助言
「なあ。ケイ。上条の奴。ムリとか言って俺を部屋から追い出したんだぜ。
この俺が拒まれるなんか考えられねえよ」
「どうせ。お前に余裕無かったから、結菜に嫌われたんじゃないの?焦りすぎたとか?
でもさ。そんなに良かったか。好きな女とするのって」
「ケイもどうでもいい女とばっかやってないで、好きな女を見付けた方がいいぞ」
「ハイハイ。このオレ様にご忠告をどうもありがとう。ところでさ。結菜とのセックスはどこがどう良かったんだ?」
ケイは隣にいる蓮を肘で突きながら、そんな質問をしている。
「あのねえ。さっきから聞いてれば……私は透明人間か?」
淹れたばかりのコーヒーをテーブルの上にガシャンと粗雑に置くと、結菜は二人を睨んだ。
「いいじゃん。聞きたいんだもん」
「男同士ってそんなこと話しするんだ」
結菜は無理矢理笑顔を作ってケイを見た。
「エッチな話しは大好きよ」
「最低!!」
こんなこと言いふらして、蓮も最低!
結菜は口を尖らせるとプイッと横を向いた。
「まあまあ。そんなに怒らなくてもいいじゃん。蓮だって浮かれてるんだよ。結菜の初めての相手が自分だったって自慢したいんじゃないの?」
「あああっ。もうそんな話し聞きたくない。だいたいさ。どうしてこの部屋に集まってきてんの?私が進藤さんに睨まれるじゃない」
ってコーヒーまで出してる私もどうなのよ。
「まあ。そんなに固いこと言うなよ。ケイだって心配して来てくれたんだから」
この前はケイに怒っていた蓮も、今日はケイの味方らしい。
「結菜の兄貴が帰ってくるんだろ?それに、進藤が言ったことも気になるしな」
今ヒカルは飛行機に乗って日本に帰って来ている頃だろう。一週間ぶりに会うヒカルは今の私の状況をどう思うのか……
この一週間いろんな事があった。
電話で蓮に呼び出され、登った空き地で初めてキスをした。
広海に騙されて行った高級ホテルのレストランには蓮がいて、そこで蓮と婚約することを聞かされた。
それから志摩子からの嫌がらせに、マユとの攪乱。
そして、雨宮家に住むことになり……
蓮との初めての夜……
ブンブンと首を振った。
やっぱり、ヒカルは何も知らない方がいい。
まあ。わざわざ兄貴にそんなことを報告する義務はないのだから、進藤が言わない限り知ることもないだろう。
今度はウンウンと頷く。
「さっきから何やってんだ?」
「何って……色々と考えることがあるのよ」
だから放っておいてと犬を追い払うような仕草をし、蓮に冷たく当たった。
「これだもんな。久しぶりにケイと遊びにでも行こっかな」
こちらの顔色を警戒しながらも、蓮は態とらしくフンと笑っている。
「おう。冷たい結菜は放っておいて、優しくしてくれる女のとこでも行きますか」
従兄弟同士で意気投合している二人に余計苛つくと、結菜はムッと頬を膨らませた。
「行けば?」
「は?」
「女のとこでもどこでも行けばいいじゃない!!」
苛々が爆発した。
ヒカルが帰ってくる嬉しさと不安が入り交じった感情や、進藤と志摩子のこと。
考えても仕方ないのに……蓮に八つ当たりをしても仕方ないのに……
胸の奥がもやもやしていた。
「それじゃ、どこへでも行ってくるから。後で文句言うなよ!」
売り言葉に買い言葉を浴びせると、蓮は勢いよく立ち上がり、ドアを思い切り強く閉め、部屋を出て行った。その大きな音に身体がびくりと跳ね上がった。
とうとう怒らせてしまった……
怒った蓮が出て行った後に残ったのは、苛々でも、もやもやでもなく、やってしまったという後悔だけ―――
結菜は、大きな溜息をつくとペタンと床に座り込んだ。
「ああなった蓮は、少々のことじゃ機嫌は直らないぜ」
「わかってる……」
自分が悪かったのだということも分かっている。
カシャンという音で顔を上げると、テーブルの上に置いてあったまだ温かいコーヒーをケイは呑気に口に運んでいた。
「調子に乗ったオレも悪かったけど、結菜もさ。ストレス溜めすぎなんじゃない?」
「…………」
コーヒーカップを口に当てながらケイはチラリとこっちを見た。
「蓮がさ。しつこいほど電話してくるんだよな。始め掛かってきたのは、オレがここに来た日の夜中だったかな。『今すぐ指輪が欲しいんだけど』って。夜中にだぞ?」
ったく。と言いながらもどこか楽しそうにケイは話している。
「指輪……もしかして」
これ?と結菜はチェーンの先にぶら下がっているダイヤの指輪を、服の中から引っ張り出した。
「そう、それそれ。それ選ぶのに蓮がどれだけ悩んだか結菜にも見せたかったよ。オレ的には指輪なんか高けりゃいいって考えだけど、蓮はさ『上条どんなのが気に入るかな』『喜んでくれるかな』って楽しそうに言うんだよ。最初、面倒くさって思ったけど、蓮がそうやって選んでる姿を見てたらなんか可愛く思えてきてさ」
知らなかった……
そんな気持ちで選んでくれたなんて……
この指輪を蓮から貰った時、自分は蓮になんて言っただろう?
「あ……私『指輪なんかよかったのに』って……確か『高そうな指輪だし』って言ったような……」
−『人がせっかく』
それを言ったときの蓮の落胆した顔まで思い出してしまった。
「私……最低だな」
ズンっと余計に気分が重くなる。
「そんなことないよ。指輪を無事に渡せたかってあいつに聞いたら『すんごいお返しを貰った』ってめちゃめちゃ喜んでてさ。つい、良かったなって言葉がオレから出たぐらいだもんな」
ケイは綺麗な顔を、構うことなくクシャっと崩して笑っていた。
「お返し?私、蓮くんに何もあげた覚えはないけど……?」
「そう?」
ニヤリと笑ったケイの顔で、結菜の頭の中でパッと記憶が蘇り思わず赤面した。
「それだけじゃないぞ。蓮はあれ調べろ、これ調べろってうるさくって。オレは『どうせ結婚するんだから他のことはいいじゃん』って言ったんだけどな。あいつは『上条に余計なことを考えさせたくない』って聞かなくてさ。結菜の過去のこととか雨宮グループのこととか。どうして婚約することになったか調べてたんだ。たぶん、蓮は結菜に純粋に自分のことだけ見て欲しいんじゃないかな」
−『何も考えるな』
ああ。そうか。
やっぱり、私って最低だ―――
自分のことばかり考えて、蓮が何を思っているかなんて考えもしなかった。
「早く行った方がいいんじゃない?ああ言った以上、蓮は本当にどこかに行くかも」
「うん。でも……」
今すぐに、蓮の所に行ってもいいのか戸惑った。
ケイの言うように、ああなった蓮はちょっとのことでは機嫌は直らないだろう。
だったら、もう少し時間を置いてから行った方がいいんじゃないかって、そう思っていた。
違うか。
そう調子よく思いこんで、実際は蓮から逃げているだけだ。
渋っている結菜にケイは優しい笑みを向けた。
「羨ましいって思ったよ」
「え?」
「あんなに一生懸命に一人の女のことだけ考えられて、蓮が、羨ましいって思った……」
「ケイ……」
ケイの言葉に背中を押されたのか、身体が勝手に動いていた。
「このお礼は後でゆっくりとしてもらうから覚悟してろよ」
後ろから聞こえたケイの声を、廊下を走る自分の足音がかき消していた―――