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ジャンプ  作者: minami
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広海の画策

「結菜ちゃんお友達よ」

 そう広海に起こされたのはもうお昼を過ぎた頃だった。

「んん。眠い……」


 蓮と一緒に日の出を眺めてから今度は横に並んで坂道を下った。

 もちろん手を繋いで。

 夜中に連れ出したのがバレたらお前の兄貴に殴られるよな。なんて冗談に聞こえないことを言いながら蓮は家の近くまで送ってくれた。


「休みだからってゴロゴロしないの!ほら」

 広海に布団をはがされ寒さで身体を丸めた。

 まだ余韻に浸りたい気分なのにと心の中で文句を吐きながら、上から仁王立ちで睨んでいる広海をぼやけた頭で確認した。

 あれ。今日の広海は普通に見える。最近いつも目にしていた『心ここにあらず』という虚ろな目ではなくしっかりと自分を見ている。

「やあね。寝ぼけてるの?お友達を待たせちゃ悪いでしょ?」

 そうだった。友達って誰だろう。広海がお友達と言うぐらいだから綾ではない。だったらマユかアッキーのどちらかだろう。


 結菜はまだ半開きの瞼を擦りながら階段を下りた。

「もう。来るなら電話してくれればいいのに」

「ごめん。でも出来ないよ。ユイちゃんのケイ番知らないから」

 階段を下りていた足がピタリと止まった。

 下を向いていた目線を上げながら目を擦っていた手をずらす。

「あなた……誰?」

 そこに立っていたのはにこやかな笑顔を浮かべている見たことのない知らない男の人。

 歳は自分と同じぐらいだろうか。

 白い肌にスッと高い鼻。目の色はここから見ても茶色くて、そしていろんな方向に立っている短い髪は……

 金髪だった。

「て。外人じゃん」

「僕はハーフだよ。この髪は染めてるんだけどね」

 と、にこやかに言うこの男はいったい何者なのだろうか。

「だ、誰なの?」

「覚えてないんだ。ショックだな。まあいいや。今日は近くで顔を見に来ただけだから」

 金髪の男はそう言うとすぐに玄関から出て行った。


「何だったの……」


 結菜は残りの階段を下りると玄関の鍵を慌てて閉めた。

 


「あら。私はてっきり結菜ちゃんのお友達かと思ったわ」

 のんきに言う広海を見ながら朝食兼昼食を口に運んだ。

「あの男。ユイちゃんて言ってた。やだ。ストーカーかもしれない」

 それに、『今日は近くで顔をみにきただけ』……『今日は近くで』ってやっぱりストーカー?

 ブルルと身体が震えた。

「かわいい顔してたし、そんな風には見えなかったけど……でも。おかしな人が多いから気をつけなくっちゃね」

 広海は優雅にコーヒーカップを口に運びながら新聞を読んでいる。

 おいおい。あの男を玄関まで入れたのはお前だろっ。と密かにツッコミを入れながら結菜も紅茶を口に含んだ。

 ヒカルは今飛行機の中だろうか。タキは買い物に行っていて出掛けている。今家にいるのは広海と自分だけ。

「広海さん。今日は休みなの?」

「これから行くわよ。今日は午後の会議からの出社でいいからゆっくり出来るわ」

 聞いてみようか。でも聞けない。いや。聞きたい。えい。思い切って聞いてみよう。

「広海さ……」

「あら。私としたことが……」

 今新聞を見ていたと思ったら、いつの間にか分厚いスケジュール帳を開き「どうしましょう」と首を振りながら、広海は明らかに誰でも分かる臭い芝居をしていた。

「どうしたの?」

 結菜の言葉に待ってましたとばかりに広海の目が輝いた。

「今日の会議は午後からだけだと思ってたんだけど、それが夜も入ってたのよ〜夜はどうしても渡しに行かなくちゃいけない書類があったのに……どうしましょ。渡すだけでいいんだけど。その時間は誰も手が空いていないのよ……」

 それを私に渡しに行けと?

 まったく、面倒な人だ。はっきりと言えばいいのに……

「分かったよ。私は別に何も用事はないし。渡すだけでしょ?」

「ホントにいいの?良かったわ〜それじゃ後で場所と渡す相手の名前を教えるわね」

 スキップを踏みそうなほどの軽快な足取りで広海はリビングを出て行った。

 安西菜穂のことで悩んでいたのではなかったのか?本当に掴み所のない人だ。

 スラリと足の長い長身で細身のスーツを着ていた広海は、黙っていればモデルのように容姿端麗である。

 本当に勿体ないと思う。普通にしていれば女の人だって男として放っておかないのに……


 広海がリビングに帰ってくるのを待っていると玄関のインターホンが鳴った。

 もしかするとさっきの金髪男がまた来たのかもしれない。と警戒しながらドアホンの画像で確認する。

 

