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ジャンプ  作者: minami
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おめでとう。そしてありがとう。

 一月はいぬ。二月は逃げる。三月は去る―――

 そう始めに言った人ってスゴイなって単純に思う。

 そして、その前にある12月は師走と言う。


 12月に入ってからはお正月までが、とにかく慌ただしく過ぎていった。

 宣言していた花嫁修業はというと、雨宮家から上条の家に帰ってきたのと同時期に、息子さんの所から帰ってきたタキにさっそく料理を習い始めた。料理というのは人に食べて貰い喜ばれると上達するというタキの言葉に、味見ならぬ、毒味を兼ねて、月に二度ほどみんなに上条家に集まってもらっていた。


 味見というのは名目で、純平とマユの関係を探るという目的もあった訳だが……

 何のことはない、二人が顔を合わせてみても、純平も、マユも普段と変わらず、漫才みたいなトークを繰り広げていた。

 あれはいったいなんだったのだろう?ただの喧嘩だったのか?今となっては聞くに聞けず……今に至ると言ったところ。


 そして、省吾は誕生日以来。元気を取り戻したらしく、学園でも見かけることが多くなっていた。時間があればお弁当も食べに来たり、みんなと一緒に帰ったり。受験勉強の合間に食事会にも来てほしかったけれど、そこまでは時間が無いらしく上条家に省吾が来ることはなかった。

 忙しい綾も時々顔を出す程度で、マユとアッキーはバイトのシフト調整をして来てくれていた。みんななんだかんだ言って忙しそうだ。

 でも、この食事会に毎回欠かさず来てくれていたのが、純平と蓮。

 蓮はと言うと、たまに仕事から早く帰ってきたヒカルと鉢合わせしようものなら、いつもお互いが喧嘩腰で、その場の空気を凍らせていた。

 ホント疲れるから止めてほしい……

 その言い合いが恒例化しているのもどうかと思うけれど……


 そして、肝心の料理の腕はと言うと、始めのうちはヒカルや広海に犠牲?になってもらい夕食のおかずなんかを食べて貰っていた。最初の方こそ失敗があったものの、数ヶ月経った現在。時間があれば朝のお弁当作りから、朝食、夕食までをタキのサポートなしでもできるようになっていた。

 始めてみれば楽しくて、次ぎ次ぎにレパートリーも増えていき、家庭でお母さんが作るような料理は一通り出来るようになっていた。


 そして、気になる広海と安西菜穂とのことはと言うと。ヒカルとの約束で、広海から話すまで聞かないということになっている。それは一緒に住む上で当然のことと言うヒカルをちょっとだけ見直した。


 近況報告はそんなとこ。




 そして―――

 少し温かくなってきた3月の始め。

 今日は省吾の学園生活最後の日。

 そう本日は卒業式――


 見上げた空は、気持ちがいいほどに青く、飛行機雲が線を描いて目的地に向かっている。

 結菜と蓮、純平と綾。それに、マユとアッキーといういつものメンバーで、卒業式を終え、省吾が出てくるのを待ち構えていた。マユとアッキー以外は学園の制服を着て集まっている。それは、今日が最後になる省吾の制服姿と一緒に写真を撮る目的で。

 卒業する三年生以外は休校になっているため、他の生徒達も結菜たちと同じように校門付近で出待ちをしていた。

 自分の隣には笑っている蓮がいる。それが当たり前になっていた。首に掛けてある、蓮から貰った指輪を、服の上から触るのももうクセになっている。おかげで、服のその部分だけが伸びて、いろんな人に指摘されまくりだけれど、そんなの気にしない。


