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ジャンプ  作者: minami
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複雑な気持ち

「あの写真を送った人が分かったってこと?」

アッキーやマユは、写真が送られたアドレスも登録しているものではないから、突き止めるのは無理だと言っていた。

「写真って……結菜ちゃん知ってたんだ」

「うん……」

驚いている純平に結菜は少し後ろめたかった。

本当は早くに話すべきだったのかもしれない。

「で、誰だったんだ?」

知っているのは純平と綾。蓮は二人が何を調べていたか全く知らされていなかった。


「結菜ちゃん。今から話すことを聞いても、兄貴のことを嫌いにならないでほしい」

省吾先輩が関わっているってこと?

でも、考えてみればそうだろう。あんな写真がばらまかれ、二股をかけていると噂をされた。嫌がらせを受けるとしたら、省吾か蓮のことを好きな人達。その中でも、圧倒的に人気のある省吾のファン達から妬まれていても仕方がない。


「そんなの、聞いてみないと分からないだろ?」

「分かった。嫌いにならない。約束する」


結菜の答えにムッとする蓮を無視し、純平は話し始めた。


「中学の頃の兄貴は今以上にモテてね。よく告白されてた。

兄貴が中二の時、ある一年生の女の子に告白されたんだ。付き合う気はなかったから同じように断ったんだけど、その子がショックのあまり自殺未遂をしてしまって……手首を切ったんだ。幸い命に別状はなかったけど精神的におかしくなってね……兄貴は自分に責任を感じて付き合ったんだ、その女の子と。いくらそんなことがあったからって、好きでもない人と付き合うなんてオレには考えられなかったよ。同情から始まった付き合いだから、そんなに長くは続かなくて、結局その女の子の方から離れて行ったみたいだけど……」

「それって先輩が悪くないじゃない」

同情で付き合ったのは優しさからで、その子を傷つけようって思ったからではない。

結果傷つけてしまったとしても、離れていったのは女の子がそれに気づいたから。それにもう終わったことだ。何がそんなに悪いことなの?

「その女の子が兄貴を追いかけて、同じ高校に通っているんだ。兄貴より一つ下だから今二年生」

「えっ」

「その女の子と兄貴がまだ繋がっているとしたら……?」

「…………」

「それって、その子と省吾が付き合ってるってことか?」

結菜の代わりに蓮が純平に質問をぶつけた。

「ああ。たぶん、兄貴のことだから断り切れなかったんだろう」

−そんなことって……

「優しいにも程があるな」

苦笑を見せる蓮。

「二年の浅野愛美あさのまなみって言うんだ。今日、綾と一緒に話しをしに行ってきたんだけど、話しにならない。浅野愛美は、兄貴が自分に気がないことも知っているし、兄貴が結菜ちゃんのことを好きだってことも知っていた。オレたちが何を言っても聞き入れてはもらえなかったよ。

結菜ちゃん、何されるか分からないから気をつけて」


「気をつけろって言われたって……純平がだめなら、俺が話しを付けてやる」

「やめて……またケガをしたらどうするのよ。絶対にやめて」

「じゃあ。どうするんだよ」

考えなんて何もない。

浅野愛美……やっと分かった首謀者の名前。

私のせいで肉体的に傷つけてられてしまった蓮。精神的に傷ついている省吾。もうこれ以上、誰も傷つかないでほしい。

まだ恋を知らない結菜には、愛美の気持ちは到底分かり得ないことだった。

自分に気持ちが向いていない省吾を、そこまでして繋ぎ止める気持ちが分からない。

そこまで省吾のことが好きということか?

いや。もし、自分が愛美の立場だったら、好きだからこそ相手のことを考え、身を引くのではないのか?


