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ジャンプ  作者: minami
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待たせ人

 



 ピピッと鳴った体温計を優斗の脇から抜き取ると省吾に渡した。


 省吾は結菜から渡された体温計を確認すると、聴診器で胸の音を聞いたり、お腹を押さえたりした後、肌蹴ていたタオルケットを優斗にかけてあげていた。


「朝になっても下がらなかったら病院に連れてきて」

「大丈夫なの?」

「たぶん知恵熱みたいなものだろうけど、熱が続くようならきちんと病院で診察した方がいいよ。今のところは呼吸も安定してるし熱もそれほど高くないから大丈夫とは思うけど。子供の熱っていつどうなるか分からないから」

「それって……この子の保護者に連絡した方がいいってこと?」

 省吾に脅されて、結菜は不安になった。

「クスッ。大丈夫だよ」

 不安そうな顔を省吾に向けると、省吾から優しい笑顔が帰って来た。


「結菜ちゃん。ちょっといい?」

 そう言ってリビングの方に二人で移動すると、気まずくなった結菜は「何か飲み物入れるね」とすぐにキッチンへ逃げた。


「きちんと説明してくれるよね?僕は、結菜ちゃんは今蓮くんに会いに行ってるとばかり思ってたから……」

 分かっている。こういう展開になることを分かっていて省吾にお願いしたのだから……

 でも。

 どこまで本当のことを話せばいいのか分からない。全て話せばいいのだろうけれど、そうすればきっとすごく心配させてしまう。


 テーブルの上に麦茶の入ったグラスを置くと、観念したように座った。

「びっくりしたよね。……ごめんね」

「正直驚いたけど、こんなに早く逢えて嬉しい気持ちもあるよ。でも、どうして?あの子は誰なの?」

「うん……それがね。成り行きっていうか、なんていうか……」

 やはりというか、上手く説明ができない。

 モゴモゴと口ごもっていると、省吾も言いにくしそうに切り出した。

「あの子の事も気になるけど、それより……あの……蓮くんと会ってどうだったかなって……のが一番気になってる」

「あのね。それが……いろいろあって、蓮くんに会ってないっていうか……ロスにも行ってない……の」

「え……?それって、今まで日本に居たってこと?」

「…………うん」

 少しの沈黙の後、腕時計をチラリと見た省吾は「もう病院に戻らないと」立ち上がった。




 優斗の様子を確認してから、省吾をマンションの下まで送って行った。


「仕事中に呼び出してごめんね。来てくれてありが……」


 省吾に腕を取られたかと思うと、結菜は省吾の胸の中にいた。微かに消毒液の匂いがする。

「結菜ちゃんを信じるって決めたけど……僕は結菜ちゃんが分からないよ。いつまでも『優しい省吾くん』じゃいられないかも……」

 省吾の言葉に胸の中がズンと重くなる。

 これまで自分はどんなに省吾を傷つけてきたのか思い知らされる。

「ごめんね。全てが終わったら省吾くんに会いに行く。必ず行くから……待っててくれる?」

「『待ってて』……か」

「省吾くん?」

 省吾の胸の中から離れると、結菜は省吾を見上げた。


「分かった……待ってる」


 

 省吾のことを考えても、やはり早く事を進めないといけないと思う。

 でも、明日の朝までは優斗の側に居てあげたい。


 いろんな思いが入り混じり、眠れないまま朝を迎えた。



「熱、下がって良かったね」

 ベッドで起き上がり、結菜の作った御粥を食べている優斗に微笑んだ。


「結菜が看病してくれたの?」

「ウンウン唸ってる死にそうな子供を放っては帰れないからね」

 冗談交じりに話すと優斗はプイッと横を向いた。どうやら照れているらしい。

 その証拠に、横を向いたままぼそりと呟く。


「ありがと」


「どういたしまして」


 

