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ジャンプ  作者: minami
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ある日の教室にて

 後から考えれば、ヒカルの考えを無視した発言だったかなあと反省していた。

 ヒカルは母親に自分は捨てられたと思っていたみたいだし『許さなくちゃいけないのかな?』と言ったのはそういうことだろうし……


「う〜ん」


 やっぱり軽はずみな発言ってやつ?

 それでもヒカルと菜穂さんは、まあなんとか上手くいっているみたいだし、あれはあれで良かったのかな?

 っていうか、今更そんな反省をしたところで遅いって……


「考えごと?」


 頭を抱え込んでいた腕の隙間から、蓮に顔を覗き込まれると現実に戻されたように視界がパッと開け、ここが教室で今はお昼休みだったと認識した。

「ちょっと顔近すぎだからっ」

 すぐ傍にある蓮の顔を手でグイッと押し戻すと、蓮はこれでもかという不機嫌な顔を張りつけた。

「何度も言ってるけど、上条が考え事してる時ってロクなことないんだよ。あの話しだったら、即却下だかんな」

「あの話し?」

「惚けるなよ」

「ああ……」

 別れるフリをするって話しね……

「純平たちはあれから上手くいってんだろ?だったら、もういんじゃないか。上条が言ってたみたいなことがないように、こっちでも護衛を強化してるし。それに、先のことばっか考えてたら、それこそあっちの思う壺だと思わねえ?」

 それはそうだろうけど……

 純平とマユだけのことではない。もう自分のせいで、蓮の涙を見たくないとうい理由もある。同じ事が起これば、押さえられなくて、きっとまたあの時と同じように突っ走って勝手な行動をしてしまいそうな自分がいる。

 それに、マユが監禁されていたとき、あの男の子に助けられなかったら本当に危なかったのは事実なわけで……

 だから、やっぱり打開策としてはいい案だと思う。

「でもね。蓮くん……」

「この話しはこれで終わり」

 蓮は自分で振ってきた話を無理矢理終わらせると、結菜が作ったお弁当の蓋を開けた。


 話し合いは、いつも平行線で終着がない。

 この間にまた何か事が起こらないとも限らないのに、蓮は悠長に構えている。それが最近は少し気に入らなかったりするのだが……


 結菜は口を尖らせながら自分も蓮と同じようにお弁当箱を開けた。


 蓮と向かい合って沈黙が続くお昼休み。

 二年生になって四人とも違うクラスになり、蓮はこうしてお昼休みにはお弁当を食べにこの教室にやってくる。純平は来たり来なかったりで、来ない時はマユと電話で話をしていたり、同じクラスの友達と一緒に昼食を食べたりと、蓮とは違う行動が多くなっていた。綾はというと、最近仕事が忙しくなり、学園を休んでいることもよくある。学園に来ていたとしても、午前中で帰ったとか、午後から来ていたとか、事後報告で、あまり顔を合わさない日が続いていた。

 少し前まではいつも四人一緒で楽しく学園生活を送っていたのに……変わっていくのは仕方ないけれど、これはこれで、物足りなさがあった。



「ゆ〜いちゃん!」


 蓮との沈黙を打ち破るように、最近聞いたような声が廊下から聞こえてきた。

 なぜか教室の中がざわついた。

「誰だ?」

「さあ」

 まさか自分のことではないだろうと、結菜は廊下を見ていた視線を再びお弁当に移した。


「ユイちゃん。無視しないでよ。いつもそうだよね?僕ってもしかして嫌われてるの!?」

 廊下から聞こえたのと同じ声が頭の上から聞こえると、まるで何か悪いことがバレたときのようにビクッと身体が硬直してしまった。

 バクバクと無駄に大きく動く心臓を押さえながら、声のした方を見ると、そこには茶色い眼をした男の子が立っていた。

「あ!あなた。なんでここにいるの?」

 結菜は反射的に立ち上がり、その男の子を指さしてそう言っていた。

 また心拍数が上がる。

「上条知り合いか?」

「知り合いって言うか……」

 はっきりと答えない結菜を蓮は訝しげに見ている。

 それよりも、この男の子はどうして学園の制服を着て、どうしてここにいるのだろう?その疑問が頭の中を駈け巡っていた。

 自分は嫌われているのかと眼を潤ませて立っている男の子は、母性本能の強い女の子なら誰でもが守ってあげたくなるような見かけは弱々しい体格をしている。でも、それは見かけだけ。あの時、四人の男達を次々と鮮やかに倒していったのは紛れもない事実だった。

 そう。マユと自分を助けてくれた、あの男の子……


「ねえ。ひーちゃんは元気にしてるのかな?」

「ひーちゃん?」

 ひーちゃんってヒカルのこと?

