訪問 再び
長く感じたテスト週間も終わり、後は夏休みを待つばかり。
学園中の生徒達が浮かれ気分になっていた。
結菜は肩越しに後ろにいる綾を見た。
−別にいつもと変わらない……よね?
最近はこうして綾を観察することが日々の習慣になっていた。
それは、二週間ほど前にマユから電話があり、その内容が原因だったりする。
「結菜?あたしの顔になにか付いてる?」
「ううん。綾ちゃん今日も美人だなって思って」
「そんなこと言って、あたしからは何も出ないぞ」
−やっぱり、がせネタよ。そうに決まっている。
二週間前―――
『ユイ。あなたの友達で佐久間綾って子がいたでしょ?その子この間、渋谷のスクランブル交差点で大学生ぐらいの男と口論してたって。それはもう凄かったらしいよ。掴みかかったりして……お金がどうとか?言ってたらしくって。
コウナンに通ってる友達が見たって言ってたから間違いないと思うよ』
「そんなの嘘だよ。だってそんなことがあったら、綾ちゃんは私に言わない筈ないよ」
『そんなこと分からないじゃない。ユイだって塚原省吾と雨宮蓮の写メのこと綾って子に言わなかったんでしょ?』
「あ……」
『言ったらユイに心配かけるって思ったんじゃない?』
そうかもしれない……
でもどうも信じがたい。大学生の男って……?
美人でスタイル抜群な綾でも、今まで男の人とどうとかって聞いたことがなかった。
学校では何人もの男子からお付き合いの申し込みはあっただろうけれど、すべて断ってきている……と思う。
今日は聞こう、今日こそは確かめようと思うのだが、そういうことってどうも苦手だ。
―――そして、現在に至る。
「そんで。いつにする?」
純平が可愛らしい顔で目を輝かせながら顔を覗き込んでくる。
「え?あ…っと。なんのこと?」
あれ?何の話しをしていたっけ。
「結菜ちゃん。酷い……」
純平は輝かせていた目を曇らせ、途端に目尻を垂らして泣きそうな表情に変わった。こういう顔も省吾と似ている。
「ごめん。ごめん。考え事してて」
「どうせ。省吾のことでも考えていたんだろ」
「うっ」
結菜は言葉に詰まった。実際には綾のことを考えていたのだけど、今純平の顔が省吾に似ていると思ったばかりで、嫌みなことを言ってくる蓮に、何も言い返せない……
「ほらな……」
蓮はどうしていつもいつも気に障ることを言うんだろう?
−私のことを嫌いとか?
「蓮の家でのバーベキューはいつにするかって話し!」
ふて腐れた純平に少々きつめに言われる。
ああ。そうだった。
省吾を元気づけようという名目で、蓮の家にみんなで集まりバーベキューをしようという話しになっていた。でもテストが終わってからと満場一致で決まり、今まで延ばし延ばしになっていたんだった。
「私はいつでもいいけど、綾ちゃんはバイトがあるでしょ?大丈夫?」
「前もって日にちが決まってたら、その日バイトは休みにしてもらうから大丈夫」
それじゃ今週の土曜日にしようと話しがまとまった。
メンバーは綾、純平、省吾、結菜、蓮といつも昼休みに集う面々だ。
「ねえ。あと二人ほど呼んでもいい?」
蓮の家におじゃまするのだから、一応蓮にお伺いを立てる。
「呼ぶって誰を?」
「前に校門のところで会ったことあるよ。違う学校だけど。アッキーとマユって言うの」
「……ああ。あの派手なギャルか」
派手な……確かに化粧は派手かもしれないけど。
「だめ?」
「そうだな……呼ぶんだったら」
そう言って蓮は結菜を手招きで呼ぶと、耳元で囁いた。
「えーっ」
「嫌なら呼ぶな」
「わ、分かった。一応言ってみる……」
そして土曜日。
雨宮家の近くにあるデパートの前で、アッキーとマユと待ち合わせをしていた。
「ユイ。ユイってば」
人混みから自分を呼ぶ声が聞こえるが一向に見付からない。
「もう。何処見てるのよ」
目の前に来たアッキーとマユを見た結菜は声も出ないほどに驚いた。
「ユイ……その口止めて。だらしない」
結菜は半開きになっている口を慌てて閉じると、まじまじと二人を凝視した。
「どう?あたし達の変身ぶりは」
アッキーはそう言うと、ワンピースの端を持ってくるりとその場を回ってみせた。
グレーの落ち着いた感じのワンピースは胸元に黒のリボンが結んであり、腰から下のプリーツがかわいらしい。長い髪は軽めに巻いて、前髪は上にあげてピンでとめている。
なんか、英国のスクールガール風だ。
「ユイ。私は?」
マユのコーディネートは、鮮やかな紫の色のトップスに、スカート風のチェックのキュロットを纏っている。少し伸びた髪も、ふわりと無造作に跳ねさせていて甘さを抑えたかわいらしさがあった。