「本当に兄貴は馬鹿だよ。間違ってる。オレは絶対にそんなことはしない。兄貴は弱すぎるよ」

純平は俯きながらそう言った。

誰が悪いとか、こうすれば良いとか、人生の選択に正解なんてないのかもしれない。

だから人生って面白いって言う人もいるかもしれないけれど、こういう時は誰かに正解を教えてほしい。こうしたらいいよと導いてほしい。



暗い雰囲気の中、純平の携帯電話が鳴った。


「結菜ちゃん。兄貴が代わってくれって」

「えっ省吾先輩?」


純平から携帯電話を受け取るが、みんなの視線が気になり、場所を移動した。

ベッドの脇を通り、大きな窓ガラスを開けると広いバルコニーがあった。

結菜は会話を聞かれないよう、そのバルコニーに出てから受話器を耳にあてた。


「先輩?」

『結菜ちゃん?久しぶりだね』

「うん……」

電話という電波を通して初めて聞く省吾の声は、相変わらず優しくて、遠くにいるのにすぐ傍にいるようなそんな気がした。

『結菜ちゃん。ごめんね』

「どうして先輩が謝るの?省吾先輩は何も悪くないよ」

『…………』

「先輩?」

『「何も悪くない」か……その台詞、前にも結菜ちゃんに言われたよね』

省吾のクスッと笑う息が受話器から漏れる。

ああ。そうだ。公園の芝生の上で話しをした時だ。

結菜はあの時の寂しそうな省吾の顔を思い出した。きっと今も電話の向こうで、省吾はあの時と同じ寂しそうな顔をしている。一人きりで……

結菜の胸の奥がジリッと痛んだ。


『純平から、話し聞いた?』

「うん……少し」

『僕は自分が情けないんだ。好きな子も守れないなんて。やっぱり、はっきりしない僕が悪いんだよ』

省吾先輩……

「強がりじゃなくってね。私何されても平気だから……大丈夫だから」

そんな風に思わないでほしい。

私は、いったい先輩になんて言ってあげればいいんだろう。

今、何を言っても心配させるだけのような気がしてしまう……どんな言葉も軽く感じてしまう。

でも、何か言わずにはいられない。

『僕は結菜ちゃんが心配なんだ。君に何かあったら僕は……』

「先輩は知らないと思うけど、私って結構図太いのよ」

『結菜ちゃん……』

「だからね、私のことは気にしないで。それに、私には純平くんたちが付いてくれてるからホントに大丈夫だよ。省吾先輩は自分が思ったようにすればいいんだから」


自分を犠牲にして何かを守ろうとしないでほしい。私は本当に大丈夫だから……


『結菜ちゃん。会いたい。会って話したい……』

「先輩……」

省吾の切ない思いが、その低くなった声に乗って、痛いほど伝わってくる。

先輩。泣いているの?

『ごめん。今は無理だね。元気な声が聞けて少し安心した』

省吾先輩……私はあなたに何をしてあげればいい?何をすれば、また元気で爽やかな笑顔をする先輩に会えるの?どうすればいいの……


「先輩……私、省吾先輩のこと」

の方が心配だよ……

って、あれ?

結菜の手からスルリと携帯電話が何者かによって奪われた。


「省吾。こいつのことが好きなら、自分の気持ちに正直になれ。優しさだけじゃ人が傷つくだけなんだよ。そんなことも分からないのか。はっきりさせてから、こいつと話せよ。

バカ省吾!それまで、電話なんかしてくんな!」


蓮はそのまま携帯電話を閉じた。


「切った……の?」

「ああ」

蓮は言ってやったとばかりに鼻をフンと鳴らした。

なんてことしたの……

「省吾先輩。今きっと泣いてる……」

「泣かせとけ」

「それ返して。省吾先輩に電話する」

「嫌だ」

蓮は携帯電話を自分のズボンのポケットにしまった。

「返しなさいよ!」

結菜はそれを取り返そうと手を伸ばすが、蓮にあっさりとかわされてしまう。

「省吾じゃなくて、お前が泣いてるだろ。人の心配ばっかしてんじゃねえよ」

結菜は蓮の言葉にきょとんとしていた。

−泣いている?

自分の頬に触れると、確かに濡れていた。

泣いていることにも気づかないなんて……


「さっき、お前は省吾に何を言おうとした?」

結菜は涙を制服の袖口で拭くと、その様子を見ていた蓮と目が合う。

よく泣く奴ってきっと思ってる。

「何って?」

「『私、省吾先輩のこと』の後だよ」

「それを返してくれたら教えてあげてもいいけど?」

「返して返してって、これは純平のケイタイだけどな」

「それじゃ、言わない」

蓮の意地悪そうな顔が歪んだ。


勝った……


どうしてそんなことがそんなにも聞きたいのか分からないが、結菜は勝利品を蓮から受け取ると、すぐ省吾に電話をした。


『お客様のお掛けになった電話番号は電波の届かない……』


電源を切っている……


結菜が携帯電話を耳から話すと、また意地悪そうに笑う蓮の嫌な顔が目に入った。


「そんで、なんだったんだ?」

「そんなこと聞いてどうするのよ」

結菜は溜息をついた。

省吾はいったいどれほど落ち込んでいるのだろうか。

「お前は、約束を破るのか?」

ガキじゃあるまいし。

結菜は蓮に向かってわざと大袈裟に溜息をついてやった。

「分かったわよ。言えばいいんでしょ!『省吾先輩のことの方が心配だよ』って言おうとしたの」

「なんだよそれ……しょうもない」

「はあ?蓮くんが聞きたいって言ったんでしょ?」

もう、本当にこの人の考えていることが分からない……


「まあ。良かったよ。そんなしょうもないことで」

「何が良かったよ……ホント蓮くんって何考えているのかわかんない」

結菜は手すりに身体を預けると、また溜息をついた。

溜息をつくと幸せが逃げてしまうと聞いたことがある。

蓮のせいでいくつもの幸せが逃げていってしまいそうだ。


外の風は気持ちが良いけれど、太陽が傾きだし少し肌寒かった。

結菜は手すりを掴んだまま、遠くに行くほど小さくなる街の景色を眺めていた。


考えることがたくさんある。はっきりしないといけないのは私も同じだ。

このまま、中途半端で宙ぶらりんな気持ちで先輩と話さない方がいいのかもしれない……


でも、今はこのまま何も考えたくない。せめてこの夕日が沈むまで。



「お前より、俺の考えていることの方が単純だ」


何も考えず空っぽにしたはずの頭の中に蓮がずかずかと入り込んでくる。

でも、嫌じゃない。


「じゃあ。今。何考えてるのよ?」

蓮の頭の中が見えるなら見てみたい。

いつも意地悪で、時々憎たらしくって、そしてたまに優しくなる。

この人は本当につかみ所がない。


「今は……」


蓮は結菜の隣に来ると、手すりに凭れた。

「今は?」

「上条と……」

「私と?」

私と何?

結菜は、部屋の方を向いている蓮を見た。

夕日が蓮の背後から照らし、まぶしくて顔がよく見えない。

結菜は目を細めると、自分の目を真剣な瞳で見つめている蓮の視線とぶつかった。

夕日でできた影のせいか、その瞳はとてもきれいに見え、吸い込まれそうになる。


「お前と……」


「二人で何やってんだよ」

結菜が後ろを振り返ると純平が窓から顔を出してこっちを見ていた。



−「お前と……」の続きは何?



全然単純じゃないじゃない。





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