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ジャンプ  作者: minami
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嫉妬

「上条はケイに甘すぎる。何度も言うけどケイは男だ!なのに、あいつに触れられても嫌がりもしない。ったく、なんだよ。あいつもお前もお互い呼び捨てにしたりして。いつの間にそんなに仲良くなったんだ!」


 進藤との話しが終わったらしく、部屋に入ってくると蓮にすぐにそう捲し立てられた。

「いつの間にって……」

 怒って息の上がっている蓮を結菜は見上げていた。

 もしかして焼きもちを焼いている?

「なんだよ」

 結菜はたまらずブッと吹き出した。

 蓮がどんどん子供になっていく気がする。


 蓮の母親が亡くなったのは六歳の頃。

 父親は仕事ばかりで愛情を知らずに育ったと医師の森が言っていた。

 六歳……

 大人になるのには、ほど遠い年齢―――

 しかし、蓮はそのころから自分というものを押し込めて生きてきた。そうしなければこの広い家では一人では生きてこられなかったのかもしれない。

 こうやって私にだけでも自分の気持ちを言えるのはいい傾向なのだろう。少しずつでもいいからこうやって自分を出して欲しいと素直にそう思った。


「なんだよ。上条まで見苦しいとか思ってんじゃないだろうな?」

−『男の嫉妬は見苦しいぞ』

 帰り際にケイが言った言葉。

「そんなこと思ってないよ。ただ……」

「ただ?」

「素直だなって思って」

「な、なんだよ。それ」

 照れ隠しなのか蓮は踵を返すとベッドの上に腰を下ろし、そのまま寝転がった。

 じっと天井を見て動かない蓮の傍に近寄ると、ん?何?とそう言っているような目を向けられた。

−『蓮の愛は重いぞ』

 まだ実感はないけれど、そうなのかもしれない。

 でも。押しつぶされたりなんてしない。

「大丈夫だよ。全部受け止めるから」

「何のことだ?」

「蓮くんって、私のことが凄く好きなんだなって。そういう話し」

「あ?わけ分かんねえ」

 蓮は寝返りをして背中を向けた。

 結菜は蓮のすぐ傍に座るとベッドが軋み、蓮の身体も連動して動く。

「私も蓮くんのことが好きなんだなって。そういう話し」

「……『凄く』が抜けてる」

 広い背中が『僕拗ねています』というオーラを放ちながら寂しそうにこっちを見ていた。

 結菜は子供に返ってしまった蓮の背中を愛おしそうに見ると、そっと腕の上に手を置いた。

 蓮の身体がピクリと動き、ようやく顔がこっちを向く。

「凄く。すごーく。好きだよ」

 二人の間にはきっと何の障害もない。だって、蓮はこんなに近くにいる。

 今は、今だけは何も考えたくない。

 結菜はムスッとふて腐れている蓮の固く結んである唇にぶつけるようにキスをした。

 それは一瞬だったけれど、自分でも思いもよらない自分の行動で後から心臓がバクバクと大きな音を鳴らし始めた。このドキドキはそこにいる蓮にもきっと聞こえているはず。

 驚いている蓮の顔が目の端に見えていたけれど、恥ずかしくて今度は自分が蓮の顔をまともに見られなかった。

 急にそんなことをされて蓮は嫌だったかもしれない。

 女の方からキスをされることが嫌いなのかもしれない。

 数秒の間にいろんな事が頭の中を駆けめぐった。それも後悔することばかり。

 その数秒の沈黙に耐えられなくなり、蓮の腕に置いてあった手を離そうと持ち上げると、蓮の反対側の手がその手を掴んだ。

「それだけ?」

 結菜が紅潮した顔を向けると、掴まれた腕が蓮の方へ引き寄せられた。

「それだけって……」

 自分にしてはもの凄いことをしたような気分だったのに……

「よく分かんなかったから、巻き戻して再生してもいい?」

「え?再生ってな」

 言い終わる前に、もう片方の蓮の手が結菜の後頭部を押さえつけ、そのまま唇が合わさった。

 仰向けになっている蓮の上から自分の体重が掛からないように思わず手を付いて支える。

 蓮の顔がこれでもかと間近に見え、今、自分が目を開けていたのだと遅れて気が付いた。

 掴まれていた腕の手が背中に回り、力が加わると蓮との距離がまた縮まる。

 蓮の唇が自分の唇の上で居心地のいい場所を探すように動いていた。


 時間にすると一分ほどのキス――


 それは柔らかくて温かい……


 閉じられていた蓮の瞳が予告なく開くとバッチリと目が合い、その目が笑った。

 そして名残惜しそうに唇が離れていく。

「目。開けてんなよ」

「な、なによ。全然さっきの再生じゃないじゃない」

「一時停止って機能知ってる?」

「は?」

 照れ隠しで、それも違う気がすると反論の目をすると、蓮はクッと笑い、後ろ頭に置いていた手がすっと下におり、結菜の頬を包んだ。


−は、反則だ……


 これでもかという優しく穏やかな表情。

 そして、温かい手。

 蓮は眩しい時のように目を細めると、上半身を起こし目線が高くなった。

「続きは後でゆっくりと。もうすぐ『広海さん』が来るってよ」

 ポンと頭に手を乗せると蓮はベッドから立ち上がった。


 

