自分への言い訳
食卓に作った料理を並べると、ゲームに夢中になっている優斗を呼んだ。
「口に合うかわかんないけど、どうぞ召し上がれ」
結菜が優斗の為にと作った料理は和食中心。
具沢山の味噌汁に煮物、それに優斗からのリクエストされた魚のフライ。
買い物に行く前に優斗に何が食べたいのかと聞くと、魚が好きだと返ってきた。
あのお手伝いさんは揚げ物を全くしないとも言っていたので、魚のフライにしてみたのだけれど、優斗が気に入って食べてくれるのか不安だった。
夢中でやっていた対戦ゲームをあっさりと中断し、食卓に着いた優斗の箸先を、固唾をのんで見守っていた。
「まあまあだな」
生意気そうにそう言う割には箸を休めることなく、綺麗に間食したお皿を見た結菜は満足そうに微笑む。
「また作ってあげるね。でも、こういう料理で良かったかな」
「なんで?」
「もっと凝った料理の方が良かったかなって……」
「それはオレが金持ちの孫だからか?それなら心配ない。あの爺さん、オレに贅沢なことは一切させない。だからあのお手伝いさんでも勤まる」
ああ……と納得してしまった。
食べられなくはないが、毎日があの食事だと辛い。
「優斗くんなりに我慢してるんだ」
「別に……」
「でも、その我慢を友達にぶつけるのは良くないと思うよ。不満があるならお爺さんに直接言ってみるとか」
「……何も知らないくせに…………」
優斗に出会ってから感じていたことがある。
この子はどこか蓮の幼い頃に似ている。
勿論、自分は蓮の幼かった頃のことなど知らないけれど、周りの人から聞いたことや自分が感じたことなどを総合しても、環境といい、この態度といい、蓮と優斗は重なる部分が多かった。
この生活をどうにかしてあげたいけれど、きっと自分にはどうすることもできないのだろう。
「ねえ。どうして私をここに入れてくれたの?」
「それ聞いたからって何?どうせあんたもお金が欲しくてオレに取り入ってるんだろ?」
「お金なんかどうでもいいよ……」
「じゃあ何?何が目的なんだよ?」
探るような眼差しを結菜に向けると、優斗の表情は諦めに変わっていった。
「みんなそうだ。きれいごと言ったって結局は自分の得になることしかしない。大人って汚いよな。お前もそうなんだろっ」
「お前じゃないよ……私の名前は『ゆいな』って言うの。上条結菜。私……優斗くんの気持ち分かるよ」
「分かるわけないだろっ。適当なこと言うなよ!!」
「ううん。ホントに分かるの。だって私の時と同じだもん」
上条の家にいた頃は、よくそんな想いをしていた。お金にしか興味のない大人のことを軽蔑し、自分に近づいてくる大人が信用出来ないこともあった。
でも、今はそんな大人ばかりじゃないことも知っている。
それは広海のお陰でもあるし、周りの友達や一番近くにずっと一緒にいてくれたヒカルのお陰でもあった。
「同じって……?」
「私も優斗くんと同じ頃、パパとママを事故で亡くしてるから……でも、その後引き取ってくれたのがとってもいい人でね。汚い大人から私を守ってくれた。だからかな。優斗くんのこと放っておけないんだ」
結菜の心がチクリと痛んだ。本当はそれだけではないから。
空を助けるために、優斗を通して辻に近づくという目的もあったから……
「同じ……なの?結菜も同じだったの?」
「そう。優斗くんと同じだよ」
―――でも。嘘は言ってないよね……
結菜は心の中で言い訳をした。
少しずつだけれど、優斗の閉ざされた心が開きかけていることを感じながら、結菜は優斗のマンションを後にした。
「じいちゃんが日本に帰ってきてる」
それは優斗のマンションにご飯を作るという口実で通うことが続いたある日、優斗が言った一言だった。
「会いに行かないの?」
「別に……どうせまたすぐにあっちに行っちゃうから」
「だから会いに行くんじゃない?」
「私も一緒に行ってあげようか」と付け加えた後に後悔した。
自分は優斗を騙している。
嘘は言っていないにしても、辻に近づく為に優斗の傍にいるのは、やはり心が痛む。
「うん……結菜が一緒に行ってくれるなら、会いに行ってもいいかな」
そう言った優斗の顔をまともに見ることが出来なかった。
その日の夜―――
結菜が夕食の後片付けを終え、食事を取ったあと珍しく自室に籠っている優斗に「帰るからね」と声をかけようと部屋のドアをノックすると、ドアの向こうからは何も返答がない。
眠ってしまったのかと思い、そのまま帰ろうかと廊下を歩きだしたけれど、どうしても気になり優斗の部屋の前まで戻ると、そっと部屋のドアを開けた。
煌々と灯りが付きっぱなしになっている部屋のベッドの脇にうつ伏せで横たわっている優斗の姿があった。
「ちょ……大丈夫!?」
結菜は駆け寄り優斗を仰向けにすると、優斗の火照った頬に手を当てた。
「すごい熱……」
一緒に居たのに全然気づかなかった。
そんな気配は全く見せなかったのに。どうして……
「びょ、病院行こ。そうよね。取りあえず、病院……」
マンションの側に徳田が待機している。
結菜は徳田を呼ぼうと耳にいつも付けているイヤホンに手を当てた。
「……いい。びょう……いんには行かない……から」
優斗は結菜の手首を掴むと、連絡をすることを拒んだ。
「だって、すごい熱なんだよ。病院にいかないと」
「病院……行ったら爺ちゃんに連絡が行く……それはイヤだ」
「そんなこと言ったって……」
床には苦しそうに肩で息をしている優斗がぐったりと横たわっている。
―――どうしよう……
どうせなら元気な姿で会いたいだろう。病院に行けば必ず保護者に連絡が行く。
結菜は優斗をベッドに寝かせるとキッチンに戻り、氷枕を用意した。
そしてリビングの壁際にある電話の受話器をとると電話をかけ始めた。
「あの……小児科の塚原先生をお願いします」