ホテルへGO!
耳にツーという機械音が流れている。
−な、なんで?
ヒカルの電話が切れる前に聞こえた声。あれは、確かにケイのものだった。
ケイがいるということは、一緒に蓮がいるということ。
どうして蓮がヒカルのところにいるのか分からない。自分ですらヒカルが帰ってくる飛行機の到着時刻なんて知らなかったのだから……
なんで、どうしてと考えても分かるはずもなく、結菜はただ部屋の中を行ったり来たりと歩いていた。落ち着かない。じっとなんかしていられない。でも、どうすることも出来ない……
暫くして、結菜は再び携帯電話を開いた。
もしかすると既に今頃二人は殴り合いの喧嘩をしているのかもしれない。
ヒカルを呼ぶ、呼び出し音が鳴り、そして……切れた。
勇気を出して、今度は蓮の携帯電話に掛けてみる。蓮が出ても何を話せばいいのか分からないけれど、無事なことだけ分かればいい。
そして同じように呼び出し音が鳴り……切れた。
−ウソでしょ?
二人の間で何が起こっているのだろう。
やっぱりケンカ?
ひとり取り残された部屋で、考えるのは最悪なことばかり……
もう。じっとしてなんかいられない。
結菜はコートを羽織ると、バッグを掴み部屋から飛び出した。
「あ……結菜様。広海様がお見えです」
廊下を勢いよく走っていると、いつも身の回りの世話をしてくれている女の人に呼び止められた。
「え?広海さん?」
「いたいた。久しぶりね。結菜ちゃん」
階段の下から見上げている広海を見ると、結菜はそのまま階段を駆け下り、勢いで広海に抱きついた。
「広海さん!」
「そんなに私に会いたかったの?」
広海は嬉しそうに笑っている。
「ヒカルが蓮くんと会ってるの。大変なの!でもどこにいるのか分からなくて。それで、それで」
「なんだ。そのこと」
「え……知ってるの?」
結菜は広海の首にしがみついていた腕を離すと、不思議そうに広海を見た。
「結菜ちゃんを迎えに来たのよ。ヒカルちゃんに早く会いたいでしょ?」
広海に言われ、家の前に止めてあった車に乗り込んだ。
だけど、どうして広海は知っていたのだろう?蓮とヒカルが会っていることを。二人がいる場所を……
「あの?広海さん」
「どうして私が知ってるかって、聞きたいんでしょ?」
広海はハンドルを握り、前を見ながらフフッと笑った。
「どうして?」
「蓮くんから電話があったのよ。初めて会った日かしら。ほら、蓮くん。あの時どうしてか怒ってたでしょ?」
「そう言えばどうして怒ってたんだろ?」
広海が蓮の家に話をしに来たとき、蓮は広海に反抗的な態度をとっていた。
「私に悪いことをしたって言ってね。蓮くんって案外カワイイ子ね」
広海は思い出して嬉しそうに笑っている。
−カワイイって……?蓮くんが?
「広海さん?私に分かるように話してくれないかな」
「ふふ。そうね。あの時、私を初めて見て、やきもちを妬いたって言ってたわ。
『伯父さん』って聞いてたのに、私を見てびっくりするぐらい格好良かったって。イケメンだったって。男でも惚れそうなぐらいいい男だったって」
「それ。半分以上作ってるでしょ?蓮くんはそんなこと言わない」
「あら。でも格好良かったって言ったのよ」
「ハイハイ。それで?」
いつまで経っても話しが進まない。
結菜は次を促すようにそう言うと、広海は仕方なく話しを続けた。
「それでね。私も『いいのよ。そんなこともあるわよ』って話したりして、それからちょくちょく蓮くんから電話が掛かってくるようになったの。
でも良かった。蓮くんと連絡を取ってなかったら、進藤さんが志摩子に会ったなんて知らないところだったわ」
広海と話しをしているなんて知らなかった……
「蓮くんが直接報告してたってこと?」
「そうね。報告っていうか、ヒカルちゃんのことをよく話してたわね。蓮くん、心配してたわよ。だから、私がヒカルちゃんに会ってみたらって蓮くんに言ったのよ」
「会ってみたらって……今頃きっとケンカしてるよ」
なんてことをしてくれたの?と広海を恨めしそうに睨んだ。
「意外に上手くいってるかもよ」
「そんなはずないよ。私には分かる。だって。だって。ヒカルも蓮くんもすぐ怒るし。ヒカルはシスコンだし。蓮くんはヤキモチ妬きだし。そんなの上手く行くはずないよ」
「もてる女は辛いわね」
「そんなんじゃない。もう!広海さんは真剣に考えないんだから!二人がどうなってたって知らないからね!!」
結菜はフンと広海から顔を逸らすと、口を尖らせた。
ふざけるばかりしている広海に腹を立てながら、結菜は蓮のことを考えていた。
自分の知らないところで、蓮はいろんなことをしてくれている……
それなのに私って……
−『女のとこでもどこでも行けばいいじゃない!!』
はっきり言って、子供だ。
自然と溜息が零れた。
蓮はやっぱり怒って当然。自分を遠ざけて当然かも知れないなと悲しくなった。
「まあね。こんなこと、真剣に考えたっていいことないしね」
「…………」
結菜が怒っていることを蒸し返すように、広海はポツリと言った。
「本を正せばね。私が悪いのよ……上条の家を継がなかった私がいけなかったの。
私の所為で、あなた達がこんないざこざに巻き込まれて……本当。申し訳なくって」
「広海さん……」
不安なのは自分だけではない。
ヒカルと蓮のことも心配だけれど、その根本にあるものはやっぱり、上条財閥と雨宮グループのことであって、それを解決しないことには、一向に前には進めない。同じ所をぐるぐると回っているような、そんな気がする。
「でもね。過去のことをあれこれ考えたって仕方ないでしょ?これから、どうするべきか。それが大事なのよ」
広海はそう言うと、隣にいる結菜を見てウインクをした。
これからどうするべきか?
