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ジャンプ  作者: minami
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大丈夫は魔法の言葉

−これは、いったいどういうこと?


考えても、考えても、頭の中に浮かぶのは、意地悪そうに笑みを浮かべたヒカルの顔だった。


やっぱりという思いと、少しどこかで期待していた自分が馬鹿に見えて、より落胆させた。

結菜の切実な願いは、いとも簡単に粉々に砕け散ってしまったのだ。


明らかに原因はヒカルにある。


ヒカルは、ことあるごとに結菜に近づく者を敬遠した。最初のうちは兄心からだろう。

妹を思いやるあまり、それがエスカレートしていった。


ヒカルは、無駄に喧嘩にも強く、そのくせ要領もいい。

中学では陰の番長と言われていた。



そして……結菜に近づく者はいなくなった。


綾以外には――――



……でも、不思議なことに、ヒカル自体は次第に恐れられなくなっていった。

ヒカルには普通に仲の良い友達もいれば、きゃあきゃあ言う取り巻きもいた。


なぜそういうことになったのか……?


さっぱり分からない!!


兎に角、ヒカルは中学生活の3年間で、着実に自分が思い描いた世界を創り上げていたのだ。



みんなが言う。



『上条 結菜には近づくな』と。



これでは、過保護を通り越して、ちょっとした……いや、歴としたイジメである。

ヒカルのせいで、中学時代は惨めに過ごしてきたというのに、高校生になってまで悩まされるなんて、ごめんだ。


「あ、綾ちゃん」


涙目で訴える。



こんな筈じゃなかった。





「結菜ちゃん大丈夫だよ」


なにが大丈夫なのだろうか?


何かを企むように笑う純平を、結菜は首を傾けて見ていた。

すると、今度は純平が蓮に向かって呼び掛けた。


「雨宮 蓮!拗ねてないでこっちへ来いよ!」


どうせ無駄だろう。蓮はこちらへは来ないに決まっている。綾ちゃんが言ったってだめだったんだから。それに、私は見事にみんなから敬遠されているみたいだし。蓮もきっと関わりたくないに決まっている。


少しだけ、ざわつきが戻りつつあった教室が、また一気に静まり返った。

そして、デジャブか?というほど同じ光景が蓮の周りで起き始めた。


椅子を引く音。席を立ち移動する足音――――



蓮は仕方ないという感じに、より一層不機嫌さを増した顔でこちらへと向かってやってきた。

そして……


結菜の隣の席に腰を下ろした。



「ねっ結菜ちゃんだけじゃないから安心して」


そう言って、満面の笑みを浮かべる純平。そして、眉間にしわを寄せる蓮。

廊下側へと避難?した生徒たちは、こっちを見ながら、なにやらひそひそと話をしている。


「純平。これって、どういうこと?」


さすがの綾も訳が分からないと言った様子だ。


そう、そうだった。これはどういうことだろう?


あまりに予想外のことで、そんな疑問すら浮かばなかったことに気づく。


「教えてあげてもいいけど、タダではねえ」


「こんな時に冗談はいいから、さっさと答えろ」


悪戯っぽい笑顔を含ませ、焦らす純平に綾はつかさず渇を入れる。


やれやれという感じに純平は口を開いた。


「簡単に言えば、結菜ちゃんは兄貴が原因だろ?蓮の場合は本人が……」

「純平!」


余計なことを言うなと言わんばかりに、蓮は純平を睨んだ。


「と、いうわけで、本人の前だと言いにくいだろ?

まっ、噂なんてそのうち収まるさ。結菜ちゃんの兄貴はこの学校にはいないしね。

大丈夫だよ」


綾も、もうそれ以上は聞こうとはしなかった。




純平が言った。


『大丈夫だよ』と。


大丈夫。こんなことじゃへこたれない。

大丈夫。私には綾がいる。

大丈夫。私は一人じゃない。


大丈夫。大丈夫。大丈夫。


繰り返し唱えてみると、本当に大丈夫な気がしてきた。


自分で思う。単純だなと……




***


広海の運転する車が都心へと入っていった…………

窓を開け、心地よい風が、顔や髪をすり抜けていく。こんなにのんびりとした気持ちは久しぶりだ。


…………って、なんで!?


「広海。これはいったいどこへ向かっているのかな?」


「あら。事務所に決まっているじゃない」


「俺、今日は仕事休みなんだけど」


「知ってるわよ」


知っててなぜ事務所に連れて行く……?


喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。


「ヒカルちゃん、今日の予定は?」


よくぞ聞いてくれました、とばかりにヒカルは瞳を輝かせながら喋りまくった。

だって、今日は一ヶ月ぶりの休みなのだ。嬉しくない筈がない。


「今日の予定は、まずは結菜の入学式に出て、これはクリアーしただろ。

昼からは、溜まってる週刊ジャン○に週刊マガジ○を読んで、眠たくなったらそのまま昼寝だな。夕方からがこの休みの本番だ。なんと、このヒカル様が、結菜の入学祝いにケーキを作りまーす。驚いた?なあ、驚いただろ?もちろん、タキさんに手伝ってもらうんだけどな」


「……ヒカルちゃん。……久しぶりの休みがそれなの?」


「どこが悪りぃんだよ。休みの日は『家でゆっくり』これ、鉄則!

インドア最高〜!」


「…………」


そう俺はこの日を心待ちにしていた。

早く結菜の驚く顔が見たい。

『ヒカルありがとう』なんて、語尾にハートマークなんかついていたら、それはもう最高だ!


「にやついているところ、悪いんだけど……」


ヒカルは、にへらとだらついた顔を手で戻しながら、運転している広海を見た。


「誰かに会う約束はないのね?」

「ない。あるわけねえだろ」

「そう。さっきタキさんに、夕食はいらないからって電話しておいたから」

「…………」

ちょ、ちょっと待った―――!!それって


「ヒカルちゃん、喜んで。これからお仕事、だ・か・らっ」


「な――――――っ!?」


俺の帰りを待ってる、週刊ジャン○にマガジ○は?

誰にも邪魔されない昼寝は?

結菜の『ヒカルありがとう』は?

俺の一ヶ月ぶりの休みは―――!?


「ヒカルちゃん危ない」


ヒカルは、いつの間にか広海の首を掴んで揺さぶっていた。


「広海!降ろせ!今すぐ降ろせ――っ!」

「んぐっ。ヒカルちゃん、ぐ、ぐるじい」





「俺の、俺の休みを返せ――――っ!!」


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