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ジャンプ  作者: minami
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どっちがホント?

 前方にはニコリと微笑んでいる『ケイ』と呼ばれた元カノがいる。

 そして、険しい顔で立っていた蓮の足がゆっくりと進んでいった。

「こいつに説明して。俺が言うより早いだろ?」

 蓮は親指をこっちに向け微笑んでいる彼女にそう言った。

「珍しく蓮に呼び出されたと思ったら……そう言うこと」

 彼女はふふっと面白そうに笑うとテーブルの方へむき直した。

 何を説明すると言うのだろう。二人が付き合っていたというのは私だって既に知っている。 それにわざわざ彼女を此処へ呼ぶ事もない。

 だとしたら……

 ――――今もまだ付き合っている……とか?

 結菜の背中に冷たいものが走った。

「ああ。完全に誤解してる」

 後ろを振り返った蓮が硬直した結菜の顔を見ると苦笑した。

「誤解って……」

 心の声が小さく音になって出てきたけれど、少し離れた蓮には聞こえてはいない。

 誤解って何?

 大きな声で問いただしたかった。でも出来ない。

 彼女の後ろ姿と、その横に立って彼女を見ている蓮の横顔を見るととてもじゃないけど間になんて入れなかった。

 この場から逃げ出したい。

 大人な彼女と大人っぽい蓮はよく似合っている。同じ空気感がある。

 二人を見ていると堪えていたものがまた溢れそうになってくるが、そこは意地でぐっと押しとどめた。

 ここで泣いたら子供だと思われる。そんな自分をこの場では絶対に見せたくない。

 

「いいわよ。説明してあげても。その代わり、あの子と二人きりにしてくれるかしら?」

「そんなこと出来るわけないだろ」

「そう。なら蓮から言えばいいじゃない」

「…………そんなのずりいだろっ。だいたいこうなったのはケイの所為じゃないのか?散々俺を振り回しておいて……ふざけんな」

 吐き捨てるように蓮がそう言っても彼女は笑顔を崩さず微笑んでいた。

「そんな口の利き方を私にしてもいいと思っているの?悪いようにはしないから蓮は出て行きなさい。ほら。早く」

 犬でも追い払うように彼女は手を振って蓮を追い出そうとしていた。

 急かされるように言われると、蓮は渋々ドアの前に立っている結菜の傍へやって来て顔を近づけた。

 すぐ傍に感じる蓮にドキッと鼓動が大きく打ちつける。

「何かあったら叫べ。そういうの得意だろ?」

 ニッといつもの笑いを見せ、結菜の頭をぽんと軽く叩くと蓮はそのまま部屋を出て行ってしまった。



−叫べって?

 蓮が残していった言葉の意味を理解出来ないまま、結菜はケイにこちらに来るようにと言われ、それに従いソファーに座った。

「あなたが……ねえ」

 確かめるようにケイはそう言うと微笑みながら品定めをするように結菜を下から上へと見ていった。

 近くでじっくりと見ると余計に綺麗に感じる。

 威圧されそうになるが、蓮の元カノ。負ける訳にはいかない。

「ねえ。あなたは私を見てどう思う?」

 心理戦?

 二人きりになった理由も質問の意図も分からないが、そう言う駆け引きの技は持ち合わせていない……

「綺麗な人だなって思います」

 ここは素直にそう言うしかなかった。

 ケイは「それはありがとう」と言うとまた微笑んだ。

「あなたは蓮のどこが好き?」

「どこ……?特別ここって言うのは無いかもしれません。強いて言うなら、優しいところです」

「優しいところ?はっきり言うのね……じゃあ。蓮はあなたのどこが好きだって思う?」

−そ、そんなの……

「分かりません」

「そう。それじゃ、質問を変えるわね。私が蓮のことを好きだと言ったらあなたはどうする?」

 これは何のための尋問だろうか?

 やっぱり、結局は蓮とまだ付き合っていると言いたいのかもしれない。

 自分にも意地がある。この場から、彼女からも逃げ出したくなんかはない。

 今自分に出来ることは出された質問に答えること―――

「どうもしません」

「何もしないってこと?他の女の人が蓮のことを好きだと言っても何も感じないの?」

「そういうことじゃなくて……勿論、嫉妬はします。ケイさんのように綺麗で大人の人なら尚更……でも、ケイさんが蓮くんのことが好きだというのはケイさんの自由ですから。私は何も出来ません」

