意外な展開
「結菜に言いそびれてたんだけど、昨日学校行って智樹に謝ったから。もちろん今まで巻き上げたお金も返してきた」
「ああ。だから?」
「何?」
「慣れないことしたから、熱が出た?」
「……あのな」
茶化すように優斗の顔を覗き込むと、優斗はムッとした表情でプイッと横を向いた。
こういうところはやっぱり子供だ。
だからこそ、辻ではなく優斗が自分についてきたことが気になって仕方ない。
「お爺さんに歯向かって大丈夫なの?」
「いいんだ。あんな人……」
「でも、優斗くんのお爺さんなんだよ」
いくら優斗が辻のことを毛嫌いしたところで、優斗にとっては一番近い身内。関わりを絶つことなどできない。
辻を避けずお互いに歩み寄らせたいと願っていたのに、真反対のことをしてしまった。
「結菜ってさ。オレの事ばっかなんだな」
「え?」
「今は自分の事考えた方が良くない?ソラちゃんだっけ。自分の子供を助ける方法……あるの?」
「それは……その……」
「ないんだ。呆れるよ……そんなんで大丈夫か?」
優斗はハアと大人びた溜息をわざとらしくついた。
「だ、大丈夫だよ。きっと……そう、きっと、助けられる。助けなきゃ」
結菜は優斗と一緒に徳田の待つ車に向かった。
こうなれば、強行手段しかない。
もうそれしか手はない。
「徳田さん……聞いてたと思うけど……」
これからのことを話し合おうと、後部座席のドアを開け優斗を先に乗せた。
「やってくれましたね」
前を向いたまま話す徳田がバックミラーに映っている。
辻とのやり取りを聞いていた徳田が怒るのは無理ない。
でも。終わったことは仕方のないこと。時間が巻き戻せるはずがないのだから、これからのことを考えるしかない。
「きっと最初から良い方法なんてなかったんだよ。もしも、さっきのことがなかったとして、もう一度辻に会いに行けたとしても、結局同じことしかならないと思うの。だから、ソラを助けることに協力してほしいんだけど……」
勝手なことを言っているのは分かっている。
でも。もうそうするしかないのだから……
「オレが悪いんだ。爺ちゃんに結菜を調べてもらうように頼んだから。余計なことをしなかったらあんなことにはならなかったかもしれないし」
「ううん。どうやったって同じだったんだよ。何を言っても私が言うことなんか聞き入れてはもらえなかった。優斗くん……もし、あのマンションに一人でいるのが嫌だったら、うちにくればいい。私の家族と一緒に暮らせばいいよ。その前に、何が何でもソラを助け出さなきゃ」
「結菜……いいの?」
「なに遠慮してんの。まあ。変わった人もいるけど、みんないい人達だから、優斗くんも楽しいと思うよ。ソラもお兄ちゃんが出来て喜ぶと思うし」
「考えてみて」と優斗に微笑むと、優斗は瞳いっぱいに涙を溜めた。
「ありがと……うん。出来るならオレ、結菜んとこ行きたい……」
優斗はポロポロと流れ出る涙を拭うと、笑顔で答えた。
「あの……感動の場面で入りずらいのですが……」
「徳田さん。そういうことだから、今すぐソラを助けに行こう!協力してくれるよね!?」
これだけは絶対に失敗するわけにはいかない。
徳田を急かすが一向に車を発進させる様子がない。
「徳田さんてば!まさか、この期に及んで協力出来ないとか言うんじゃないでしょうね!?」
進藤は徳田の上司。口ではやり方が汚いとかなんとか言っていたのに、いざとなると雨宮グループを裏切れないのかも知れない……
「協力出来ないのではなくて、進藤さんを締め上げなくてもよくなりました」
「どういうこと!?」
「…………辻会長がサインするそうです」
「え……」
何が何だか分からない――――
―――いったい何が起こったの?
「先程、進藤さんから連絡が入りました。もうすぐ結菜さんのところにも電話が」
そう言ってる側から結菜の持っている携帯電話が鳴った。
「進藤さん?いったいどういうことなの??どうしてサインを……」
『さあ。私は知り得ませんが……過程はどうでもいい。そうではありませんか?結果が全て……お疲れ様でしたとでも言っておきましょうか』
「ソラ……ソラは?」
『先程、解放致しました。「OMURASU」というお店に向かわせました。そちらでお会いになられますように』
この時ばかりは進藤の嫌味な口調も気にならない。
空に会える――――
そのことで頭がいっぱいになっていた。
「徳田さんすぐに向かって!」
車が急発進する。
もうすぐ空に会える……
ちゃんとご飯を食べていただろうか。
泣いてはいなかっただろうか。
怪我はしていないだろうか。
心配なことはたくさんある。
でも会って確かめられる。
早くソラの元気な姿が見たい。
もうすぐやっと会える――――
車が信号で止まるたびに、はやる気持ちが抑えきれなくなる。
前を走っている車が邪魔で仕方ない。
あまりに苛ついていたのか、徳田にバックミラー越しに確認するように見られた。
「結菜さん。良かったですね」
「うん。でも、ソラに会うまで気が抜けないっていうか……」
嬉しい気持ちの反面、不安な気持ちもある。
「そうですね。何があるか分かりません。私の思い過ごしなのもしれませんが、何かが動いているような気がしてなりません」
「それって……」
チラリと優斗を見た。
「いいえ。辻会長とは関わりはないと思います……」
「それじゃ……もしかして、裏の組織?」
「あくまでも私の推測ですが、気になることもあります」
「何?」
「蓮さんと、ケイさん。お二人とも連絡が取れません。こちらに帰ってこられると連絡があった以降、どこにいるのかも分かりません」
―――え……そんな
蓮とは空が生まれる前に話したきり……
ケイとは、空が進藤に捕まったあの日に話したきり……
ケイと話した内容を思い返してみる。
あの時ケイは蓮と一緒に日本に帰国すると言っていた。
二人は一緒にいる?そして……
二人に連絡が取れない。
ケイは進藤の名前を言っていた。
「進藤さんじゃない?ソラみたいに誘拐されて、二人はどこかに監禁されてるのかもしれない」
「あの蓮さんとケイさんが誘拐ですか?」
徳田と結菜は蓮とケイが黒スーツの男達に取り押さえられるところを想像してみた。
「ないね」
「ないですね」
喧嘩は滅法強い二人が、いくら大人数で抑え込まれようと捕まることは考えにくい。
「進藤さんが何か知ってるかも」
「そうですね。結菜さんが娘さんに会ってから考えましょうか」
二人のことも凄く心配だけれど、とにかく今は空を迎えに行くことが先決だった。