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ジャンプ  作者: minami
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OMURASU

「ずっと一緒にいたい」

 そう言った蓮の真っ直ぐな言葉に偽りは感じられなかった。

 志摩子の言ったことは嘘だ。自分の得にならないから蓮と別れさせるために嘘を言ったのだと、そう思いたかった。

 でも。どうして両親のことを知っていたのか?あれは誰も知らないはず。あの時一緒に帰りを待っていたヒカルでさえ知らないことなのに……

 バックの中にそのまま押し込めてある封筒の存在が気になった。

 捨ててしまおうと思っていた。見てしまえば志摩子の思う壺に嵌ってしまうと……

 

 結菜はリビングのソファーに座るとバッグの中から封筒を取りだした。

 今の自分は幸せだと感じている。

 不安な時、いつも蓮は自分が欲しい言葉をくれるから。寂しい時はいつも傍に居てくれる。手を握ってくれ抱きしめてもくれる。時々言い合いもするけど、それはそれで楽しいと思う。

 ずっと一緒に居たいって私だってそう思っているよ。

 でも……

 今、取り敢えずやらなければいけないことがある。それは……


「広海さん。おかえり」

「え?あ……結菜ちゃん。まだ起きてたの?

あらどうしましょ。事務所に大事な物を忘れちゃったわ。ちょっと取りに戻ってくるわね」

「広海さん。小芝居はいいからここに座ってくれる?」

 背中を向ける広海に結菜は笑顔を崩さず、それでも口調は強めに言うから広海は少し身体を硬直してぎこちなく振り返った。


「さあ。説明してもらいましょうか」

「結菜ちゃん。目が怖い」

 詰め寄る結菜に逃げ腰の広海。

「どうして、私と蓮くんが結婚しなくちゃいけないの?ねえ」

「そんなこと……そんなの私が聞きたいわ。私はただあの人に言われてあなた達を会わせただけ。それだけよ」

「それだけじゃないでしょ?」

「それだけよ?私だって悩んだわよ。ハゲができるくらい悩んだわ。結菜ちゃんはまだ高校生だし、結婚だなんて……

でも。その相手と結菜ちゃんが付き合ってるって言うじゃない。もう、今まで悩んでた私って何だったのって感じよ」

 あの人……やはり祖父の義郎に言われたから広海は行動したのだ。それに、最近広海がおかしかったのは安西菜穂のことではなくこのことだったのか……

「でも。どうして蓮くんなの?」

「分からないわよ。ただ……婚約のことは随分前から決まってたみたいよ」

「え……?」

「実はね。私があなたとヒカルちゃんを引き取る上での条件があったの」

「条件?」

「それは、結菜ちゃんが18歳になったら決められた相手と婚約させるから、スムーズに事が運ぶよう私に手助けをするようにって。勿論反論したわ。でもその条件が呑めなければ孫達は渡さないってあの人が頑なに言うから……」

「つい言っちゃったのね」

「そう……つい。分かったって……その時は私に任せてって……言っちゃったの〜」

「私に任せてって……」

 その割にはノリノリのような気がするのは気のせいだろうか。

「でもね。その時はまだ8年もあるって思ってたの。その間に婚約のことを白紙に戻させようって、そう思ってたのよ。本当よ。まさかこんなに早くなるなんて……だって相手の人だって16でしょ?」

 そう。それも疑問点の一つ。なぜ今なのか……

「広海さんも知らないのね」

 だったら聞く人は一人しかいない。

「あの人に聞いても無駄よ。口が裂けても絶対に言わないわ」

 広海は結菜の心を読むようにそう言った。

 きっと広海は義郎に今まで散々聞いてきたのだろう。それでも義郎からは何も語られなかった……


 何故、蓮と結婚をしなければいけないのか。何故、婚約が今なのか。何故、志摩子は蓮と別れろと言ったのか。

 謎だらけだ―――


 結菜は部屋に入るとベッドに座り手にしていた封筒を膝の上に置いた。バッグに押し込んでいた封筒は所々折れ曲がっている。結菜は自分の膝に押しつけるように封筒をキレイに伸ばした。何が入っているのか分からないが分厚いそれを暫く眺めていた。

 



 次の日の日曜日――

 真夜中に降った雨の所為で一段と寒くなった。雨が降る度にこうして気温が徐々に下がってくるのだろう。

 今日は蓮とあの洋食屋にオムライスを食べに行こうと約束をしていた。デートらしく駅前で待ち合わせをして途中で雑貨屋なんかに入りながら坂の途中にある洋食屋に到着した。

 初めて来た時と一昨日来た時には店の名前を気にして見なかったけれど、煉瓦造りのお店の看板には『OMURASU』と書いてある。

「オムラス?なんで『イ』がないんだろ」

 テーブルに座りオムライスを注文するとメニューの表にある店の名前を見て、結菜は思い出したかのようにそう呟いた。

「なんでそんなことが気になるんだ?ったく、これだから女って……」

「女って……なによ!」

「めんどくせぇって言ってんの。そんなこと、どーでもいいじゃん」

「どうでも良くない!もしかしたらすごいことが隠されてるかもしれないじゃない」

「何もないと思うけど?」

 蓮は自信ありげに口許だけを上げて笑った。

 昨日『ずっと一緒にいたい』と自分に向かって言ったのと同じ口とは思えない。

「何かあったらどうするのよ」

「そうだな。もしなんか意味があったら、一つだけ何でも言うことを聞いてやるよ」

「この前のバツゲームと同じね」

 結菜はよしと気合いを入れると、オムライスが運ばれてくるのを待った。

 負けてばかりはいられない。

 

