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ジャンプ  作者: minami
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告白

 一緒に寝た?あ、ありえない……


 そして蓮は一睡も出来なかったと言った。

「蓮くん。ごめんね。すぐ帰るよ」

 こめかみを押さえながら結菜はベッドから起きあがった。

「そんなに急いで帰らなくてもいいよ。頭が痛いんだろ?薬飲むか?」

 蓮も起きあがると薬が置いてあるのか、ウォークインクローゼットの中に入っていった。

「この部屋って、なんでもあるよね。ここに入ったらもう出なくても生活出来そう」

 この部屋で眠るのはこれで二度目だ。一度目はそこのソファーでついつい眠ってしまっていた。反省したのにまたやってしまったのだ。二度あることは三度あるっていうけど、こんなことはもう絶対にない。っていうかもう二度としたらいけないだろう。

「何を暢気に……俺だからよかったものの、他の奴だったら何かされても文句も言えないぞ」

 それはそうだよね。考えたら凄いことをしているような気がする。

 蓮と知り合ったばかりの頃は、なんて軟派な奴だって思っていたけれど、友達としての時間を重ねるごとに蓮が自分に易々と手を出してくることもなくなっていた。

 蓮は水と薬をガラスのテーブルに置くと、結菜は黒いソファーに座りその薬を口に含んだ。

「その化粧も落とさないといけないだろ?よかったらシャワーも浴びて帰れ」

「うん。ありがとう」

 きっと蓮は私のことを女としてではなく、友達の一人として見ている。だからきっとこんなに優しくしてくれのだろう。

 蓮は言っていた。誰も近づけさせないために自分を偽っていると……それは主に女の子に対してで、つまりは、自分のことを好きになってもらったら困るという理由からだと思う。最近は周りにそんな目で見るような女の子はいないから安心して自分のままでいられるのではないのかって勝手に推測している。

 それは悲しいことのような……でも、蓮が笑っていればいい。うん。それだけでいい。

「お前のケイタイ何度も鳴ってたぞ」

 蓮にそう言われ、バッグから携帯電話をふたつ取り出した。

 なぜふたつ?と不思議そうに見ている蓮に説明する。

「もう一つは『沙織』のケイタイよ」

 蓮はああと納得していた。まさか小沢に本当の番号を教えるわけにはいかない。

 結菜は沙織の携帯電話から中を確認した。そこへは小沢からのメールが届いていた。

「小沢からのメール。蓮くんも読む?」

 一度ざっと目を通し、すぐに蓮に渡した。

「なになに。『今日はすごく楽しかったよ。もう一度君に会いたいって言ったのは本当にそう思ったからで……本当に会ってくれるのかな?オレのことももう少し分かってほしいし、沙織ちゃんのことも知りたいって思っているよ。期待して待っているから連絡ちょうだいね』か……これでコロッといく女がいるのか?」

「それじゃ女心を分かっている蓮くんに返信は任せた」

 結菜はそう言って面倒なことを蓮に押しつけると、今度はもう一つの自分の携帯電話を手に取った。受信ボックスを開くと未開封のメールがずらりと並んでいる。

 はあ。と溜息を付きながら一件ずつ開いていった。まず始めの受信者はヒカルに広海。昨日はマユかアッキーの家に泊まるつもりだったからそう伝えていたはずだけど、ヒカルの「どこに泊まるんだ。住所を教えろ」とか、広海の「そちらの家の人に挨拶がしたいから連絡ちょうだい」とか何度もしつこく入っている。これは今日家に帰れば小っ酷く怒られそうだ。

 そして、明け方ぐらいにアッキーとマユからの受信があった。その二件を順番に開いて読む。

「え!?」

「どうした?」

 慣れない携帯電話に苦戦しながら返信メールを打っていた蓮が、結菜の声に顔を上げた。

「ううん。何でもない」

 明らかに慌てふためく結菜を訝しそうに見る蓮だったが、またすぐに持っていた携帯電話に視線を落とした。


 結菜は蓮を気にしながらもう一度メールを読んだ。

『今日は置いて帰ってごめんね。でも、こうでもしないと二人には何の進展もないと思って……

 まっ。ユイ。がんばれ! アッキー』

『雨宮蓮と今頃よろしくやってるかなっておじゃまのメールを送ってみました(笑)

 私たちに感謝しなよ!まったくあんた達ってホントじれったいたらありゃしないわよ!さっさとくっついちゃいなさい!