どうしたらいいのか?
なんだか、答えの出ない、果てしなく続く、永遠の課題のような気がした。
車から降り、入ったホテルのロビーの床は天井のライトが反射し、皎々と光っている。そして、開放感のある空間の中で、たくさんの人は行き来しているのに、静かで落ち着いた雰囲気だった。
湾曲したカウンターに広海が近づき、フロントの女性に話しかけている。
結菜は広海とは少し離れたところで、辺りをキョロキョロと見回していると、後ろから肩を叩かれた。
「やっと来たか」
「ケイ!」
振り返ると、見上げた先には、ケイが笑顔で立っていた。
「ったく。遅いんだよ。オレがどんな思いで待っていたか」
「ヒカルと蓮くんは!?」
「それがさ。雰囲気悪くて出てきたわけよ。オレ。あんな感じ苦手」
「苦手って……」
悪びれもせず、ケイはニッと笑って後ろ頭をかいた。
「オレ。結菜の兄貴に嫌われたみたいだし」
「また、余計なことでも言ったんでしょ?」
「まあね」
はあ。と溜息を付くと、結菜はフロントで話しをしている広海に目をやった。
すると、ケイがちょっとと結菜を広海から結菜を遠ざけた。
「せっかく、オレが助言してやったのに、まだ蓮と仲直りしてないんだって?」
「ま、まあ……」
「はあ?何やってんだよ」
今度はケイに言い押されている。
「だって。仲直りしようにも蓮くんに拒否られたんだもん」
「拒否った?蓮が!?おかしいな」
どうしてか、こっちが聞きたい。
「きっと、私は蓮くんに嫌われたんだよ」
蓮の冷たい眼を思い出すと、更に落ち込んだ。
「そんなことあるはず無いだろ。あいつの頭ん中は、結菜のことだらけなんだ。いったいどういう魔法を使ったのか聞きたいくらいだよ」
私だってそんな魔法があったら聞きたいよ。
「その魔法も、もう解けちゃたのかもね」
簡単にかかる魔法だったら、蓮にもう一度かけてやりたいぐらいだ。
「結菜ちゃん?」
広海がホテルマンと一緒に結菜とケイの所へやってきた。
「広海さん。ヒカルのとこに行くんだったら、ケイが連れて行ってくれるよ」
「ケイ?」
「そう。ケイ。蓮くんの従兄弟」
ケイは広海に軽く会釈をすると結菜に「あんなとこオレ行かない」と耳打ちしてきた。
「広海さんでしたよね。私はこれから用があるので、ここで失礼します」
ごゆっくり。と大人の笑みを見せるとその場から立ち去った。
「逃げたわね」
ホテルを出て行くケイの後ろ姿を見ながら、結菜は舌打ちをした。
「キレイな子ね。結菜ちゃんの周りはイケメン揃いね。スカウトしてもいいかしら」
「止めといたほうがいいよ。そのうち事務所を潰されちゃうから」
「あら。それは困るわ」
と広海は頬に手を置き、一緒にエレベーターへ乗り込んだ。
ここからは、いくらおかしな冗談を言われたって、笑えない。
ホテルマンに案内され、エレベーターの扉が開くと、通路の先にはもう一つの扉。
その扉を見ると、結菜は広海と顔を見合わせ、固唾を呑んだ。