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ジャンプ  作者: minami
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ご対面

 今朝の天気予報で今日は今年一番の真夏日だと言っていた。アスファルトの照り返しが強くて体感温度は予想気温以上に高く感じる。

 結菜はマユに指定されたカフェに入るとホッと一息ついた。

「ユイ〜こっち!」

 マユが結菜に気づいて大きく手を振るのが見えた。

「どうだった?痛かった?」

 結菜がアッキーの隣に座るとすぐに、待ち構えていたマユがニタニタといやらしい笑いを浮かべながらそう訊いてきた。

「ちょっとマユ。訊き方っていうものがあるでしょ。もう少しこう……遠回しな言い方はできないかな」

「いいじゃん。ユイ相手に今更遠回しも何もないでしょ」

 結菜はそう話している二人の会話を聞きながら注文を取りに来てくれたウエイトレスのお姉さんにアイスティーを頼んだ。

「さっきから二人で何の話しをしてるの?」

 自分の話だろうけど、一向に内容が見えない。

「何とぼけてんのよ。あんたと雨宮蓮の話し!」

 ああ……そうね。この二人は私の蓮に対する気持ちを知っていたんだった。

「それで、どうなったのよ」

「どうなったって……うん。その……言われたよ。『好き』だって」

「それで?」

「え?それでって……それだけだけど?」

「は?雨宮蓮はユイに好きだって言って、家にも泊まったんでしょ?それで二人の間に何もなかったとは言わせないわよ」

 マユの目が怖い。

「ホントに何もなかったよ。キスされそうにはなったけど、それも広海さんとヒカルから電話があって未遂に終わったし、それから蓮くんは寝ちゃったしで、マユが期待してることなんて何もなかったよ」

「なにぃ?寝たって……もう。何してんのよ。雨宮蓮!」

「でも。次の日に忘れ物があったから蓮くんの家に行ったんだ」

「うんそれで?」

 前に座っているマユの目が輝いた。

「そしたら蓮くん……もう少し待っていてほしいって……ほら。蓮くんには決められた婚約者がいるでしょ?そのことがちゃんと解決するまで待ってほしいって言ってた」

「それでユイはなんて言ったの?」

「分かったって言ったよ」

「はあああっ??」

 マユは信じられないと言ったように頭を左右に振っていた。

 じゃあ他になんて言えば良かったの?とマユに聞きたくなる。次の日に蓮の家に行ったのは忘れ物っていうのは口実で、本当は蓮に自分の気持ちを伝えようと思ったからだった。蓮に『好きだ』って言われたのに、考えてみると蓮は私の気持ちに気づいていると思いこんでいてはっきりと自分の言葉で気持ちを伝えていないことに気がついたからだ。

 でも……

「私だって綾ちゃんのことが終わらないとじっくり考えられないよ……誰だって嫌でしょ?たとえ芝居でも、彼女が他の男と一緒にいるなんて」

「そりゃそうだけど、お互い真面目すぎるっていうか、律儀っていうか……」

「それだけ、雨宮蓮はユイに本気なんだと思うよ」

 黙って横に座っていたアッキーがそう言った。

「アッキー……」

 実は凄く不安だった。分かったと答えたものの、本当は好きだって言ったことを蓮は後悔しているんじゃないかって……

「あの雨宮蓮がね……」

「あの?」

「私たちが噂で聞いてる雨宮蓮とは違い過ぎるってこと」

「マユ!」

 アッキーがマユの口を塞ぐように言葉を挟んだ。

「いいよ。アッキー。大体のことは前に純平くんから聞いたことがあるから」

 過去のことなんてどうでも……よくはないけど、今は考えたくはない。どうでもいいって言えるほど大人でもないし、蓮の女性遍歴を平気で聞けるほど寛大でもない。


「まあいいじゃない。ユイ達の話しは。ところで、沙織と小沢はどうなってるの?」

 雰囲気を変えるようにアッキーが話しを振った。

「実は私もよく分からないんだ。沙織のケイタイは蓮くんが持ってて小沢とやり取りをしてくれてるから」

 蓮の家に忘れた物って、ガラステーブルの下に落ちたままになっていた沙織の携帯電話だった。鞄の中にないのに気づいて取りに行ったけど、蓮がメールを何度か返信してくれていたみたいで、そのまま蓮に任せることにした。