 じゃあね〜 マユ』

「…………」

 アッキーとマユに自分の気持ちが分かっていた……?いったいいつから……

 結菜の顔が赤みを帯びる。そっと画面から視線を外して蓮を見た。

−もしかして、蓮くんも気づいてる?

「出来た。こんなのでどうだ」

 蓮が不意に顔を上げ笑顔を見せるものだから、結菜の心臓が大きく飛び跳ねた。

「え、あ、いいんじゃない?そ、それで」

「なんだよ。ちゃんと読めよ」

 蓮は結菜が持っていた携帯電話を掴みテーブルの上に置くと、自分の持っている沙織の携帯電話を結菜に持たせ隣に座り、自分も同じ画面を覗き込んだ。

 近い……肩が触れる距離にいる蓮を相当意識して益々顔が赤くなっていく。

 あまりの重圧に耐えられなくなり、気づかれないように少しずつ蓮から身体を離していった。

「お前は、俺が嫌いか?」

 蓮の思いもしない言葉に驚いて、既に赤くなっている顔で蓮を見た。

 嫌いだなんて……寧ろその逆で……私の気持ちを知っているんじゃないの?もしかして私のことを試している?

 結菜は蓮に向けた顔をぎこちなく横に振った。

「だったら、どうして」

「お、お風呂も入ってないし、汗くさいと思って。これでも一応気を使ってるつもりなんだけど……」

 そう思ったのも嘘ではない。

「汗くさいのなんてお互い様だろ」

「そ、そうだね」

 蓮は何が言いたいのか。

『お前が俺のことを好きだということを知っているんだぞ。はははっ』と蔑んだことでも思っているのか……

 今度は蓮がジリジリとこっちに近づいてくる。それに合わせて結菜は同じ距離だけ後退する。持っていた沙織の携帯電話が手から離れ、床にゴトリと音を立てて落ちていった。

 座っていたソファーの端まで来ると蓮とのその一定の距離が縮まった。

「私の気持ちを知ってるんでしょ?だからって好きでもない人と……蓮くんは分かってないよ」

 純平とマユだって平気でみんなの前でキスをした。蓮達にとってはたかがキスなのだろうけど、私は違う。本当に自分の好きな人と。そして、相手もまた自分のことを心から好きでいてくれる人とでないとできない。それが蓮とだったらどんなに良いか……それをあなたは分かっているの?


「分かっていないのはお前だろ?俺はもう……限界……」

「蓮……くん?」


「お前が好きだ」


−『好きだ』

 今、好きだって言ったよね……

 確かにそう聞こえた……

 ずっと待っていた。その言葉を。ずっと永遠に聞くことはないって思うこともあったけど……

 本当に?今言ったことは本当だよね?

 至近距離での蓮の真剣な瞳に吸い込まれるように……

 そして蓮の気持ちに答えるように……


 結菜は自分の瞼を閉じた。


 蓮の唇が微かに触れたその時――

 