 ケイは「そう」と頷くと考え込むように下を向いた。

「あなた……結菜さんって言ったわよね」

 顔を上げ、結菜と目があったケイは変わりなく優しい表情をしていた。

「あ、はい」

「結菜って呼んでもいい?私はケイでいいわよ」

「は……い」

 結菜と呼ばれるのには抵抗はないが、年上でしかも蓮の元カノに『ケイ』と呼び捨てになんて出来そうにない。

「結菜は蓮から私のことをどういう風に聞いているの?」

「付き合っていたと……あ……」

−あれ?違う。

 蓮は一言もそんなことは言っていない。

 付き合っていたと言ったのは私で、蓮は何も言わなかった。

「結菜は思ってることがすぐ顔にでるのね。見ていて面白いわ」

「あの……蓮くんとはいったいどういう関係ですか?」

「関係……そうね。蓮と私とは深い関係よ」

 深い関係―――

 分かってはいても、直接本人から聞くと全く重みが違う。

 朧気おぼろげだった不安が一気に現実へと変わった。

 もういいだろうか。突っ張るのは、我慢するのはもう……

「それは過去のことですか。それとも……」


「現在進行中ってとこかしら」


 自分でとどめを刺してしまった。聞かなくてもよかったのに、知らなくてもよかったのに……

「そう……ですか」

 膝の上に置いてあった手の甲にぽとぽとと涙がこぼれ落ちた。

 泣き虫な自分を今ほど恨んだことはない。

 これはきっと負けを認めた涙。


「泣かせちゃったわね。蓮に怒られちゃうわ」

「いいえ。私が勝手に泣いたから……」 

 蓮は私が泣いたからといってこの人を責めないだろう。

 それに、何故か私もこの人を憎めない。

 結菜は涙を拭うと「失礼します」と立ち上がった。

 これ以上話しをすることはなにもない。

「結菜は自信がないのね。蓮に愛されてるっていう自信が……」

「……愛されている?」

 何を言っているのだろう。愛されているのはあなたの方で私は蓮に愛されてなんか……

 ふっと蓮の顔が浮かんだ。自分に向かって優しく笑う蓮の顔―――

「きっと初めてよ。蓮が人を好きになるのって。あんな蓮は見たことないもの。

あなたのために、この私を呼び出すなんて。

さっき言ったでしょ?蓮の優しいところが好きだって。あの子が優しいなんて考えられない。

『人のことを考える』ってことが抜け落ちてるんじゃないのかって心配したぐらいよ。

きっとあなたの前だけよ。自信を持ちなさい」

「え……」

 この人はどうして私にそんなことを言うのだろう。

 蓮とケイは現在進行中じゃなかったの?

「蓮の婚約者は上条財閥の子だって言うからどんなお嬢様かと思ったけど……ふふ。結菜で良かったわ」

「あの……蓮くんと付き合っているんですよね?」

「あら。付き合っていないわよ」

「え?」

 キョトンとした結菜の顔を見てケイはブッと吹き出した。

 それは今までのケイとは違って子供っぽく見えた。

「ははははっ。ごめん。冗談が過ぎた。あーダメ。可笑しい!久しぶりにこんなに笑ったよ。ははっ――」

「あの?」

 まだお腹を抱えて笑っているケイを見て、何が何だか分からないまま、自分の中で固まりつつあったケイという人物像がその笑いで崩れていった。

 声色まで変わった気がする。

「悪い!ツボに入った。可笑しくて止まらない」

 結菜はそう言ってまた笑うケイを見下ろしながら、呆然としていた。


「いけない。結菜にちゃんと説明しないとそれこそ蓮にどやされる」

 言葉遣いも変わってしまったケイに戸惑いながらも、結菜は説明を聞くためにまたソファーに座った。

「あの?説明って」

 何が可笑しかったのかも説明してほしいところだけれど、今そんな冗談を言う場面ではないことぐらい分かっている。

 ケイはニヤッと笑って結菜を見た。その笑いは一瞬、蓮に似ている気がした。

「結菜ってさ」

 ケイは言いかけると結菜が座っている傍に来てそこへ腰を下ろした。

「ケイ……さん?」

「ケイでいいって」

「あの。ケイは……」

 ケイの綺麗な顔が近づいてきてそれを結菜は不思議そうに見ていた。

 どっちが本当のケイなのだろうか。

 さっきまでのケイは動作ひとつとっても大人の女という感じがした。

 今のケイはサバサバした感があって言葉遣いは男の人っぽい。蓮やヒカルが言うような、そんな喋り方をしている。


 どっちが本当なのだろう。


「結菜って可愛い」

「え?あの」

「蓮をやめて。オレと付き合わない?」


−オ……レ!?


 目の前にいるのはさっきまで蓮と付き合っているとばかり思っていた綺麗な顔をしたケイ――

 それは変わっていないのに……

「付き合わない?って……ケイは、女の人が好きなの?」

 女の人だけど、女の人が好き……ケイはそういう人なの?

「はは。ホント面白い。勿論オレは女が好きだよ。こんなに近づいてもまだ分からないんだ……



オレ。男だよ」



「お、とこ?」

「そう。男!」

 ケイはそう言うと親指を立てて自分の方へ指した。

 ホテルで会った時も、今こうして向き合っていても男の人だなんて思いもしない。

 そう言われても、冗談にしか聞こえない。

「それは信じていないって顔だな」

 少しずつ近づいてくるケイを避けるように結菜も少しずつ身体を後ろに反らした。

 そして、反らした身体を支えきれなくなって、そのままソファーに仰向けに倒れてしまった。

 今度は覗き込むようにケイに上から見下ろされている。

「だって、全然男の人には見えない」

 ケイの長い髪が結菜の顔に掛かった。

 近くで見るケイの顔を、長い睫毛だなとかキレイにお化粧をしているなとか、そんな感情だけで眺めていた。






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