 優斗との距離が近づけば近づくほど、優斗をこれ以上裏切ってはいけないと自分自身を警告する。

 結菜は一度家に帰ると優斗に告げると、マンションの側で待機していた徳田の車に乗った。

「今から、辻のところに行ってくれる?」

「唐突ですね」

「行き当たりばったりでごめんなさい。計画性……ないよね」

 ここ数日間が無駄になってしまうけれど、大人のゴタゴタに優斗を巻き込む訳にはいかない。


「いいえ。振り回されるのは蓮さんで慣れていますから」

 徳田は車を発進させると、どこに辻が居るのかは分かっているように、車を走らせた。



 辻に会ったからといって、サインさせる方法など何も思いついてはいない。

 100%のうち99.9%は成功しないであろうこの思いつきの行動。

 でも。絶対に自信があるものは……


―――ソラ……ソラは絶対に私の元に連れ戻す


 例えどんなことがあっても、絶対に助けるから。


「母親をなめんなよ!!」


 空を連れ去った進藤にムカつきながら、結菜は辻の元に向かっていた。



 辻の滞在しているホテルの前に到着寸前の時に、存在を完全に忘れていた進藤から渡された携帯電話が鳴った。

『期限まで三日しかありませんが、順調に進んでいますか』

「…………」

『結菜さんのことですから、そのような心配はご無用とは思いますが……』

 進藤は嫌味たっぷりにそう言う。

「ソラは元気なんでしょうね」

『それはもちろん』

「声。聞かせてよ」

『ここにいませんから、それは出来ません。まあ。任務が成功すれば、いくらでも聞けますよ』

 本当にムカつく奴だ。

 蓮と空の為ではなかったら、こんな奴の言い成りになんか絶対にならない。

 もしも進藤が空を傷つけることがあれば、たとえ成功したとしても進藤の目の前で契約書を破り捨ててやる。

 

 ホテルの近くに車を停車した徳田は、辻の部屋の番号を書いた紙を結菜に渡した。


「検討をお祈りします」


 その紙を受け取り握りしめると、重い気持ちで車のドアを開けた。


「進藤さんを締め上げにいかないといけなくなるかも」

「覚悟しておきます」




 ホテルまでの道のりで、優斗のマンションでの会話を思い出していた。


―――「元気になって良かったね。これでお爺さんにも会いに行けるよね。心配させずにすんで良かった」

「別に……爺ちゃんに心配させるのが嫌で病院に行きたくないって言った訳じゃないから。爺ちゃんはオレの事に関心ないから」

「そんなことないと思うけど?」

「いいんだ。爺ちゃんは今までオレの事なんか放ってたし、これからも変わらないと思うから……でも、結菜がここにきてくれてから、初めてここでの生活が楽しいって思えた。だから……サンキューな」



 まるでもう会えなくなるかのような最後のセリフだった。

 優斗は自分が辻に会いに行くことを知っていたのかもしれない……

 いや。

 それはないだろう。いくらなんでもそれはない。

 優斗の照れた横顔を思い出すと、あの子の為に何かしてあげたいとさえ思う。

 今はそんな余裕などないのに。自分の子さえ守れてはいないのに……


 辻は優斗の寂しさを分かっているのだろうか……


 ホテルに着くとエレベーターに直行した。目的の階に到着すると、辻の部屋の前には警護をしている男が二人立っていた。

「お嬢さん。お部屋をお間違えではないでしょうか?」

 呼び鈴を鳴らそうと近づくと、案の定、警備員に止められる。

「いえ。間違いではないです。ここに辻会長が居らっしゃいますよね?」

「お嬢ちゃんが会えるような人ではありませんよ」

 警護の男は呆れたように言った。

 それでも男二人の中を割って入ろうとする結菜を一人の男の手が止めた。

 結菜は男に腕を掴まれると、引きずられるように乗ってきたエレベーターの傍まで戻される。

「ちょと、痛いじゃない!」

「お帰りはこちらです」

「だから、用があるから来てるって言ってるじゃない!」

「ここを通すわけにはいきませんので、お帰り下さい」


 何を言っても通す気配はないようだ。

 なら……


 結菜は自分の左腕を掴んでいる男の手首を右手で掴むと、その手を捻る。

 体格の良い男だけに、身体の勢いを使って容赦なく思い切り捻った。

 男は大きな体を回転させるように転がると、奇跡的に開いたエレベーターの中に消えて行った。

 もう一人の男が呆然とこちらを見ている。

 結菜はすぐに残っている男の前に行くと、拳を振り上げた。

 男はその瞬間に我に返ったようで、結菜の攻撃を腕で受け止めると、反撃してきた。

 男の攻撃を器用によけながら、足に蹴りを入れる。それでも男はびくともしない。それならと冷静に回し蹴りで男の頭を狙うが、かわされてしまった。

 幾度も繰り返す攻防に、結菜も男も息が上がってくる。

 少し距離を取り、体制を立て直すと、再度男に向かっていった。

 パンチも蹴りもお互い交し合う。それでも結菜は男の一瞬の隙を待っていた。


―――今だ


 結菜の蹴りを両腕で受け止めた男の巨体が後ろにぐらついた。自分の足が地上に戻る前に空中でもう一度足を振り上げた。

 その蹴りは見事に男の股間に命中し、男はその場に蹲る。丸くなった男の背中に回り込むと、首に一撃を食らわした。

 

 


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