冬のダイヤモンド
目を凝らして、真っ暗になった部屋の天井を眺めていると、ぼわっと青白い光が浮き出てきた。
ひとつ、ふたつ……
それは、数え切れないほどに増えていく―――
「これって……星?」
「そう。星。冬の星座で有名なのはオリオン座か。冬の大三角って、上条知ってる?」
「オリオン座は聞いたことはあるけど、星座なんて詳しくないよ」
星に関してはただ、キレイと思うだけ。北斗七星や「M」字に並んだ、カシオペヤ座ぐらいなら分かる……かな?ぐらいだ。
「冬の大三角は三つの星で出来てんだ。一つめの星はオリオン座のベテギウス。オリオン座って三つの星が並んでいる周りを四つの星が四角く囲んでる。それがオリオン座。
そのオリオン座の左上で赤く光ってる星がベテギウス。
そんで、二つめの星は、おおいぬ座のシリウスって言う星。それはさっき言ったベテギウスの左下の方に光ってる明るい星だ」
「すごい。星詳しいんだ……それで、三つ目は?」
「三つ目の星は、こいぬ座のプロキオンって言う星。ベテギウスの左斜め下ぐらいにある明るい星がそうなんだ。そのベテギウスとシリウスとプロキオンで作った正三角形が『冬の大三角』
因みに、オリオン座のベテギウスを除いた六つの一等星を結んだのを『冬の大六角形』
別名『冬のダイヤモンド』って言う」
へえ。っと結菜は天井の星を見ながら、隣にいる蓮からの話しに聞き入っていた。
「『冬のダイヤモンド』かぁ。なんかロマンティックだね。
ダイヤモンドの石言葉って確か『永遠の絆』だったよね。だから結婚する人はダイヤを送るのか。給料の三ヶ月分とかって……」
結菜の言葉が途切れた。これ以上喋るなと隣にいる蓮にシッと人差し指を口許にあてられたから。
目が慣れてきて、薄暗い部屋の中でも何となくだけれど蓮の顔が見える。
「これ」
そう言って何かを目の前に出された。それが何かまでは分からない。
「何?」
「…………」
結菜が起きあがると、蓮も同じように起きあがり、結菜の手を掴むと今度は指を触った。
「蓮くん?」
「俺はまだ働いてないから、給料の三ヶ月分ってよくわかんねえけど、一応……な」
照れくさそうにそう言うと、薄暗い部屋の中で蓮は結菜を見た。
結菜は意味が分からず、さっき蓮が掴んだ自分の手を目の位置に上げて見てみた。指に何か違和感がある。
「あ……これ」
それは暗い部屋の中でも、その部分に光が集まっているように輝いていた。
『永遠の絆』―――
自分でそう言ったばかりだ。
しかも、かなり大きな……
「普段は出来ないだろ……だから、これも」
そう蓮が言って、結菜の手に握らせたのはネックレスのチェーンだった。これに通しておけということらしい。
「あ、ありがと」
「なんだよ。あんまり嬉しくないみたいだな」
「ううん。そんなことないけど……」
「けど?」
蓮が少し苛ついているのが分かる。
「よかったのに、ダイヤの指輪なんて……これ、なんか高そうだし」
「あ?人がせっかく」
違う。そう言うんじゃなくて……言いたいのはそんなことじゃない。
「蓮くんが傍にいてくれるだけでいいのに。それだけでいい……」
「……上条?」
「高級な服も、指輪も、贅沢な暮らしもホントは嫌なの。勿論、生きる為にお金が必要だってことはよく分かってる。でも、上条の家を出て、広海さんと一緒に暮らすようになった時には、心の底からほっとした。自分にはあんな暮らしは合わないし似合わないって思ってたから……」
「それじゃ、俺との婚約も本当は嫌だったのか?」
結菜は蓮が左手に填めてくれた指輪をなぞった。
「私は雨宮グループと婚約するんじゃない……蓮くんとするんだよ」
「上条……」
「私は蓮くんだから、だから……」
言い終わる前に、結菜は蓮の胸の中にいた。
ドクッドクッと蓮の鼓動が聞こえてくる。
何かが起こっても、どんなことがあっても、ここにこうしていれば安心できる。
なんだろう。安定剤みたいな感じだろうか。心が徐々に落ち着いていくのが分かる。
「俺だってそうだ。お前だから……」
そのままゆっくりと二人はベッドに倒れた。
さっきまで天井の星を眺めていた体勢で、今度は蓮の顔を見る。
