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ジャンプ  作者: minami
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水曜日

「お前。起きてるだろ?」


 蓮はそう言うと何の予告もなく布団を引き剥がそうとする。

「な……ちょっと!」

 結菜は慌てて布団を持って行かれないよう、内側から必死で押さえた。

 うつ伏せで縮こまっている今の体勢は、まるでつぶれた蛙のようだ。これこそ見せられない。

 それに、蓮のあまりの強引さと、まだ完全に起ききってはいない頭では、何も言葉の反撃が出来ないでいた。

「まさかとは思うけど、そのなかに何か隠してるんじゃないだろうな?」

「な、何もないよ!」

「だったら見せられるだろ!」

 その声と同時に熱の籠もった布団の中に部屋の空気が入ってきた。

 て、いうか。背中が寒い……

「さ……ぶ」

 腕をさすりながら、恐る恐る辺りを確認すると、今奪ったばかりのふかふかの羽毛布団の端をスルリと床へ滑り落としている蓮が放心状態で立っていた。

 結菜は上半身を起こし、改めて今の自分の格好を目で確認してみた。

 付けている白い下着には、鬱陶しいほどのフリルが装飾されていて、その上に着ているネグリジェはそれを隠す効果はない。

 それはつまり、下着姿と変わらないわけで……


「……き、きゃああああああぁ!!」


 自分でも驚くほどの声が出た。

 胸を両腕で必死に隠す。それもあまり隠れていない気もしたが何もしないよりはいい。

「お前って、いっつもそんなんで寝てるのか?」

「んなわけないでしょ!早くその布団を返してよ!!」

 恥ずかしくて平静さを失っている結菜を尻目に、蓮はニヤリといやらしい笑いを浮かべている。


「蓮さん。あれほどこの部屋には入らないようにと……」


 ドアが開き今度は進藤と目が合った。

 今日に限ってサングラスは付けていない……


「きゃああああああああ!!」


 朝から二度目となる結菜の悲鳴が雨宮家に響き渡った。





「なんで私まで怒られなくっちゃいけないの?これじゃ見られ損だよ」

 ムスッと口を尖らせ、結菜は乗り込んだ車の中で愚痴を溢した。

 勝手に部屋へ入ってきて布団を剥ぎ取ったのは蓮であって私は何もしていない。

 何もしていないどころかこっちは被害者ですけど?

 それなのに蓮と一緒に進藤に説教をされてしまった。

「いやあ。朝からいいもん見せてもらった」

 ご機嫌な蓮が隣に乗車している。

「蓮さん。さっきも申しましたが、くれぐれも結菜さんのお部屋には入室されないように」

「わかってるって」

「もしも今度、今朝のようなことがあれば、私にも考えがあります」

 わかったと言っても全く反省しているようには見えない蓮を見兼ねた進藤は強硬手段に出たようだ。

 進藤はバックミラー越しに蓮を見た。

「なにもわざわざ雨宮の家で結菜さんをお守りすることはないのですよ。場所は何処だっていい。たとえば……」

「わかったよ。そう言ってんだろ?」

 そう言って蓮はプイッと顔を背け、横から流れる景色に目をやった。



 昨日と同じように家の門の前と、そして学園の前に記者達がたむろしていた。

 この状況はいったいいつまで続くのだろう。

「まったく。迷惑な話よね。蓮もきっと迷惑だって思ってるわよ」

 まるで自分の彼氏の話しをしているかのように、トイレに入って来た女子の集団が、結菜を見付けると此見よがしに言ってきた。

 結菜は相手にしない方がいいとすぐに立ち去ろうとしたが、前に立ちはだかった知らない女の子に邪魔をされ出ることができない。

「いい身分よね。蓮に相手にされないからって今度は権力を使って政略結婚ですって?あなたって見かけによらず恐い人ね」

−権力?

 どこかの政治家ですか?とツッコミを入れてしまいそうなところを、ぐっと堪えた。

 男集団に囲まれることはあっても、こんな風に女子に囲まれたのは初めてかもしれない。

 新鮮!と感動すらしてしまいそうだが、これはどう考えても好意でのことではないらしいから厄介だ。

「何も言い返せない?口がないのかしら?」

 相手にしないぞと決め込み、口を噤んでいたが一向に解放してくれる気配はない。

「あの。もうすぐ授業が始まるから、そこ退いてくれないかな?」

「授業?そうね。一限ぐらい受けなくてもいいんじゃない?」

 更に出口を塞がれると、女子集団のリーダーらしき女の子がクッと笑ってそう言った。

 今日は朝から最悪の日だ。

 

「あなたたち。もう授業開始のベルが鳴るわよ。サボりなんてさせない。もしするようなら、先生に報告させてもらうから」

 メガネを人差し指で持ち上げながら、トイレの個室から出てきた女の子が威勢よくそう言った。

 集団の女子達は彼女を見ると、顔を歪めてあからさまに嫌そうな表情をしている。

「あ。たしか、同じクラスの……えっと。んと。そう委員長!」

 結菜が自信満々に指を指した先の女の子は、肩に掛かった三つ編みを揺らしながら溜息をついた。

「上条さん。あなたね……いい加減みんなの顔と名前ぐらい覚えなさいよ」

「う。ごめんなさい」

 クラスでは、四人が完全に孤立しているようで、他のクラスメイトとはほとんど交流がない。それは今まで向こうから話しかけても来なかったという理由もあるのだけれど……

 触らぬ神に祟りなし。みたいな?