「そりゃ嫌だよね。自分の好きな人が違う男とメールをしてるなんて。それにしても雨宮蓮ってかなり嫉妬深いかもね」

 しまった。アッキーが違う話に振ってくれたのに、また話しが戻ってしまった。

 今日はこんな話しをする筈ではなかったのに……

「小沢の話しは後日みんなで集まった時にしようよ。で、今日は二人にお願いがあるんだけど」

「何?」

「うん。この前蓮くんちに泊まったときに広海さんとヒカルから電話がかかってきたって言ったでしょ?マユの家に泊まったことにしてあったんだけど……」

「疑ってんでしょ?それで、どうすればいいの?」

 マユがストローに口をつけた。

「そうなの。信用してくれなくって。それで会ってアリバイを証明してほしいんだ」

「会うって誰に?」

 アッキーもアイスコーヒーを口に含んだ。

「誰ってヒカルに」

「…………」

ブッ―――っと二人は同時にジュースとコーヒーの霧を吹き出した。

「き、汚いな……」

「な、な?ヒカル?今ヒカルって言った?」

「そうだけど。マユそれ拭いた方がいいよ」

 結菜はマユにハンカチを差し出した。どうしてそんなに慌てるのか分からない。だって、HIKARUの妹だってアッキーもマユも知っている筈。

「会うって、いつ?」

「出来れば今から」

「「は?」」

 マユばかりか隣にいるアッキーまで放心状態だった。結菜はテーブルに備え付けてある紙ナプキンを取るとアッキーの口元を拭いてあげた。

「無理。今からなんて絶対に無理」

「そう言わずに、お願い!」


 今日ヒカルはたぶん家にいる。居なかったとしても夜までには帰ってくると思う。結菜はアッキーとマユに頼み込み、そしてやっと家に来てくれることを承諾してくれた。

 でも、化粧ののりがどうだとか、今日のヘアスタイルはいまいちだとか、そんなことばかり気にして家に到着するのに一時間ぐらいかかってしまった。

「おじゃまします」

 何か買って行くからヒカルの好きな物は何かと聞かれたけど、頼んで来て貰うのにそんな物はいらないと断った。

「ただいま。タキさんヒカルは?」

「いらっしゃいませ。結菜さんおかえりなさい。ヒカルさんは自室にいると思いますよ」

 緊張して置物のようになっている二人をリビングに案内し、ヒカルを呼びに二階へと上がって行った。

「ヒカル。いる?」

「…………」

 反応がない。今度はノックをしながらもう一度呼んでみるがやっぱり返事が返ってこなかった。いないのかな……そう思いドアをゆっくりと開けた。

 床には脱ぎ散らかした服があったり、マンガ本が積み重なっていたりと足の踏み場はなんとかあるが、キレイとは言えない。その向こうのベッドの上でヒカルはスヤスヤと寝息を立てながら眠っていた。

「ヒカル?」

「ん?」

 少し反応があった。起きたと思い近づいてみる。

「ヒカル。友達を連れて来たんだけど……起きてくれる?」

 寝返りをしてこっちを向いたヒカルの目はまだ閉じられていた。ベッドの上には台本らしきものが開かれて置いてあった。きっと台詞を覚えていてそのまま眠ってしまったのだろう。なんだか起こすのがかわいそうになり、取り敢えず散らかっている服を畳んだ。そしてベッドの上に広げてある台本を手にしたとき、ヒカルの手が結菜の方に伸びてきた。