「いらっしゃい。どうしたの?突然……」

 結菜は玄関のドアを勢いよく開けると、今度は間違いなくアッキーとマユが立っていた。

「近くまで来たから寄ってみようって……ねえ。マユ」

「あ……うん」

 久しぶりに見たマユにはいつもの元気は感じられなかった。

「上がってよ。ヒカルはいないけど」

 きっとヒカルと会うのが気まずいのだろう。自分の所為でヒカルが怒ってしまったとまだ後悔しているのかもしれない。

 二人を自分の部屋へ案内し、テーブルを囲んで座った。

「マユ。ヒカルのことを気にしてるんだったらもう大丈夫だよ。ヒカルにはちゃんと蓮くんのことを話したから」

「ユイは今、雨宮蓮とどうなってるの?」

「どうって……」

 どういう説明をしたらいいのか分からない。付き合っているかと言えばそうではないだろうし、でも相思相愛?と言えばそうだと思うんだけど……自分たちはどうなっているのだろう……

「うまくいってないの?」

 口籠もっていた結菜を心配そうに覗き込むマユにかぶりを振った。

「まだ付き合ってはないけど……たぶんいい方向に行ってるとは思う」

「なんだそれ」

 真面目に答えたつもりだったけれど、きゃははっと笑ったマユに肩を叩かれた。

「もうキスはした?」

 アッキーの鋭い言葉に一瞬で顔が真っ赤になった。

「ユイ。分かりやすすぎ」

 だって。仕方がない。したのは今朝なのだから……感触だってまだ生々しく残っている。

「どうだった?教えなさいよ」とマユが今度は肘で腕を突いてくるから余計に顔が熱くなった。

 赤らんだ頬をパタパタと手で扇いだり、冷えた指先を当てたりと赤みを押さえようと努力してみる。

 マユ達の攻撃をかわしているとタイミング良く広海が部屋に入ってきた。

 アッキーとマユは広海を見ると、慌てて崩していた足を直し正座をし極上のスマイルで挨拶をした。

「広海さん。マユとアッキー。ほら前にヒカルの映画を観たときに一緒に行った友達」

「ああ。あの……」

「映画のチケットをありがとうございました」

 気持ちが良いぐらいに滑舌よくお礼を言うアッキーに吹き出しそうになる。

「いえ……」

「広海さん。私に用事があるんでしょ?こっちで聞くから」

 と結菜は部屋から広海を連れ出した。

 あのキャラが出ないうちに二人から引き離したかったのだ。

 結菜は広海に書類を渡す場所などを聞き、部屋へと戻った。


「ちょっとさっきの人が一緒に住んでる伯父さんなの?」

 意外にも興味を示したのはアッキーだった。

「伯父さんっていうか……」

 叔母さんっていうか……

「そうだよね。ユイからしたら伯父さんかもしれないけど。どう見ても世間一般で言う『おじさん』って感じは全くしないもん」

 嬉しそうにはしゃぐアッキーに結局真実は言えなかった。




 辺りが暗くなる前に着替えを済ませて電車に乗った。広海が行くはずだった場所は東京ミッドタウンにあるホテル。だから広海に服装の指定までされ、結菜はニットのワンピースにコートを羽織り足下はブーツと少し女の子らしい格好で歩いていていた。電車を降り地上に上がるとすぐに高層ビルが建ち並んでいて、土曜日のこの時間だと人通りはやたらと多い。

 六本木は前に小沢修二と食事をした場所。そしてマサに連れ去られた場所でもある。

 一人で歩くのが少し怖く感じた。

 冬に近づいている空は日が暮れるのも早い。


 どこにも寄り道をすることなく目的の場所へ入っていった。高級ホテルだけあって、ロビーは落ち着いた雰囲気で、高そうな家具や大きな絵画などが飾られていた。

 エレベーターが地上からぐんぐん自分を遠ざける。

 早くこの封筒を渡してすぐに帰ろう。そう思い大切に抱きかかえていた封筒に目を落とした。

 レストランに入ると、着ていたコートを手渡し待ち合わせの相手の名前を告げた。すぐに帰るのだからコートはそのままでもよかったと案内をされながら後悔していた。歩きながら目にした巨大なガラスの窓からチラリと見える景色に東京タワーが映っている。そのタワーは下から見上げた感じではなく自分と同じ位置にあって、すぐ近くに見えるのになんだか小さく感じた。

「こちらです」

 そう告げられ、タワーから視線を外し、封筒を渡すその相手に視線を移した。


「…………」


−な、なんで?


 そう思っているのに言葉が出ないほどに驚いた……

 座っている相手も目を見開いて驚いている。

 椅子が引かれると自分の意志とは関係なく自然にストンと椅子に座ってしまった。

 相手と同じ目線になり、更に頭の中には?マークが増えていく。前に座っている相手も同じように考えているように見えた。

 お互いが何も言わずにただ目を合わせているだけ……


「もしかして……」

 何かを理解したのか相手はやっと口を開いた。

 でもこっちは何のことだか分からない……

 結菜は広海から預かった封筒を見た。そして封をしてある封筒を強引に破り、中に入っていた紙を取り出した。

「何これ……」

 その紙は書類でも何でもなくただの白い紙。そして一番上の紙には広海の字でデカデカと文字が書いてあった。


『騙してごめんなさいね。でも楽しんで来てね〜』


 と……


 何が何だか余計に分からない。

 こうなったらと結菜は広海に電話をするためにバッグの中から携帯電話を取り出した。

 すると目の前に座っていた相手が電話ごと自分の手を掴んできた。


「このまま騙されようぜ」


 ニッと笑う顔も、この掌も知っている。優しく包み込まれた手……

 だってその温かい手の感触は今朝感じたばかりだから……

 今日の朝まで会っていた人―――


「……蓮くん」





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