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ジャンプ  作者: minami
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伝えきれない想い

 蓮は何も言わずに黙々と歩く。結菜はそんな蓮に戸惑いながらも黙ってその後ろを付いて歩いた。

 何処まで行くのだろうか。何も言わない蓮の背中が冷たく感じる。

 もしかすると蓮は怒っているのかもしれない。

 それはヒカルとの会話でだろうか?それとも好きだと言ったから?

 そう心の中で問いかけても、前を歩いて揺れる背中からは何も返っては来なかった。


 坂道を登っている。歩くのが速い蓮について行くのがやっとで次第に太ももあたりが怠くなってきた。

「あ……ここは」

 暗いし一度来ただけだから気付かなかったけど、今歩いている道は以前蓮が連れてきてくれたことのある洋食屋のある坂道だった。もうすぐ煉瓦造りのお店が見えてくる。

 お店の前を通るときは少しだけ蓮の歩く速度が緩んだ気がした。

「ここのオムライス美味しかった……」

 結菜がお店を見てボソッと呟くと前を歩いていた蓮の足が止まった。

「足痛いのか?」

 蓮が振り向きそう言うと、怠くなった足をさすって歩いていた結菜も足を止めた。

「大丈夫だよ」

「もう少しで着くから……」

 蓮はそう言うと左手を差し出した。その手を見て戸惑っている結菜の右手を取ると引っ張るように蓮は歩きだした。

 暗い中で見る繋がっている手……蓮の掌はやっぱり温かくて大きくて、自分の冷え切った心まで溶かしてくれるような……そんな気がした。

 

「到着!見てみ」

 そこは坂道の頂上で周りは木々に囲まれていた。こんなところに何があるというのだろうか。

 言われるがままに横に並んで蓮の向いている方向に合わせて自分も立ってみた。

 木々が一カ所だけ開けた場所……

「わぁ……すごっ……」

 思わず絶句する。

 高台から見る街の景色はきらきらといろんな色に、まるで宝石が散らばったように光り輝いていた。

「これを見せたかったんだ。上条に」

「私に?」

 その宝石から目が離せない。

「ここは俺がまだ小さかった頃に母さんに連れてきてもらった場所なんだ。あそこの店でオムライスを食べた後にね……早い時間だともっと綺麗だけどな」

 蓮と蓮のお母さんとの思い出の場所……そんな大事な場所を自分なんかと一緒に来てもよかったのだろうか……

「蓮くんのお母さんって……」

「亡くなってもう十年になるかな」

 亡くなっているのは聞いて知っていた。そして蓮のお父さんもまた仕事が忙しくて家にはほとんどいないことも。

「蓮くんはいつも独りで寂しくない?」

「あ……別に」

 そう強がって言う蓮の目は寂しそうに見えた。蓮は時々こんな目をする。

「私のパパとママもいないんだ」

「ああ……知ってる」

「え?」

 いつ自分はそんなことを蓮に話しただろうか。

「聞いたんだ。あの。お前の友達のうるさい奴がいるだろ。そいつが話してたから」

「マユ?そうなんだ」

 マユなら何でも知っていそうだ。自分の知らない誘拐事件の事まで知っていたぐらいだから。

「俺。それを聞いたときは正直嘘だろって思った。上条はそんな素振りもみせなかったから」

「それって私が何にも考えてないお気楽者に見えたって事?」

 結菜はプイッと蓮から視線を外した。

「そうじゃなくて、擦れてないなって思ってさ。子供がそのまま大きくなった……みたいな?」

「それも褒めてないよ」

「そうか。俺としては充分褒めてるつもりだけど」

 そう言って蓮は繋いでいる結菜の手を引き寄せた。横を向いたまま引っ張られ頭が蓮の肩に触れた。右半分だけやけに身体が熱くなってくる。不自然に斜めになっている身体を起こしてまた蓮との距離を少し置いた。

「そう見えるだけだよ。蓮くんは知らないから……私が何を思っているか何を考えているか。知らないから擦れてないなんて言えるんだよ」

 泣きそうになる。

 それはこの夜景を見ているから?それとも蓮の手が温かかったから……?

「お前は何を思い、何を考えてる?」

 蓮の声は静かにゆっくりと結菜の心に入ってきた。

 きっと今が夜中でいつもとは違うから、だから自分もいつもの自分じゃいられなくなる。


「私は……私は…いつも…いつでも……」



「私がいなくなればいいのにって思ってる……」

 

 自分は生きていたらいけないって思っている―――


 今まで誰にも言えなかったこと……

 こんな事を聞かされて蓮はきっと困るだろう。

 でももう止まらない――止められない……


「……なんで。どうしてそう思う?」

 蓮の声も震えていた。

 結菜はゆっくりと話し出す。

「……雨がね。雨が降ってた。いつものように私とヒカルは何も言わずに待ってたの。パパとママの帰りを……二人でいれば寂しくないって自分に言い聞かせて……」


 両親はいつも仕事で忙しく結菜が小学校に上がった頃から仕事の帰りはいつも夜中だった。

 でも。

 あの日は約束をしていた。「今日は必ず早く帰ってくるよ」ってその言葉を信じて待っていた。そして――

「ママから電話が掛かってきたんだ。早く帰れなくなったの。ごめんねって……

その日はパパとママの結婚記念日で、ヒカルと一緒に内緒でお祝いしようって何日も前から計画して朝から部屋の飾り付けなんかしたりしてね。二人が喜ぶ顔を想像して楽しみに待ってた。でも帰れないって言われて……

ママとパパに裏切られた気がしたの。今日だけでいいって今日だけ早く帰って来てって初めて我が儘を言ったのに……

だから私はママに言ったの……」


『今すぐ帰ってこないと、私。いなくなっちゃうから』


「私のことなんてどうでもいいんだ……って電話口で叫んでた。もう我慢するのは嫌だった。寂しかったし辛かった。

ママは取り乱した私のことを宥めるように言ったの『今すぐに帰るから。必ず帰るから。だから待っててね』って……

それからすぐに事故にあって……パパとママは……死んじゃった……

私がいけなかったの。あんな我が儘を言ったから。私がパパとママを殺したの!