「あ。ヒカル、起きた?」

「……ゆいな?」

 ヒカルの手が結菜の背中に回され、結菜はそのままヒカルに抱きしめられぐるりと向こう側へと回転させられた。

「ちょっと。ヒカル?寝ぼけないでよ」

 結菜はヒカルの横でもがくが、ヒカルの手は離れなかった。

「ヒカルってば。冗談やめてよね」

「ん……よくこうやって一緒に寝てたのに」

「は?いつの話しをしてんのよ。小さい頃のことでしょ?兄妹で……何やってるのよ」

「兄妹って血は繋がってないからいいじゃん」

 それ。本気で言ってる?

 そんなことヒカルの口から聞きたくなかった。血が繋がっていないなんて……

 結菜はヒカルの両頬を思い切り抓った。

「誤解されるような言動はやめてよね!」

「いてててて………ふぃんまふぇん」


 全く冗談にも程がある。結菜は大きな音を立てながら階段を下りて行った。

 リビングでは緊張のあまり、動けずにそのままの姿勢で待っていた二人の姿があった。

 そんな二人を見ると、あんな兄のためにそこまで緊張させてしまって……とアッキーとマユがなんだかかわいそうになってきた。

「ごめんね。もう少ししたら来ると思うから。あのさ。そんなに構えなくても大丈夫だよ」

「そそそそ、そんなこと、い、言ったって」

「もう。らしくないなあ。私の兄貴だよ?」

「そ、それでもHIKARUはHIKARUでしょ?」

「あまり期待しないほうがいいと思うけどな」

 テレビではどうか知らないけど、家にいる時のヒカルは普通の人と変わらないと思う。いや。本当のヒカルを見るともしかすると幻滅してしまうかもしれない。


 少ししてヒカルがリビングに入ってきた。さっき見たときには寝起きの髪をしていたのに、ワックスで今風にクシャッとセットしてなんとかあのボサボサ頭をごまかしている。顔だって別人のように爽やかな笑顔を浮かべたりなんかして……あれは明らかに演技に入っている。役所は、結菜の爽やかで優しい素敵な兄貴ってところだろうか。

 ここにはいつもとは違う友達に、いつもとは違う兄がいる。そしてロボットにようにぎこちなく挨拶をするアッキーとマユ。その瞳の中には完全にハートマークが見えている。

 ヒカルはそんな二人に笑顔で握手までしたりしている。

 なんだこれは?ファンの集いか?


 最初は、初めてのお見合いのように始まった緊迫感のある会話だったが、そこはやっぱりアッキーにマユで、30分もすればすっかりヒカルにも慣れてきたようだ。

「え〜やだ〜ヒカルさんたら」

「ヒカルでいいよ」

「じゃあ。私のことはマユって呼んで」

 すっかり馴染んでいる……あの最初の緊張感は何だったのか。


 そして一時間後……


「ねえねえ。ヒカルって彼女はいるの?」

 ずっと聞きたくてウズウズしていたマユが頃合いを見計らってヒカルに質問をする。

「俺の恋人はファンのみんなだから」

 さすがはヒカル。未だ爽やかお兄さんを演じ続けている。

「それって今はいないってこと?私が彼女になってあげるよ」

 また始まった。と結菜とアッキーは呆れて見ていた。

「ダメだよ。マユは結菜の友達だから」

「友達だとどうしていけないの?」

 こうなったマユはしつこいのを結菜たちはよく知っている。結菜はアッキーを誘って夕飯を作っているタキの手伝いをしにキッチンへ行った。後はヒカルに任せよう。

 キッチンからマユに迫られて困り果てているヒカルが見える。


「妹の友達は俺にとって妹みたいなものだからだよ」

「そんなこと言って……じゃあ。ユイの彼氏は弟なの?」

「か……れし?!」

「そうよ。ユイのカレ。雨宮蓮……」

「…………」



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