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ジャンプ  作者: minami
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蓮 Side  2

 バスルームにあったタオルを濡らし、ソラの額に当てる。

 何もしないよりはマシか……

 けど、すぐに温まるおでこのタオルを、洗面器に入れた氷水で再び冷やすと、またソラの額に乗せた。


 ただの熱じゃなかったら。

 もしもただの風邪じゃなく、何かの病気だったら……


 苦しそうに息をするソラを前に不安でいっぱいになる。

 こんな時、父親だったらどうするのだろう。

 すぐに省吾の顔が浮かぶ。

 あいつは確か医者だった。熱ごときで狼狽えたりしないだろう。

 それどころか何も出来ない俺と違って、こんな熱すぐに治してラクにしてやることができる。

 

 ソラの小さな手を握り、頭を撫でた。


「何もしてやれなくてごめんな……」


 ここにいるのが父親でもなく、母親でもない自分がいる。

 頼りない俺で……

 すまない―――


 


 ソラの荒々しかった呼吸が少し落ち着いた頃、部屋の呼び鈴が鳴った。


 いつもは開かないドアを引くと、すんなりと開いたドアの向こうに森のじいさんが黒い鞄を持って立っていた。

「お元気そうで」

 あの頃と変わらない優しそうな笑顔のじいさんを俺はすぐにソラが眠っている寝室に招き入れた。


「熱は下がったようですね。空さんはヒカルさんと似ているのでしょうか」

 二、三日は安静にと森のじいさんは脈をとっていたソラの腕をそっと布団の中に戻す。

「病院に連れて行って検査とかしなくてもいいのか?」

「慣れないところで疲れが出たのでしょう。食べられなくても水分だけはしっかり取るようにして下さい」

「本当に大丈夫なんだろうな」

 ソラにもしものことがあれば、俺は上条に会わす顔がない。

 じいさんは俺の顔を見て微笑むと、鞄の中に聴診器をしまった。

「蓮さんはいつからそんなに心配症になったのでしょう」

「べ、別に俺は……」

「いいのですよ。子供が熱を出して心配しない親はいないですからね」

「親?俺はソラの親じゃないし、心配する理由もないけどな」

 あんなに心配していたのに、それを他人に指摘されると突っ張って思ってもいないことを言ってしまうのはきっと昔から変わらない。

 上条はソラの親になって立派にやっているのに、俺は変わらない捻くれた性格のまま……


 じいさんは重そうな鞄を持ち上げると、徐に口を開いた。

「そう……でしたか。わたくしが言った事は気にしないで頂きたい」


 俺の性格をよく知っているじいさんだけに、ソラの診察を終えるとすぐに部屋から出て行った。

 机の上には森のじいさんが処方した熱さましの入った袋が置いてある。

 その袋を手に取りソラの顔の横にそっと置いた。

「これで、熱が出ても安心だな」

 熱は出ない方がいいに決まっている。けど、これはお守りみたいなもんだな。


 俺は寝室を出て、リビングのソファに腰を下ろした。簡単に開いたあのドアはもう開かないだろう。開いたところで、眠っている病気のソラを置いて一人でここから出ていくことは出来ない。


 そういうことを進藤は分かっているのだろう……。


 

 ソラとここで初めて会った時には、本当に驚かされた。

 茶色くてサラサラの髪、透き通るような白い肌、きょろきょろと好奇心旺盛な瞳に、赤い唇。それは上条がそのまま小さくなったような程そっくりで、思わず抱きしめてしまいそうになった。


 上条……

 お前は今何をしている?

 進藤に何を言われ、何をしようとしている?

 

 こんなに近くにいるソラにも、何かが起こっている上条に対しても何も出来ない自分の不甲斐なさに心が張り裂けそうになった。


 





 森のじいさんが診察をしてくれた次の日、ソラはすっかり元気を取り戻し、狭い部屋の中でその体力を持て余していた。


「ソラ!またそこに出てんのか?三日は安静にって俺は医者から言われてるんだ」

「もう大丈夫だもん。ソラだってお外に出たいんだもん。こうやってるとね、もしかしてママがどこからかソラを見てて、ここから出してくれるかもしれないでしょ?」

 バルコニーから下を覗くと、まるでアリの行列のように行き交う人々が小さく見えた。

 隣のビルも人影も見えないような距離にある。

「いいから入れ」

 もう少しだけここにいると言ったソラを無理やり中へ入れた。

 こんなところでも、殺しのプロは関係ない。

 俺が狙われているとして、ソラが巻き添えを喰うのは絶対に避けたい。


 中へ入ったソラはソファに座ると、俺もその隣に座った。唇を尖らせて、つまらないとアピールしているソラの頬を親指と人差し指で摘まむと、ソラの眉間に皺が寄った。


「変な顔」

「ふぇんな顔にしてるのふぁ、ふぇんくんでしょ?」

 まるで上条をからかっているようで嬉しくなる。

 上条とはよく喧嘩をしたなとか、よく泣かせたなとか、嫌でも思い出さされる。


 俺はあいつによく笑わせてもらったな……


「ソラ。お前の母親はどんな『ママ』だ?」

「ママ?ん~ソラのママはね……いっつも忙しそうなの。でもね、お休みの日にはずうっとソラと一緒にいてくれるんだよ。すっごく優しいんだ。この前だってソラの大好きなオムライス食べに連れて行ってくれたんだ」

 母親を思い浮かべながら嬉しそうに話すソラ。

「そっか」

「『空』って名前はね、ママのお兄ちゃんからもらったの。ヒカルお兄ちゃんはお空の上でソラやママのことを見守ってくれているんだって。だから、きっとママもソラも大丈夫だよ。ヒカルお兄ちゃんが助けてくれるよ」

「そうだな」

 ソラが窓の向こうに見える青い空に目を向けると、俺も一緒に空を見た。


 ヒカルが生きていたら……

 そんなことを考えても仕方のないことは分かっているけど、もしもヒカルがいたなら……


 俺はその後の言葉を胸の奥に押し込めた。





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