置き去り
二人の男と三人の女が楽しそうにお喋りをしている。
周りの人達は誰もがそう思うかも知れない。しかし……
『びっくりした。まさかあのコンビニ男が小沢の連れだったとはな。今の結菜ちゃんだったら兄貴だって分からないよ』
純平の声がイヤホンから聞こえてきた。それを聞きながら誰も反応せず目の前の男達との会話に集中する。
「こいつって、モテるくせにあんまり彼女とか作んねぇの」
「修二もう酔ったのかよ」
「それなのに、この間。バイト先に来た高校生に自分のケイ番とメアドを書いた紙を渡して……」
それって、もしかして私のことを話している?
「もういいだろその話は」
「いいや。よくないよ。初めてだろ?匡貴がそんなことするの」
へえ。そうなんだ。意外に真面目だっだりするのかもしれない。
『そんなこと言って小沢のダチだから信用するなよ』
天の声……いや。純平の声が聞こえた。
「ここから笑えるんだけど……」
「修二!いい加減にしろよ」
「なに?聞きたい」
マユが持ち前の好奇心を覗かせる。
「その子の彼氏が怒ってバイト先に来たんだって」
「「「え!?」」」
−彼氏!?
「何?みんなでそんなに驚いて」
なんだ、私の話じゃなかったとホッと胸を撫で下ろしたが、やっぱりこの人は嘘を言っていたし同じことを他の人にもしていたのかと憤りを感じていた。
「彼氏が来たなんてすごい話だなって思って」
「ユミちゃんもそう思う?それで。その彼に殴られたんだよな『俺の女に二度と手を出すな』とか言われちゃって。なんかマンガみたいな話だと思わねぇ?」
「へぇ〜」
マユは結菜の話しではないと分かると興味なさそうに返事をした。
「その彼って言うのは……みんなもしかしたら知ってんじゃない?雨宮蓮っていう高校生」
−え???
「今なんて。雨宮蓮……」
「お?知ってる?大学生の間でも有名なんだな」
どうしてここで蓮の話しになっているのかよく分からない。彼氏がどうとか殴ったとか……何?頭の中が混乱している。
『へぇ。蓮がねえ。いつからそんなに友達思いになったんだろうな』
『うるさい』
純平と蓮の会話が聞こえてくる。
「ちょっと、後でじっくりと訊かせて貰うから」
アッキーが小沢たちに気づかれないように小声で言った。
話しが逸れたが、本来の目的をもう一度確認してみる。今日は小沢と顔見知りになる程度。この辺でいいのではないのかと思う。
目で二人に合図をして、ちょっとごめんねとレストルームに向かう。
二人が来る前にトイレに入ろうと思いドアを開けると、ふと重要なことに気づいた。
「ねえ。純平くんに蓮くん。これって聞こえてるよね?」
『何かあったのか』
「……スイッチとか切れないの?トイレに入れない……」
『切れない。諦めろ』
「は?蓮くん何言ってるのよ!二人がイヤホンを外せばいいんでしょ!」
『あれ?結菜ちゃん気がついた?』
「早く外して!絶対に外して!!今すぐ外して!!!」
本当に外したのか確認が出来ないからずっと大声を出しながらトイレを済ませた。
もう嫌だ。早く帰りたい。ただでさえいっぱいいっぱいなのにこんなことまで……
結菜が手を洗っていると、まだアッキーとマユが話している声が聞こえた。
『ユイ。そっちに匡貴が行った』
小声でアッキーが知らせてくれた。
「純平くん。蓮くん。聞こえてる?」
『…………』
結菜はレストルームを出る前にイヤホンを押さえながら蓮たちに呼びかけるが返事が返ってこなかった。どうやらまだ外しているみたいだ。
仕方なくそのまま廊下に出ると匡貴が前方から来るのが見えた。
「先に行ってるね」
と一応声を掛け、通り過ぎようとするといきなり匡貴に手首を掴まれ足を止められた。
「やっぱり。あの時の子だよね?メイクをしてるし髪型も違うけど、でも目が……目があの子と一緒だから」
「誰と間違えているのか知らないけど、この手を離して」
「あっ。ごめん」
この状況はまずい。蓮の名前だって出てきているし、今更そうでしたとも言えない。ここは嘘をつき続けるしかない。
「匡貴くんってそうやって女の子を落とすのね」
「違うよ。僕はただ……もう一度会いたいってそうずっと思ってたから。あの子だったらいいなって思っただけで」
「そんなに、す、好きなの?」
「好き……なのかな?一目惚れなんてしたことなかったし、自分でもよく分からないけど……うん。そう言われたら好きなのかもしれない」
これって今遠回しに告白されている?すごく複雑な気分だ。
「一度しか会ったことがないのに?」
「何度会っても好きにならない人もいるし、一度会っただけで好きになる人もいる。恋って不思議だよね。でも、あの子には彼氏もいたことだし諦めないといけないって思ってはいるんだけど」
「諦めきれない?」
「そう……なんだ」
私はは沙織。結菜はそう自分に言い聞かせる。匡貴の前でも堂々とした態度をしなければいけない。