私の所為で……私がいなくなればよかったのにっ。どうして……どうして」


 幾つもの涙が線になって頬を流れていた。もう立っているのも限界で足がガクガクと震えその場に跪いた。自分が壊れそうなほど深い悲しみが今の自分を支配している。

 口に出したのは初めてだった。こんな風に人に話すなんて思ってもいなかった。

 震えが止まらない。


 小刻みに震えていた身体をふわっと温かいものが包みこんだ。

 

「お前の所為じゃない。お前の所為じゃないんだ。だからもう、いなくなりたいだなんて言うな」

 結菜は蓮の胸の中で嗚咽を漏らしながら頭を横に振った。

「うっ……怖かった……学校の二階から飛び降りたときも自分はこのまま死ぬんじゃないかって、マサに倉庫に連れて行かれた時、男達に囲まれて……本当に怖かったの。

いなくなればいいって思ってるのに矛盾してる。蓮くんに好きだって言ったのだって……矛盾してるよ。そんな自分が嫌いなの」

 今度は蓮が頭を横に振った。

「だからお前は子供のままだって言ってんだよ。

人なんて生きてれば矛盾だらけだ。今思ったことが明日にはすぐ変わってしまう。そんな奴ばっかりだ。自分だけがそうだって決めつけんなよ。

俺だってそうだよ。上条に政略結婚の相手をなんとかするまで待ってくれって言ったのに言った本人が待てなくてこんな時間に呼び出してるし……

そんなもんなの人の心って……それに俺のこと大好きって言ったのは嘘か?」

 ギュッと音がするんじゃないかと思うほど強く抱きしめられた。

 違う嘘なんかじゃない。

「く、苦しい……よ」

「お。悪い。つい」

 蓮の腕が少し緩まると結菜は埋めていた蓮の胸から顔を上げた。

「……大好きだよ」

 ここにいると安心する。ずっとここにいたいって、離れたくないって本能でそう感じる。

 何故だろう。こんなに胸が切なくて、こんなにも胸が熱くなる。

 これが恋……人を好きになるっていうことなんだ。


 蓮の長くて綺麗な指が、結菜の顔に掛かっていた前髪を避けた。視界が開けると蓮の顔が薄暗い中でもはっきりと見える。優しい眼差しで自分を見ている蓮と視線が絡んだ。

 いつ見ても羨ましいほどの端整な顔立ちで、しかもこんなに近くで優しく見つめられると何も考えられなくなる。

 その瞳に吸い込まれそうになる。


「お前がどんなことを言ったって全部俺が受け止めてやるから……

そんで、百年でも二百年でも生きたいって、そう思わせてやる」


「……蓮くん」


 きっと恋は理屈じゃない。貰った言葉も、触れた感触も。身体に染みこんで全部ドキドキに変わっていく。どこが好きかなんて言葉なんかじゃ説明なんて出来ない。


 私は蓮くんじゃないとだめなんだ。蓮くんじゃないと嫌なんだ。この人じゃないと……


 そういうことなんだ――

 

 蓮の顔が近づき、そして唇が重なった……

 優しくて温かいキス。

 そして、それは涙の味がした……


「しょっぱい……」

「第一声がそれかよ」

 結菜は苦笑いをする蓮の首に抱きついた。

 膨らんだ蓮への想いが大きすぎて、大好きって言葉だけじゃ伝えられない。

 でもそれは蓮によってすぐに引き離され、そしてまた唇が合わさった。


 今度は深くて長くて……蓮の気持ちまで流れ込んでくるような熱いキス―――


 頭の中でごちゃごちゃと考えていたことが全部吹っ飛んだ。


「ん……」

 クラクラする……

「お前。息しろよ」

 酸欠で身体がふらついた。唇を離すとすぐに大きく息を吸い込んだ。

「だ、だって。息をするタイミングって分からない……」

「お前って……」

 はあ……と蓮は溜息を付いた。

「だって……」

「お前にそんなことを期待した俺がバカだった……」

 そう言って顔を手で覆った。


「な、何よ。蓮くんだってなんか慣れてて嫌な感じ!私は初めてだから仕方ないじゃない」

 私たちってなんか……

「や……初めてじゃないんだけど」

 甘い雰囲気とは……

「は?意味が分んない」

 ほど遠い……

「俺んちのソファーで寝た時。やっぱり覚えてなかったのか……」

 でも……

「し、知らないわよ……それって私のファーストキスじゃない?返して!今すぐ返してよ――っ!!」

 でもね……

「そんなもん。返せるか」

 少しずつは近づいているよね。

 どんな小動物よりも歩みは鈍いかもしれないけど……


 東の空がぼやりと白くなる。

 夜が明ける――

 まだ月の残る有り明けの空を見上げながら結菜は立ち上がり肺いっぱいに息を吸い込んだ。


 

 歯車が少しずつ噛み合って眠っていたものが動き出す……

 それはヒカルがいない合間に巻き起こる、怒濤のような一週間の幕開けだった―――





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