 穏やかな時間の中では、進藤が言った『恋愛ごっこ』という意味も、志摩子の存在も記憶の奥底に寄せ、忘れかけていた――



 微かに流れてくるメロディーに耳を傾ける。

「この曲『3月9日』だよね」

「ホントは友達の結婚式のために作った曲なんだって。でも卒業式でも合うよね」

 アッキーとマユが話しているのを頭の片隅で聞いていた。

「じゃ。俺たちの結婚式で歌ってもらおうか」

 なあ。と蓮から投げかけられて『俺たち』とは自分たちの話だったと時間差で気がついてしまった。

「ユイ。ボーッとし過ぎ。あっ。出てきたよ。卒業生!」

 アッキーの見た方向を同じように見ると、次々と卒業式を終えた三年生たちが校舎から校門に向かって歩いてきていた。

 その中でも一際大きな人集りがあり、たぶん省吾はその中にいるんだろうなとマユ達が話している。


「ゴメン通して」と何度も言いながら、省吾がその人集りから現れると、やっとこっちに向かって歩いてきた。

 省吾の眼は泣いたからか、赤くなっている。それが少し離れたところでもよく分かった。

 それに、こっちに近づく度に、省吾のかわいい顔が崩れ、今にも泣きそうになっている。

 グスンと鼻を啜りながら、一直線に向かってくる省吾を、結菜の前にいた純平と綾が道を作るように左右に避けると、その間を通ってきた省吾にそのまま抱きしめられた。

「きゃ……」

 背中に回った腕にギュッと強く力が加わると省吾の身体と更に密着する。

 そして、省吾の顔が首もとに埋まると、うっ、という嗚咽が耳元を掠めていった。


「ったく、兄貴は最後までこれだもんな」

 省吾の肩越しに見える純平は、呆れたようにそう言っている。

「今日で最後だもんな。まあ。大目に見てやって」

 綾は結菜の横にいる人物に向かって笑いかけていた。


 そうだった。隣には蓮がいる。


 ハッとして結菜は、まだ緩まない省吾の腕から離れるように身体を引くと、背中にあった省吾の手が後頭部に移動し、今度は顔を省吾の胸に押しつけられた。


 きっと、蓮が機嫌を損ねるまでのカウントダウンが始まっている。


 3.2.1……


 ってあれ?


 いつまで経っても動きのない蓮を省吾の胸から少し顔を上げて確認すると、隣にいる蓮は態とらしく明後日の方を向いていた。


『今日で最後だもんな』


 綾の言ったことがリフレインする。

 そっか。今日で最後。明日から省吾はこの学園にはいないんだ。


 一緒にお弁当を食べたお昼休み。

 駅前で偶然会った時。一緒に公園の芝生の上に寝転んで眺めた青い空。

 いつも自分に正直で、落ち込んだり復活したりって忙しかったけれど、弱く見えてしまうのは優し過ぎるから。

 それから、爽やかな笑顔を振りまき、そのくりっとした大きな眼は凄く可愛くって。誰にも内緒だけど、この人に何度もドキドキさせられてしまった。

 もう最後なんだ……

 一生の別れではないけれど、大学生になる省吾が遠くに行ってしまうような気持ちになる。

 もうコウナン学園の生徒じゃなくなる……

 もう一緒にこの学園で笑い合うこともない。もう廊下で偶然に会うこともない……

 そう思うと、結菜は省吾の胸の中で涙が溢れてきた。


 でも。でも……


「先輩。卒業おめでとう」


 精一杯言ったお祝いの言葉は、涙声になってしまったけれど、「うん」と頷いた省吾の声もまた震えていた。


 一年間ありがとう……


 暫くして、省吾の胸の中から解放され、泣き腫らした顔でお互いが対面すると、自然と笑みが零れた。

「結菜ちゃん」

 また抱きつこうとする省吾の首根っこを純平が引っ張り、結菜の腕を蓮が退き、ふたりは引き離された。


「省吾。調子に乗りすぎだ」

「だって……今日ぐらい譲ってくれたってよくない?」

「よくない!」


 蓮は結菜を隠すように自分の後ろにやると、省吾を睨み付けた。


「ハイハイ。そこ!じゃれてないで、みんなで写真撮るよ!」

 並んで〜とアッキーが仕切り、声をあげている。

 省吾を真ん中に入れ、みんなが思い思いの場所に並ぶ。

 デジカメを持ったアッキーが、通りすがりの男子にシャッターを押して貰うように頼み、自分も写真に収まるためにこっちにやってきた。



「じゃあいくよ!」

「1たす1は?」




「「「「「「「にぃ〜〜〜っ!!」」」」」」」





 この時。みんながそれぞれに青春を謳歌していた。

 笑ったり、怒ったり、時には泣いたり……

 周りには仲間がいて、隣には大切な人がいて。

 みんな精一杯に前だけを見て生きていた。


 何が起きてもきっと乗り越えられるって、

 そう思ってた……


 恐いものなんて何もない。

 

 そう信じてた―――





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