服装もそうだが、なによりも驚いたのは二人の『顔』。
いつもは、アイメイクがこれでもかと強調されているのに、今日はナチュラルにきめている。それがすぐに気づかなかった理由だった。
「か、かわいい」
ド派手なファッションよりこっちの方が断然いい。
「ユイもかわいいよ」
それはどうもと頭をかきながらガラスに映った自分を見た。
チェック柄のチュニックにブラックジーンズのハーフパンツというラフな格好にノーメイク。同い年なのにやっぱり年の差を感じる。
「本当にあたし達が行ってもいいの?」
心配そうにアッキーが訪ねる。
「いいもなにも、こっちこそごめんね。変なこと言って」
「このくらいお安いご用よ」
二人は何も気にしてないよとニコリと微笑んでくれた。
アッキーとマユを呼ぶ条件として蓮が言ったことは、二人を見て分かるように、『あの化粧をどうにかしろ』だった。
年上とばかり付き合っていたくせに、化粧如きでいちいちそんなことを言うなよと出かかったが、寸前のところで飲み込んだ。
「ねえ。何か買って行かない?足りない物とかないのかな。ユイ何か言われてない?」
そう言えば材料の話しなんか一切しなかった。
電話してみる、と携帯電話を耳にあてた。
『なんだ』
呼び出し音が途切れると、低音で不機嫌そうな蓮の声が、街の雑音に紛れるように聞こえた。
「あ。蓮くん?今から行くけど、何か持って行く物ってある?」
結菜が話し出すと、アッキーとマユの耳も携帯電話の反対側に押しつけてきて必死に話しの内容を聞こうと奮闘していた。
『別に何もいらない。気をつけて来いよ』
「あ……うん。分かった」
結菜が携帯電話を閉じると二人の視線を痛いほどに感じた。
「何?」
「『気をつけて来いよ』かぁ……ねえ。雨宮蓮ってどういう人?」
そんなのこっちが聞きたい。
「どういうって……今日行って話しをすれば分かるんじゃない?」
結菜がマユにそう言うと納得したように二人は頷いていた。
蓮には何もいらないと言われたけれど、飲み物とお菓子ぐらいは買って行こうとコンビニに入った。普段あまりコンビニに行くことのない結菜は珍しそうに店内を見回していた。
−綾ちゃんもこういうところで働いているんだ。
そう思いながら奥にある飲み物を選び、棚に陳列してあるお菓子をカゴに入れレジに持って行った。
「ねえ。レジの人ちょっとイケメンじゃない?」
マユが結菜に耳打ちをしてきた。そう言われて初めてレジを打っている男の人に目をやった。
二重瞼の目に整った顔立ちは、笑えば塚原兄弟にどことなく似ているような気がした。
こういう顔がイケメンと言うのか。と何となく感心してお金を払いコンビニを後にした。
「ちょっと待って。忘れ物!」
さっきレジにいた男の人がスナック菓子を一袋持ち、走って三人を追いかけてきた。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
アッキーがそう言いお菓子を受け取ると、男の人は結菜に近づいてきた。
「これも、忘れ物……」
男の人が結菜の腕を掴むと手に一枚の紙を握らせた。
少し開いてみるとそれは買った商品が印字してあるレシートだった。結菜はそれを無造作にハーフパンツのポケットにしまい、軽くお辞儀をした。
「わざわざすみません」
「いいえ。こちらこそすみませんでした」
そう言って笑った顔は爽やかで、思った通り塚原兄弟に似ていた。
「ねえ。こんなお菓子買ったっけ?」
「さあ。誰かがカゴに入れたんじゃない?」
買い物袋を下げて三人は雨宮家に向かって歩いていった。
「噂には聞いていたけど、実際に見ると凄いわね……」
蓮の部屋に行く間、誰もいないことを良いことに、マユは落ち着きなく周りを見回していた。
二階へ上がり奥の広い方の部屋へ足を進めた。前に綾たちと来た部屋。
二人は二階へ上がってからは口数が減り緊張している様子で、結菜はそれが妙に可笑しかった。
「おじゃまします」
「結菜ちゃん。いらっしゃい」
扉を開けると既に来ていた純平と省吾に出迎えられた。
「いらっしゃいって。ここは俺の家だ」
ソファーに座っている蓮が背もたれに腕を置いて振り返り、ムスッと不機嫌な顔をしてこちらを見ていた。
相変わらず愛想がない。
「ねえ。綾ちゃんは?」
「まだ来てないよ。そちらの二人は結菜ちゃんの友達?」
「省吾先輩も知ってるでしょ?アッキーとマユだよ」
「え―――っ」
驚く省吾が可笑しくて三人は顔を見合わせて笑っていた。