バラバラなこころ
学校が休みの日も、ついついいつもの調子に早く目が覚めてしまう。
もう一度眠ろうと目を閉じても再び睡魔が襲ってくることはなかった。
仕方なく、パジャマのまま一階のキッチンへ行くと、最近にしては珍しく、制服姿のヒカルが朝食を食べていた。
「ヒカル、おはよう。今日学校なんだ?」
左手にはパン、右手にはサラダを食べるためにフォークを持ち、慌ただしく口に放り込んでいる。
「おう。たまには行っとかないとな。結菜も早く食べないと遅刻するぞ?」
ヒカルは、まだパジャマ姿でいる結菜をチラッと横目で見ると、口いっぱいにパンを頬張った。
…………?
「ヒカル?今日は日曜日だけど?」
今まで忙しく動いていた口が止まったかと思うと、レタスが刺さったままのフォークが右手から滑り落ちていった。
「……俺。もういっかい寝てくる……」
生気を失った顔をして、立ち上がったかと思うと、フラフラとふらつきながら、二階の自室へと上がっていった。
ヒカルと入れ替わるように広海がキッチンへと入ってきた。
「ヒカルちゃん、今日は何か撮影でもあるのかしら?」
コーヒーの入ったマグカップを口に持っていきながら、もう片方の手で器用に新聞を広げて、そんな暢気なことを言っている。
「広海さん。ヒカル、働かせ過ぎじゃない?」
現に、曜日も分からないほど忙しいのだ。
「いやあね。まるで私が、こき使っているみたいじゃない。
ヒカルちゃんが言ったのよ。『なるべく仕事は断らないように』って」
ヒカルが?
「それって……どうして?」
「さあ、分からないけど……
それより、結菜ちゃん。たまには『HIKARU』の活躍を観てあげたら?あなた、テレビも観ないでしょ。それに、雑誌も……ほんと、やりがいが無いったらありゃしないわよ。頑張ってるヒカルちゃんが可愛そうよ」
そう言って、広海は隣の椅子に置いてあった鞄を手に取ると、徐に封筒を取り出し、結菜の前に差し出した。
「それ、ヒカルちゃんが出演してる映画のチケット。初日で舞台挨拶もあるから、行ってみたら?」
映画か……
そう、私は芸能人のヒカルをあまり見たことがない。
もしかすると意識して見ないようにしているのかもしれない。
初めてヒカルがテレビに出た時は、胸が躍るほど嬉しかったし、録画なのに、失敗したらどうしようとドキドキしたりもした。
そして ―――
いつもバカばかり言っているヒカルが少しだけ遠くに感じた。
テレビという箱の中にいるヒカルは、別人のようにみえて、そのままどこかへ行ってしまうんじゃないかという衝動にかられた……
このまま、もっともっと有名になったら、いつか本当に遠くに行ってしまうのではないか。
芸能人のヒカルを見るといつだって、そんな不安が押し寄せてくる。
最近はあまり会っていないからか、余計にいろいろと考えてしまうのかもしれない。
こんなに忙しくしているのは、私と顔を合わせるのが嫌だから?
さっきも、すぐにいなくなってしまったのは、本当にもう一度眠るためなの?
ヒカルは、私を避けているんじゃないの?
そんなことは絶対無い!と頭では叫んでいるのに、心がネガティブな方へと落ちていく。
厄介なもので、一度落ちだしたら止まらない。
最後には、「ヒカルは私のことを嫌っているんだ」とバカな考えまで出てくるからどうしようもない。
−ああ。だめだ……
もし今、ヒカルに会ったら、冗談抜きでこのイライラをぶつけてしまうかもしれない。
―――今日は、ヒカルがいるこの家にはいられない。
結菜は急いで出掛ける用意をした。
休みの日は大抵、一日は綾と遊び、もう一日は家にいることが多い。
幸い、昨日は部屋の片付けに、学校の課題にと完璧に済ませているので、今日は一日出掛けていても何も問題はないが、綾にはこの二日間の休日は、用事があるらしく、悲しいことに結菜には『綾と遊ぶ』という予定がなくなってしまった。
一人で出掛けるしかない。
結菜はパジャマを着替えると、全身が見える鏡の前でチェックしてみる。
別に誰に会うわけでもないが、一応女の子の基本だ。
キッチンにいるタキに「夕方までには帰るから」と告げ、玄関へ向かった。
玄関で靴を履いていると、背にしている階段から人が下りてくる足音が聞こえてきた。誰の足音かなんて、振り返らなくてもわかる。
今、一番会ってはいけない、ヒカルの足音……
「結菜。出掛けるのか?」
頭の上の方から聞こえてくるヒカルの声。
普通に、普段通りに話をすればいいんだ。
「……うん。ヒカルは寝るんじゃなかったの?」
おかしくないよね。大丈夫、普通に話せてる。
「だめだ。俺、二度寝ってできねぇ。シャワーでもあびて、気分を変えようかと思って……」
「そう……」
じゃあ行ってきますと立ち上がり、ドアに手を掛けると、いつの間にか傍まできていたヒカルに腕を強く掴まれた。
「結菜……なんかあった?」
どうして?
「なに?別になんにもないよ」
手を離してヒカル……
「じゃあ、どうしてこっちを向かない?」
もうそれ以上何も言わないで……
「本当になんにもないよ。ヒカルは相変わらず心配性なんだから」
そう、ヒカルは私のことを心配してるんだよ。嫌ってなんているわけがないよ。
「綾と喧嘩でもしたのか?」
「……………」
「そうなのか?」
「……………」
「わかった。俺から綾に電話してやるから……そんな顔するなよ」
「……がう。違うよ!綾ちゃんと喧嘩なんかしてないよ!なんでもないって言ってるのに!もう、私のことなんて放っておいてよ!」
やってしまった……
「結菜?」
もう―――止まらない。
「いつもヒカルはそう!私のことなんだと思ってるの?私はもう子供じゃないんだよ!綾ちゃんに電話するってなに?友達と喧嘩して、兄貴が仲裁に入るなんて聞いたことないよ!ヒカルわかってる?私はもう高校生だよ!いつまでも『小さくて泣き虫な結菜』じゃないんだから―――」
玄関のドアを勢いよく開け、結菜は外へと飛び出した。
叫んだ後に涙で潤んだ先には、今にも泣き出しそうな目をしたヒカルが立ち竦んでいた。
「ヒカルのバカ!ヒカルのバカ!ヒカルのバ――カ!」
大股で足が痛くなるほど強い足取りで石畳の道を下っていく。
暫くすると、次第にその足取りが弱くなっていった。
−バカなのは私だ。
分かっている。ヒカルは悪くない。ただの八つ当たり……
すぐに後悔の念が押し寄せてきた。
携帯電話を開け、メール作成の画面をだす。少し考えて、また閉じる。
同じことを何度しただろうか。
一言でいい。『ごめん』と、それだけでいいのに……それがどうしてもできない。
そんなことを繰り返していると、人通りの多い駅前まで来てしまった。これから自分は何をするのか予定がない。人波に流されながら駅前を通過し、交差点で信号が青になるのを、他の通行人と一緒に待っていた。
その時だった―――
『今日はゲストにHIKARUさんをお招きしています』
ちょうど、交差点の目の前にあるビルに設置されている、大型ビジョンから突然放送が始まった。
圧倒されるぐらいの大きさでヒカルの顔が映しだされる。
「ヒカル……」
笑っているヒカルを見ながら、涙が頬を伝わった―――
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