 ユイちゃんに、ひーちゃん……

 この響きはどこか懐かしい気がする……はて?どこで聞いたのだろう。

 結菜は必死で記憶を手繰り寄せていると、向かいに座っていた蓮が動いた。

「お前。一年か?こいつに馴れ馴れしく近づくんじゃねえ」

 そう言いながら勢いよく立ち上がると、蓮の座っていた椅子がガタンと大きな音を立てて倒れていった。

「馴れ馴れしいだなんて……僕は別に……ユイちゃん。この人なんだか恐い」

「あ”?」

 蓮が謎の男の子に襲いかかりそうな勢いで睨み付けているが、結菜はそれを黙って見ていた。

 もう少し。もう少しで思い出せそうな気がする。

 蓮の勢いを押さえるよりも、ここまで出かかっているのに思い出せない気持の悪さに苛ついていた。

「思い出せないの?ほら、僕はユイちゃんに『しーちゃん』って呼ばれてた」

 しーちゃん……


「あ!!」


 思い出した。

 あれは、両親に連れられてよく行っていたパーティー会場でのこと。


 まだ幼かったヒカルと結菜は大人達の社交場にすぐに飽きてしまい、二人で会場を抜け出しては遊んでいた。その時によく一緒に遊んでいたのが『しーちゃん』と呼んでいた子だった。


 でも確かあの子は……


「しーちゃんって、女の子じゃなかったっけ?」

「あれは、女の子が欲しかった母親の趣味だよ。やっと思い出してくれたんだね」

 一緒に遊んでいたあの頃の『しーちゃん』は、どこかのお姫様の様に立て巻きのカールの長い髪に、フリフリのドレスを着ていた。顔もみんなが振り返るほど可愛くって、確かヒカルの初恋の相手ではなかっただろうか?

 男ねえ。

 ケイの時よりは驚き加減は少ないけれど、ヒカルにとったらもの凄いショックなことかもしれない……

「この前の時も、あのホテルでパーティーがあってね。そのままホテルに泊まってたんだけど、眠れなくて夜中に散歩をしてたんだ。そしたら、様子がおかしいユイちゃんが入って行くのを偶々みちゃって」

 そう言うことだったんだ……

「私はてっきり、ストーカーかと……」

「酷いな。ストーカーだなんて」

「ごめん……」

「いいよ。ユイちゃんだから許してあげる。僕の名前は紫苑しおん・レイモンド。母親が日本人で、父親がイギリス人なんだ」

 紫苑は可愛い顔にクシャっと皺を寄せて笑った。

「紫苑……だから。しーちゃん……」

 結菜があの時はありがとうとお礼を言うと、紫苑は笑顔で教室から出て行った。



「助けて貰ったって?そんな話し聞いてないけど」

 蓮は自分が倒した椅子を直しながら不満げにそう言った。

「あれ以上蓮くんに心配させたらいけないって思って……まあいいじゃない。無事だったんだから」

 ふ〜ん。と納得していないような相槌を打つと、ちょうど予鈴が鳴り、蓮も自分の教室へと帰っていった。



「上条さんのいるところにイケメンありね」

 後ろに座った委員長が、面白そうに結菜に聞こえるように呟いた。

 以前トイレで女子達に囲まれたときにこの委員長に助けてもらったことがある。一年の時に同じクラスだったけれど、偶然にもまた同じクラス。


 委員長に委員長と言うと怒られる。『小田さん』とか『麻里』とか呼べと言われるが、あえて委員長と呼んでいる。それが浸透したのかしないのか、またもやこのクラスの委員長になってしまったから、この呼び方でいいのだと押し切っている。そして、委員長と言われるよりもっと彼女が嫌がる呼び方がある。それは、フルネームで呼ぶこと。


 スピーカーから流れるお知らせのチャイム。

 そして。

『小田麻里さん。小田麻里さん。至急、生徒会室まで来てください』

 学園中に響き渡る委員長の名前。

 クスクスと周りの生徒達の笑い声が聞こえてくる。

 続いて顔を少し赤らめた委員長がそそくさと席を立つ。

 それはいつしかお決まりのパターンになっていた。


 小田麻里。おだまり。お黙り。

 

 それが、委員長が一番嫌う呼ばれ方。


 そんなことを結菜が思っているとは知らずに、委員長は机に頬ずりをしていた。

 その席はいつもお昼休みにお弁当を食べに来る蓮が使っている席。今日は椅子を豪快に倒していた席。


「雨宮くんの温もりが残ってる」


−ちょ、ちょっと委員長?


 以前、トイレで手を洗わなかったように、委員長は大雑把なところがある。でも名前の呼ばれ方のように気にするところはあるようで。

 で、イケ面好きときている……それも超がつくほど。よくそれで、一年間黙ってあのクラスにいたなあと不思議なぐらい。忘れていたけれど、お察しの通り、ちょっと変態も入っている。

 それが今、唯一話しが出来るクラスメイトって……


 どうなんだろう……




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