「私まで遅れたらどうしてくれるのよ。上条さん行くわよ」

 委員長は結菜の腕を掴むと、人壁へ隙間を強引に作りトイレから脱出した。


「委員長。手!手洗ってない」

「細かいこと気にするのね。一回くらい洗わなくても死にゃしないわよ?」

「委員長ってそんなキャラだったっけ?」

「あなたは、私のことなんて知らないでしょ?」

 それはそうだと頷いた。

 でも。助けてくれた。優しい人なのだとは私にだって分かる。

「あ……ありがと」

「まあ。少なくとも私の方があなた達のことは知ってるわ。さっき言われたことは気にしないことね」

「え……?」

「ほら。雨宮くんが迷惑してるって話し」

「ああ」

 そう言えばトイレでそんな話しをしていたような気がする。

「見ていたらすぐ分かるわよ。上条さんより雨宮くんの方が惚れてるって感じだものね」

「は?」

「え?あ……ほら。相方が来たわよ」

 委員長の視線の先には、廊下の角を曲がってこっちへ来る綾がいた。

 

「どこに行ってたんだよ。心配したぞ?」

「綾ちゃん……」

 心配させてごめんね。と涙目で綾を見た。

「課題!やってきただろうな?次の授業数学だろ?」

「その心配ですか!」

 綾には罰ゲームで一週間の課題代行を命令されている。

 綾が自分ではなく課題の心配をしていたのだと分かると、結菜はプウッと頬を膨らませた。

「あなたたちってホント面白いわね。このクラスにいて飽きないわ」

 結菜は、はははっと委員長に向かって弱く笑いながら、チャイムが鳴る中、三人で教室に入って行った。




 雨宮家に帰ると、朝までは何もなかった部屋の中は命が吹き込まれたようにいろいろな物が揃っていた。

 可愛い小物から壁に掛かっている絵まで、壁のグリーンを意識して揃えてくれたんだろうなと感じるほどに合っていた。

 白い机の上の棚の中にあった小難しそうな問題集は余分だが……

 一番心配だったパジャマも、真新しさを感じさせながらバスルームのカゴの中に置かれていた。一応広げてみると普通のパジャマでホッと安心する。

 今度は部屋にあるクローゼットを開けると、高級そうな洋服がずらりと掛けられていた。それでも、あまり大人っぽくなくて、自分に合わせて揃えてくれたんだろうなと思うような服ばかりだった。

 ここまでしてもらって、なんだか申し訳なく思ってしまう。


「着替えはすんだか?」

 進藤との約束は守っているらしく、蓮はドアを開けただけでムッとした表情を隠すことなく、こっちを見ていた。

「もう!ノックぐらいはしてよね」

 今度からはカギをかけようと一人頷き、結菜はなに?と蓮の傍に近寄った。

「外にも出られないだろ?部屋にも入れない……だったら、映画でも観ないかなと思ってさ」

 どうやら暇を持て余しているらしい。

 学園の中までは高倉も徳田も、勿論進藤も入っては来られない。だから自由と言えば自由だが、みんなの目もあるし蓮とは普通の会話をするぐらい。

 それに授業が終われば迎えに来た車に乗って、速攻で家に帰るわけだからその後の時間はたっぷりと有り余っている。

「映画もいいけど、この家の中を探索したいかな」

 広すぎるこの家は、いったいいくつの部屋があり、どんな構造になっているのか興味はある。

「探索って……別に珍しいもんはないと思うけど?」

 いいの、いいのと結菜は蓮を引き連れて、まずは今いる二階からの探険が始まった。


 二階の奥の部屋は、もう幾度となくおじゃましている蓮の第二の部屋。

 そこから、次々に部屋を開けていくが、殆どが客室になっていて洋室もあれば、畳が敷き詰められている和室もあった。

「この家って、こんなにお客さんが来るの?」

 もう一部屋ごとに入るのも面倒になり、ドアを開け、その場で中を覗いていた。

「昔はよく家に人が集まってたな。事業を広げ始めて、親父が家に帰って来なくなってから徐々に人も来なくなった」

 頭の上から蓮の低い声が聞こえた。

「蓮くんのお父さんは、今度はいつ帰ってくるの?」

 蓮の父親はどんな人だろう。

「さあ。分かんね。前に会ったのは二年前だからな」

「えっ?二年前って?」

 忙しくてあまり家には帰っていないのは知っていた。でも。二年って……

 その間に一度も帰っては来られなかったのだろうか?


 見上げると、蓮は少し寂しそうな顔で笑っていた。




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