衛をさせることへの抵抗もあったのかもしれない。
何も知らなかった―――
言ってほしかったと憤りを感じる自分がいる。でも、蓮が言いたくないのも分かると納得している自分もいた。
でも、はっきりと分かることは、蓮はひとりでこんなにも大きなことを抱え込んでいたということ。そのことを思うと胸が締め付けられてしまう。
「それでだ。ここからがホントに言いたかったこと」
「え?」
「もしも蓮の親父が、その裏の仕事関係で行方が分からなくなっているとしたら、蓮はもちろん、蓮の傍にいる結菜まで危険が及ぶかもしれない。だから、消息が分かるまで結菜は蓮から離れていた方がいい」
「…………」
「それともう一つ。結菜の兄貴が広海さんの息子だったって?それはちょっとマズイかもな……前にも言ったけど、上条義郎はお前を跡継ぎにしたがっている。お前の兄貴が広海さんの子供だと上条義郎は知った上で引き取ってたんだろ?だったら跡継ぎはお前に決定。じゃあ、志摩子っていう女が狙うのはやっぱりお前ってことになる。志摩子からも狙われ、裏の組織からも狙われ……っていくら護衛を付けたって敵わないって。だから暫くの間、蓮から離れる方が結菜を守れるんじゃないのかって、そうオレは考えたんだけど」
それが正しい選択かもしれない。それで、マユのように巻き込まれる人もいなくなるのなら、それはその方がいい。
「蓮くんは?蓮くんはなんて言ってたの?」
「さあ。そのことを話したくてここに来たのに、お前が追い返したんだろ?」
「う……」
だってあれは熱が出てたし……と言い訳をしていると、ケイがニタニタと笑いながらこっちを見ていた。
「じゃあ。オレの用は済んだし、後は二人で話しをするんだな」
そう言ってケイがベッドから立とうとすると、結菜はケイの着ていた服を掴み、それを阻止した。
「待ってよ。まだ話しは終わってないでしょ?」
「あ?何かあったっけ?」
「惚けないでよ。電話のこと!どうして蓮くんのケイタイにあの女の人が出たの?」
それを聞かないと夜も眠れそうにない。
「なんだ。覚えてたんだ」
にやけるケイに今度は目覚まし時計をぶつけてやろうかと、傍にあった時計を掴んだ。
それを見たケイは慌てて両手を振り、分かったからとまたベッドに腰を下ろした。
「それで?どうして??」
ケイは結菜に押されるように口を開いた。
「あれは……あの女と蓮が話してた時にオレもその場にいたんだよ。それで、蓮がすぐに香港に行っちまって、ハイでは。って女を帰すわけにはいかないだろ?だから、二人で飲んでたんだ。それが、結構盛り上がっちゃってさ。そのままそこに寝てしまったというか……なんというか」
「でも、私が『蓮くんは?』って聞いたら、あの女の人『シャワー浴びてるんじゃない?』ってそう言ってたのよ?」
「それは……寝ぼけて蓮のケイタイに出て、寝ぼけたことを言ったんだろうな」
「そんなにこれを投げてほしい?」
どことなく話しを誤魔化そうとするケイに、固い目覚まし時計を持ち上げて見せると、ケイは頭をガクッと項垂れた。
そして頭を元の位置に戻すと、すぐに開き直った。
「ハイハイ言えばいいんだろ。盛り上がって、しちゃいました。しかも、蓮の部屋で。だから、あの女は寝ぼけてオレと蓮の名前を間違えたわけ!朝、シャワーを浴びてたのはオレ!これでいいか」
「サイテー」
蓮が居るのか分からない父親を捜しにひとりで香港まで行っている隙にこの男は……
「安心しろ、蓮の部屋っていっても、お前達がいつも使ってる部屋じゃないから。ほらもっと広い部屋があるだろ?蓮が使ってるあの部屋は、結菜以外の女は入ったことがない。それは断言する。だから、そんなに怒るなよ」
ケイは、結菜の肩に手を置くと、媚びるように笑いかけた。
私以外入ったことがない?