「諦めた方がいいわよ。相手があの雨宮蓮だったらあなたでも適わない。そんなに似ているんだったら私がその子の代わりをしてあげましょうか?」
沙織はそう言って匡貴の手を取ると自分の頬に当て匡貴を上目遣いをして見つめた。これもレイナから教えてもらったことだけど、小沢ではなくて匡貴にしてどうする。と自分を心の中で叱咤した。
「二人で何してんの?」
急に現れた小沢に匡貴は驚いていたが、沙織は小沢がここに向かっていることを既に知っていた。
「何って、匡貴くんを誘惑してるの」
「沙織ちゃんは匡貴ねらいなんだ」
沙織はふふっと笑うと頬に当ていた匡貴の手を離した。
「私の好きなタイプって危険な香りのする人なのよね。残念だけど二人とも当て嵌らないわ」
沙織はじゃあねと後ろ手を振りその場から立ち去ろうとした。
何が「危険な香り」よ。自分で言って笑えてくる。
「待てよ」
小沢が沙織を呼び止めた。
「何?」
内心はドキドキしているが、余裕の表情で振り返る。
「オレともう一度会う気ある?」
「まさか。こんなに上手くいくとは思わなかった」
24時間営業のファミレスで五人は落ち合った。
耳に付けていたイヤホンと服の中に隠していたピンマイクを外すと一気に力が抜けた。
「高橋匡貴が現れた時はどうなるかと思ったけど、ばれなくて良かったね」
「それに、どんな奴かと思ってたけど、案外普通だったし。これならイケそうじゃない?」
アッキーとマユは興奮して話しをしているけど結菜は黙ったままだった。
「そうだ。コンビニに殴りに行ったってホント?」
蓮にマユが詰め寄る。
「もう。いいじゃん。時間も遅いことだし。今日は帰ってまた今度話そうよ」
純平がそう言うと今度はアッキーが思い出したかのように純平に向かって言った。
「あのキスはなんなのよ。説明してくれるかしら?」
「だから、また今度……」
「塚原純平。なんなら、私たちこのまま付き合っちゃう?キスもそんなに悪くなかったでしょ?」
マユが笑顔で純平に言い寄るが、純平は「遠慮しておきます」と丁寧にお断りをしていた。そんな本気か冗談か分からない会話をしてマユ達は盛り上がっていた。
「ユイ?どうしたの?」
珍しく喋らない結菜を見てマユが心配そうに話しかけた。
「マユ……き、きっ」
「き?」
「気持ち悪い……」
店を出る少し前から身体がふわふわしていると思っていたら、そのうち目が回ってきて今は吐きそうなほどに気分が悪い。
「こいつ。酒臭い」
隣にいる蓮が手を口に当てて俯いている結菜を覗き込むとそう言った。
「ユイ。お酒を飲んだの?」
結菜は飲んでないともう片方の手を振ってマユに答えるが、我慢ができずトイレに駆け込んだ。
まだふわふわしている。さっきよりも酷いかもしれない。
「ユイ。いつの間にお酒なんて飲んだんだろう……ずっとジュースでごまかしてたのに」
少し休んでからファミレスを出た。みんな帰らなければいけないからずっとここにはいられない。酔いが回ってしまった結菜は一人では立てず店を出るまではマユとアッキーに支えてもらいようやく歩くことが出来た。
「送ってあげたいけど、方向が逆だから。雨宮蓮、ユイを頼んだよ」
アッキーとマユはそう言うと蓮に結菜を押しつけてすぐにタクシーに乗り帰ってしまった。
残った純平と蓮とぐったりしている結菜と三人でその走り去るタクシーを見送った。
「あ……オレもこのへんで。じゃあ」
「おい。純平。こいつを置いていくなよ」
純平は蓮の言葉を無視してすぐに消えていってしまった。
「こいつをどうしろっていうんだ?」
ふわふわ、ゆらゆら、気持ちがいい……
ずっとこうしていたい……ずっとこのまま……
目を覚ますと同時に激しい痛みが頭を襲った。
「いたっ」
結菜は両手で頭を抱え、膝を折って丸まるとまた目を閉じた。
この痛みはなんだろう。風邪?とりあえず起きてタキさんに薬をもらおう。
そう思い結菜は目を開けた。
「やっと起きたか」
自分はまだ夢を見ているのか?結菜は瞬きを数回してみる。
私、確かに起きているよね?
「どうして蓮くんがここにいるの?」
「お前……覚えてないのか?」
ベッドで横になったままの会話。痛む頭。
−なんなのこれ……
「まあ。仕方ないよな。あんなに酔ってたんじゃ」
酔っていた?
そうだ。昨日の夜は小沢に会いに行った。そこで知らないうちにお酒を飲んで、ファミレスに行ったところまでは何となく覚えている。それから自分はどうしたのか……さっぱり記憶がない。
「大変だったぞ。みんなはお前を置き去りにするし、お前は酔って起きないから家の場所も分からないしで、結局ここへ連れて帰ってきたけど……お前俺から離れなくてさ。俺は一睡も出来なかった」
「……私、蓮くんと一緒に寝たの?」
「ああ」
注:未成年者の飲酒は法律で禁じられています。お酒は二十歳になってから飲みましょう。