 無情にもガラステーブルに置いてあった携帯電話から、バイブの振動と共にダースベイダーの登場曲が鳴り響いた。

「うそだろ……」

 蓮はガクッと項垂れた。

「あ……この曲は」

「上条。無視しろ。な。そうしろ」

 バクバク言っている心臓を押さえながら、それでもちょっと慌てている蓮が可笑しくって、笑いながらテーブルの上の電話を掴んだ。

「だめだよ。広海さんの電話を無視したら、もう外出だってさせてくれないかもしれない」

 結菜は冗談っぽく言うと「声を出さないでね」と蓮に頼みボタンを押した。

「もしも」

『結菜ちゃん?あなたは私のメールを見たの?ねえ』

「あ。今見た……よ」

『な、なんですって!』

 結菜は広海の声の大きさに受話口を遠ざけた。

「広海さん。声が大きい」

『誰の所為で大きくなってると思ってるのよ!』

「……ごめんなさい」

『お友達に代わってくれる?』

「え?」

 どうしよう……

『代われないの?』

 いつもは甲高い広海の声が低くなった。まずい……

「あ。あのね。今ちょうど友達は出掛けてて、帰ってきたらすぐに電話するから。ホントに。今ちょっと忙しいから。じゃあ」

 結菜はそう言うとすぐに電話を切った。広海からまたすぐにかかってくるだろうか。

「俺が代わってやったのに」

「そんなことをしたら一生あの家から出してもらえない」

「そんなに厳しいのか?」

「出してもらえないってことはないと思うけど……外泊なんて初めてだから、うるさく言いたいのよ」

 これは帰ったら本当に怒られる。結菜は深く溜息をついた。見つめていても電話はすぐには鳴らなかった。広海は仕事中だったのかもしれない。

「じゃあもう邪魔は入らないってことで」

 蓮はそう言うとソファーに座っていた結菜を軽々と持ち上げた。

「あの。え?何?」

 そして、蓮に抱きかかえられベッドまで連れて行かれた。

「こうやって抱き上げるのは二度目だな」

 確かにそうだけど、どうしてベッド?

 結菜はその上にゆっくりと座るように降ろされるとそのまま蓮の顔が近づいてきた。

 再び襲ってきた胸の鼓動を心地良く感じながら、結菜は蓮を見つめていた。

「あ……でも」

「何?」

「たぶん。もうすぐ」

「もうすぐ。何?」

 言葉を交わしながらも近づいてくる蓮の整った唇から目が離せずにいると……

 やっぱり結菜の携帯電話が鳴った。

「ほらね」

「マジかよ……」

 

 結菜がヒカルと話していると、蓮は面白くなさそうにシャワーを浴びに行ってしまった。

 やはりヒカルは広海から結菜の様子がおかしいとの情報を受け、慌てて電話をしてきたということだった。ヒカルにもごまかし続け、今度その友達を家に連れて行くからと言う案でなんとか納得してくれた。でもそれって、ヒカルに会えるアッキーにもマユにも、そしてアリバイを工作する自分にとっても好都合な案だったりする。それなのにヒカルは「結菜の友達に会える」と嬉しそうにはしゃいでいた。なんだかヒカルに哀れみを感じてきたが、これも仕方がない。

 

「上条も入れば?」

 シャワーを終えて出てきた蓮は上半身裸で、下は膝丈のジーンズをはいていた。そして濡れている髪をバスタオルで拭きながら歩いてきた。よくヒカルのこういう格好を目にするけど、それとは感じ方が全然違う。恥ずかしくなって思わず視線を逸らした。

「うん。じゃあ私も入ろうかな」

 そこら辺に置いてある自分の荷物をかき集めると結菜は急いでバスルームへと入っていった。


『お前が好きだ』

 蓮が私に言ってくれた言葉。

 なんだか顔がにやけてしまう。家に帰ったら怒られるなんて言っていられない。

 キス出来なかったのはちょっと残念だけど、でもいくらでも時間はあるよね。私たちはこれからだよね。


 鏡の前で髪を乾かし終えるといつもの自分に戻った気がした。取れかけてはいたけど、さっきまでメイクをしていたしエクステもつけていた。蓮に好きだと言われたのは自分にではなく沙織だったのではないのかと歪んだ考えが出てきてしまった。

 そんな思いを抱えながら結菜はバスルームから出て行くと、ベッドの上で気持ちよさそうに眠っている蓮の姿があった。

 自分の寝顔は何度も見られてはいるけれど、蓮の寝顔を見るのは初めだ。結菜は持っていた荷物を床に置くと眠っている蓮の傍にそっと近づいてみた。

 すうすうと規則正しい寝息を立てている。自分の所為で一晩中眠れなかったのを申し訳なく思いながら蓮の寝顔を眺めていた。 

 裸だった上半身も今はちゃんとTシャツを身につけている。ちょっと持ち上がったTシャツを直しても起きることはかった。

 蓮の無防備なかわいらしい寝顔を見ていると、ああ自分はやっぱり蓮のことが好きだ。なんて再確認したりして……

−いけない。帰らないと。

 結菜は一頻り蓮の顔を眺めるとその身体にタオルケットを掛けてあげ、床に置いていた荷物を手にした。




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