だから、純平たちが来たときはいつも違う部屋だったんだ……
結菜が持ち上げていた目覚まし時計を下ろすと、ケイはホッとしたように息を吐いた。
信じると言ったのに、そんなことは絶対にないって思ってたのに―――
父親のことで弱っている蓮に酷いことを言って、その上看病までさせた……
最低なのは私だ。
「ホントにこれで全部だ。オレはもう帰るぞ」
そう言ってケイが立ち上がると、階段を駈け上ってくる大きな足音が聞こえ、部屋のドアが勢いよく開いた。
「結菜!大丈夫かっ」
ヒカルの突然の進入にケイも結菜も驚いて、一瞬動きが止まってしまった。
ヒカルはケイと会ったことがある。でも、その印象はあまり良くはなかったと、ヒカル本人がタラタラと文句を言っているのを聞いたことがある。合わない人はとことん合わないようで、蓮とのこともあんなにやりやって、やっと心を開くことができたぐらいだから、この状況ってマズイ気がする。
「ヒ、ヒカル。今日は遅いって広海さんが言ってたけど、早かったんだね」
「え?ああ……」
ヒカルも何故か驚いているようで、ドアを開けた状態で動きが止まっていた。
ヒカルを見ていたケイが、結菜の方に振り返ると、ウインクをしてきた。その意味がさっぱり分からなくて、首を傾げていると、ケイがゆっくりとヒカルの傍に歩いて行った。
いくら変装しているからって、あまり近づくとヒカルだってケイだとすぐに気づくだろう。
結菜はヒカルに近づくケイを止めたいけれど、それでばれるのも困ると結局は何も出来ずに事の成り行きを見守るしかなかった。
「結菜さんのお兄様ですよね」
「は、はい」
ケイの声色は変わっているし、ヒカルは珍しく緊張しているように思えた。ここから見えるヒカルの顔が強ばっている。
ケイはどうみても大人の綺麗な女性。でも、ヒカルは芸能人という特殊な環境の中にいるから、こういうことは見抜くのが得意そうだ。とやっぱりちょっと不安になった。
そんな結菜の不安はよそに、ケイは小芝居を続けた。
「弟から聞いています。あ……わたしはケイの姉でユウと言います。以前ヒカルさんとお会いしたとケイから聞きました。ケイが言っていた通りだわ。テレビで拝見するのもステキだけれど、実物はもっとス・テ・キ」
微笑んでいるケイを前に、圧倒されたように顔をほんのり赤らめたヒカルは何も言わずに立ちすくんでいた。
『ス・テ・キ』というフレーズは鳥肌ものだけど、ケイはお芝居の才能があるとつくづく思う。これには自分もまんまと騙されたのだから……
「あまり長居をしても、結菜さんの身体に負担をかけるといけないので、わたしはこれで失礼しますね。結菜さん。お大事に。それではごきげんよう」
お上品に手を小さく振りながら視界から消えていくケイに、何が『ごきげんよう』だと、またクッションを投げてやりたい気分だった。
綺麗なお姉さんの微笑みを崩すことなく、完璧な?演技のまま出て行ったケイの後ろ姿を見送ると、ヒカルが結菜の元にやって来た。
やはりばれていたのだと、頭の中であれこれと誤魔化す言葉を探していた。
「ヒカル。あの人はね。ちょっとおかしいっていうか……ちょっとじゃないか?かなり?だからね……」
「ケイって。蓮の従兄弟の『ケイ』だよな……」
やっぱりばれてた。
「だからね」
「綺麗な女性だよな。そうかケイの姉貴か……へえ……」
ヒカルはうっとりとした眼で、何かを思い出しているように宙を見ていた。
「ちょっと?ヒカル?」
ヒカルの前で手を振ってみても、ぼうっとした虚ろな目はどこか遠くを見つめたまま自分の世界に入っているように彷徨っていた。
もしかして女装したケイに一目惚れ?
まさか。そんな……?
あ。
そうだった。ヒカルの初恋はパーティー会場でよく遊んでいたあの当時はお姫様のような紫苑。あの子も男の子だった。そして今回は女装をしたケイ。まあ。女の格好をした男という共通点はある。
「…………」
もしそうだったら、どういってあげたらいいのか迷うところだけれど……
「お気の毒さま」
こうしてまた一人、ケイの被害者が増えてしまった。