暗い部屋の中で、優しく微笑む蓮がすぐ傍にいる。
「ずっと……一緒にいたい」
そして、こうしてずっと蓮の顔を眺めていたい。
それだけでいい……
お互いが求め合うようにキスをした。何度も何度も……
もう少し近くに行きたい。蓮の傍に、もっと近くに―――
求めて求められ、ただ本能に任せて唇を合わせた。
どんどん欲張りになってくる。
こうしてキスをしていてもその欲は満たされない。
もっと。もっと近くに行きたい。
それは、いっそ同じ一人の人間だったらいいのにと思えるほど。
そして、片時も離れたくないと本気で感じた。
一緒にいると安心するのは波長が合うからだろうか。
笑っていても「寂しい」と、心の奥底ではいつも叫んでいる。そんな自分とどこか同じ感覚があるからだろうか。
そんなことは知らない頃から……きっと、初めて蓮に会った時から、すでに惹かれていたのかもしれない。
いつも怒っているような、人を寄せ付けない恐い顔をしていた頃から……
休み時間の教室はいつものように騒がしく、それが不思議と落ち着いた。
窓の外から見える寒そうな風景も、昨日とたいして変わりはない。
自分の後ろでは、聞き慣れた純平と綾の話し声が聞こえている。
そして、隣の席には蓮がいる。
昨日と何も変わらない。何も……
ただ、自分だけが変わってしまったんじゃないかって勝手に思っているだけで……
「それじゃ、蓮の家に遊びに行こうよ。結菜ちゃんもいることだし」
「あたしはパス。今日バイトがあるから」
「え〜!!じゃあさ。いつだったらいいんだよ。綾はそうやって、いっつもバイトバイトって言ってさ。もう少し、友達との時間も大事にしろよ」
「あ?あたし的には大事にしてますけど?」
「どこがだよ!」
「どこも、すべてですけど?なにか?」
いつの間にか、後ろの雰囲気が怪しくなっている。
「あの……さ。二人とも落ち着いて……」
「結菜ちゃんはどう思う?モデルのバイトも結構だけど、たまにはオレ達との時間も作って欲しいって思わない?」
「まあ……」
「ほら。結菜ちゃんだってそう言ってる!」
「結菜は純平の味方なんだ?」
こっちを見た綾の睨む目が恐い。
「結菜ちゃんはオレの味方だよね?」
これは困った。
「えっと……つまり、その。はははは」
「「笑って誤魔化すな!!」」
二人のピッタリと息のあったプレーに、周りで聞いていたクラスメイト達もクスクスと笑っている。
喧嘩を止めてもらおうと間に入ったのに、思いもよらない逆襲に遭い、行き場を無くした結菜は隣にいる蓮に助けを求めた。
蓮は面倒臭そうに、椅子を横向きに座ると態とらしく溜息をついた。
「上条に当たるなよ。だいたいさ。人の家に行くのになんで純平が勝手に決めてんだ?
俺の家は、しばらくは無理!以上」
言いたいことだけ言って蓮はまた前に向き直した。
「無理って……」
「そう言うことらしいぞ。純平残念だったな」
さあ。バイトバイト。と綾は得意げに言うと純平は可哀想なくらい落ち込んでいた。
「蓮くん。やっぱり純平くんが家に来るのは無理なのかな?」
帰りの車の中で蓮に聞いてみた。
そう言ったのは、純平の落ち込んだ姿があまりにも可哀想だったから。
綾はバイト。蓮はこうして真っ直ぐに家に帰るし、省吾はひたすら勉強をしている。今の純平は誰にも構って貰えなくて寂しいんじゃないのかって思う。
「ダメだ。今純平がうちに来たら、狙われるかもしれないだろ?」
「あ。そっか。そうだよね……」
だから、暫くは無理だって言ったんだ……
そんなこととは気付かずに「ケチ」とか思ってたりして……ゴメン。
そう結菜は心の中で蓮に懺悔した。
「それに……」
「え?」
蓮が運転席の進藤を警戒ながら、結菜の耳元に口を近づけた。
「純平がいると、お前といちゃつけないだろ?キスだってできないし、エッチだって……」
「ばっ、バカ!」
顔を真っ赤にしながら運転席の進藤をバックミラー越しに見た。
平然と運転をしているところを見れば、聞こえてはいないようだ。
ホッ胸を撫で下ろしてから、今度は蓮を睨んだ。
蓮は悪戯っ子のように笑いながら、結菜から離れていき、そして何もなかったかのように外の景色を眺めていた。