「ねえ。進藤さんの話しって何だったの?」

 廊下に出ると少し肌寒かった。

 まだ心臓はバクバクと高鳴っている。

 それでも気になった。

 広海が来るってだけの伝達で進藤は蓮をわざわざ呼び出さないだろう。

「ん〜?注意事項?」

「注意事項?学校じゃあるまいし」

 結菜は笑いながら、で。何?と前を行く蓮に小走りで追いつき顔を見上げた。

「大まかに言うとだな。オトコの礼儀について?かな?その注意事項。守る気ないけどな」

「なに。それ。大まかすぎで全然分からない」

「お子様には分からなくていいって言いたいとこだけど……」

 階段を下りていた蓮の足が止まった。緩やかな螺旋階段の上から見下ろすと、広海が広いエントランスホールを案内され横切るところだった。

「あ……ひろ」

 結菜が広海を呼び止めようとしたが、それは途中で途切れた。

 蓮の長い指が自分の手を握りしめたから……

 そして広海は結菜たちに気付くことなくリビングルームに入っていった。

「俺たちも行こうか」

 蓮はそう言いい、握っている手に力が加わると再び歩き出した。



 蓮と手を繋いだまま進藤と広海が待つリビングルームに入ると、オープンな大空間で繋がっているフォーマルダイニングでは夕食の準備が行われていた。

 食器がカチャリと鳴っている分厚いガラスの天板を支える脚には玄関で見たのと同じデザインのコラムが使用されている。

 結菜がそれに目を奪われていると広海が座っていたソファーから立ち上がり、進藤と二人でこちらを見ていた。

 結菜を見ていた広海の目が蓮と繋いでいる手まで下がるとまた視線を戻した。

「あなたが蓮くんね。初めまして私は……」

「知ってる。『広海さん』だろ?」

「蓮さん。言葉にお気をつけ下さい」

 静かに言う進藤の言葉に蓮はフンと鼻を鳴らし反抗的な態度をとった。

「蓮くん?」

 蓮が広海に対してもいいと言える態度ではないことが結菜は不思議で少し戸惑った。

 横から見上げる蓮は不機嫌を貼り付けたような顔をしている。

 確かさっきまでは機嫌が良かったと思うのに……

「食事でもしながらゆっくりとお話しましょう」

 何故か怒っている蓮をたしなめた後に、進藤は広海にダイニングテーブルに移動するよう促した。


「ねえ。あの子はどうして怒ってるの?」

「私だって知りたいよ」

 広海耳打ちに、隣に座った結菜はハアと溜息をついた。

 

 ケイのことで怒っていたのはついさっきのこと。でも仲直りした。ていうか機嫌は直ったはずだったのに……

 怒ったり、急に優しくなったり、そしてまた不機嫌になったり。

 忙しい奴と思えど、やっぱり蓮の考えていることってよく分からない。

 ナプキンを手に取り、ちらりと蓮を見るとやっぱりムッとした顔でこっちを見ていた。

 


 なぜ蓮が不機嫌なのか分からないまま話しは進んでいく。

「進藤さんの言いたいことは分かりました。しかし、私も保護者として、年頃の娘を年頃の男の子のいるこの家に預けるわけにはいきません。それが婚約者であったとしても」

 それは尤もな意見だ。と結菜も広海の隣で頷く。

「しかし、結菜さんの命の危険があるとは思いませんか?」

「「命の危険?」」

 広海と結菜だけではなく、蓮のナイフを動かしていた手も止まった。

「ええ。広海様は結菜さんが志摩子様とお会いしたことはご存じですか?」

「志摩子と……!?」

「広海様もご存じとは思いますが、あの方は危険です。現に結菜さんに蓮さんと別れるようにと忠言されたようですし。ここは警戒された方がよろしいかと」


 静かに話す進藤の言葉に身震いがした。

 隣にいる広海もそうなのか、少し震えた手でグラスの水を一気に飲み干すと口を開いた。

「この子と二人で話しをさせて頂けませんか?私たちだけの意見ではなく、この子がどう思っているのか聞きたいので……」

 広海はいつも話しをする口調ではない。ビジネスモードと言えば聞こえはいいが、単にオネエ言葉ではなく、普通の?男の人のように話をしていることに違和感があった。

 それに、変わらずこっちを見ながら睨んできている蓮。どうしてだろう?

 

 自分の命に関係ある話しと言われても、ピンとなんてこないし実感なんてわかない。だからか、頭の中ではそんなことばかり考えていた。

 



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