 テーブルにできたての薄い玉子に包まれたオムライスが運ばれてきた。その美味しそうなオムライスをすぐにでも食べたい気持ちを抑えながら尋ねてみた。


「よく聞かれるのよ」


 この洋食屋の奥さんらしき女の人が笑顔を向けてそう言った。この店は夫婦で切り盛りしている。カウンターの奥で料理をしている髭面の男の人はご主人だろう。

「『イ』の無い意味があるんですか?」

 女の人はふふっと笑って持っていたトレイを抱きしめた。

「『オムライス』の『イ』じゃなくって『OMRAISU』の『I』がないのよ」

「アイ?」

「そう。『アイ』……でもアイは店の名前には無いけど、このオムライスの中に入ってるの。それにあなたやカレのここにもね」

 女の人はそう言うと自分の胸を押さえた。

「ここに?……」

 結菜は自分の胸を押さえながら、まだ湯気が上がっているオムライスを不思議そうに眺めた。

「そうここに。名前に『アイ』を入れていないのは、どこにでもアイが溢れているからなの。

『愛』がね」

 ニコリと優しそうに微笑むと女の人はカウンターの方を見た。

「実はね。このお店の名前ってあの人が考えたの。そんな感じに見えないでしょ?」

 確かに、髭面の顔に怖そうな雰囲気を醸し出しているこの店の主人はそんなことを考えるようには思えなくて、想像すると可笑しくて結菜はつい笑ってしまった。


「私の勝ちね」

 結菜はオムライスを頬張り、前の席で冷静にスプーンを運んでいる蓮に向かって勝利宣言をしてみた。

「勝ったから。何?」

 蓮は先程交わした約束を忘れているかのように眉を上げた。

「さあ何にしようかな」

 そんな蓮を無視し、結菜はバツゲームの内容を考えていた。でも、すぐには思いつかない。


−どこにでも愛は溢れている……か。


 結菜は昨日の夜に見てしまった封筒の中に入っていた物を思い出していた。

 それは何枚もの写真と報告書―――

 どれにも自分と蓮が映っている写真。数は多くはないけどたまに二人で映っているものもあった。カメラを向けられていたなんて全く気付かなかった。おそらくそれは蓮も同じだろう。それに一緒に入っていた報告書には事細かく自分と蓮のことが書き込まれていた。

 いったい誰が……と始めはそう思った。でも報告書を読んでいくうちにある一人の顔が浮かんでしまった―――

 その人しか知らない内容や今までのことを振り返ると納得できる数々の出来事。それはそうなるべくしてそうなったような内容になっていた。

 考えるとそうかもしれない。

 でも……

 そうだと考えたくない自分もいる。

 志摩子の言ったように蓮とのことが人為的なものだなんて思いたくない。

 人を好きになるという気持ちは、そう簡単に操れるようなものではないと……そう信じたい。

 こうして蓮と一緒にいる今もきっとどこかで監視をしているのだろう。

 なぜそこまでして自分と蓮を結婚させたいのか?謎は深まるばかりで、美味しいはずのオムライスの味もこの時は味わって食べることも出来なかった。




 月曜日のお昼休み。

 結菜はあることを確かめるためにC棟に向かっていた。階段を上がり二年生の教室の前で足を止めた。


「結菜さんから尋ねてくるなんて、珍しいわね」

 ニコリと微笑む笑顔は今日も完璧で、周りにいた男子達からも溜息混じりの熱い視線が送られていた。

「浅野さん……」

「あら。愛美でいいわよ」

「ま、愛美さんに聞きたいことがあって……」

 結菜は言いにくそうに言葉を詰まらせた。こう言おうと頭の中で考えてきたつもりだったのに、いざ本人を目の前にするとなかなか言い出せない。

 愛美は口に手を当て可愛くクスリと笑った。

「聞きたいこと?何でもおっしゃって。私が分かることなら何でもお答えするわ。私に遠慮するなんて結菜さんらしくないわよ」

 愛美の言葉に、以前屋上で愛美に放った言葉を思い出した。確かにあの時は遠慮なんてしなかった。しかし、今の愛美はあの時の愛美ではない。顔の表情も違うし、何よりも前にも増して綺麗になった。同姓の自分でも面と向かって話しているとドキドキするぐらい……

「あの……聞きたい事って言うのは……」




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