絶体絶命
「目的……ねえ」
ニヤリと笑う男を結菜は睨み付けた。
「誰に頼まれたの?」
ずらりと並んだ男達に全く見覚えがない。
「察しがいいんだ?そう、俺たちは金で雇われただけ。
なあ、ケン。手を出すなって。どっちのオンナだっけ?」
「あ?そんなの忘れちまったよ。面倒くせっからどっちでもいいんじゃね?」
「それって、どっちも手を出してもいいってこと?」
ニタニタといやらしい笑いを浮かべた男達が少しずつ近づいてくる。
「ちょっと待って!私がここに残るから、マユは帰してやってくれない?」
「へえ。感動するね。厚い友情に涙が出るよ」
男はバカにしたように笑うと、結菜たちのいるベッドに膝を乗せた。
「ここに私が一人で来たら、マユは解放してくれるって、そう言ったじゃない!」
男達の方を向いて、結菜は後ろにいるマユをベッドから下ろすように促すと、自分は近づいてくる男に言葉を浴びせた。
「そんなこと言ったっけ?なあ。誰か聞いた奴いるか?」
「さあ。知らね〜」
何を言ってもまともに取り合ってくれない。
自力でここから逃げ出すことを考えた方がいい……
「ユイ……」
後ろにいるマユが泣きそうな声で自分を呼んだ。
やっぱり、蓮と純平に知らせた方が良かっただろうか。
マユにもしもの事があれば、きっとそれは私の責任……
結菜は迫ってくる男達から遠ざかるように後ろに下がると、すぐに部屋の角へと追い込まれてしまった。
「残念だったな。すぐに人を信じちゃいけないよ」
ニヤついている男の一人が結菜の前まで来ると、結菜の髪を掴みそのままグイッと持ち上げ顔をあげさせた。
「くっ……」
痛さと腹立たしさで、顔が歪む。
「子供みたいな顔しちゃって……」
この男一人を倒すぐらいなら出来るかもしれない。今、この場に自分一人しかいなければ、きっと目の前の男に立ち向かって行っていただろう。でも、後ろにはマユがいる。マユをこれ以上、危ない目に遇わすわけにはいかない。
どうすればいいの?―――
後ろにいた男達も結菜に迫って来ている。
絶体絶命―――
結菜はギュッと眼を閉じた。
「誰だ?おまえは!?」
その言葉に、結菜の髪の毛を掴んでいた男の手が緩んだ。
「なんだ?」
男達の声に、結菜はゆっくりと瞼を開くと、そこにいたのは……
一瞬と言えるほど、鮮やかに四人の男達を次々と倒し、息も切らすことなく平然と結菜達の前に近づいてきた男……
それは見覚えがあるような、全く知らない人のような……
ブラウンの髪の色と瞳の色が同じで、肌の色が白く、血色のいい唇。それに高い鼻筋とくっきりとした二重の眼が、より日本人離れした顔をしていて……
「ユイ。知り合い?」
後ろから顔を出したマユの声にハッと我に返った。
「し、知らない……」
と思う……
自分より前に出ようとするマユを、手を伸ばして止めると、立っている男を訝しげに睨んだ。
真夜中に、こんなにタイミング良くここに現れるって、あり得ない。
この男……何者?
倒れていた男達がよろめきながら起きあがると「覚えていろよ!」と一応捨て台詞を吐いてこの場を立ち去っていった。
「覚えてないなんて、酷いよ。ユイちゃん」
ユイちゃん……
「あああっ」
思い出した!髪の色が違うけれど、この男はいつか家に来た、ストーカー男!
あの時、広海が勝手に玄関先まで入れて、この男に寝ぼけた顔をガッツリ見られてしまったんだ。
「思い出してくれた?」
ずっと付けられていた?だから、私がここへ入るのが分かったの?
この男……
「マユ。逃げるよ」
「え?ちょっと……ユイ??」
結菜は男を警戒しながらマユを先に行かせ、マユが無事に部屋から出たことを確認すると、その後に続いた。
「また会おうね。ユイちゃん」
背後から聞こえてきた男の声に身震いしながら、結菜はマユを連れてホテルの部屋を後にした。
「ねえ。ユイってば!」
「何?」
一刻も早くあの男がいるホテルから遠ざかりたかった。結菜は早足で歩いていたスピードを少し緩めると、先程から何度も聞こえていたマユの言葉にやっと耳を傾けた。
「あの助けてくれた男の子は誰だったの?」
「誰って……たぶんストーカーだよ。気味が悪い」
ぶるぶるっと震えた身体を、自分の両腕で抱きしめた。
「たぶんでしょ?あんなに、かわいいストーカーはいないでしょ。それに、私たちを助けてくれたんだし……」
「マユ。人は見た目じゃ分からないのよ。
それより……何がどうなって、あんな所に監禁されてたの?」
結菜の言った言葉にマユの足がピタリと止まった。
「…………」
「マユ?」
おふざけモードだったのが、一気にその場の気温が下がったかのように、マユの表情が沈んでいく。
「ユイには黙ってようって思ってたんだけど……」
ぽつりぽつりとマユが喋る話しを、結菜は黙って聞いていた。
マユの話しはこうだった―――
去年……それは、ちょうど蓮との婚約で騒がれ、その騒ぎが一段落した頃。マユの所へ新たな画策が持ち込まれた。
マユはそれを頑として受け入れず、痺れを切らした相手が、脅しを掛けてきた。
協力しなければ家族がどうなってもいいのかと……
悩んだマユは、その計画に乗った振りをしていたが、一向に進まない計画を相手側が不振に思い、再び接触してきたと言うわけだった。
「それで?その計画って何だったの?」
「それは……」
「私と蓮くんを、別れさせるってことでしょ?」
「ユイ……」
マユの驚いた顔がイエスと言っている。
やっぱり、そうだった……
一度だけではなく、二度もマユを使って、そんなことをさせようとするなんて……
「許せない!」
それに、監禁なんて犯罪じゃない!!
こんなことをするのは志摩子か進藤か……どっちにしても、このまま泣き寝入りじゃ気が収まらない。
「助かったんだし、いいじゃない。ユイ。危険なことはやめてよね」
「やめられるわけないでしょ!マユがこんな目に遭ってるのに」
「私だって出来ることなら奴らに仕返しをしてやりたいよ。でも、相手はプロよ。何したってこっちが敵うはずがないじゃない。それに……ユイに何かあったら、私が雨宮蓮に何されるか分からないよ」
そう言って、マユの表情が緩んだけれど、このままにしておくなんて出来ない。
「蓮くんだって、きっと許せないって思うよ」
「そうかな。ユイが私のことを思ってくれるように、私だってユイに何かあれば凄く悲しいもん。だから、無茶なことは止めてほしい。雨宮蓮もそう言うと私は思うよ」
「マユ……」
ね?と首を傾けたマユを、結菜は複雑な表情で見ていた。
その時、ずっと握りしめていた携帯電話のバイブ音が鳴り、画面に『蓮くん』と表示されていて、結菜は慌てて電話に出た。