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ジャンプ  作者: minami
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蓮 Side  4

 


 その日の夜は久しぶりにベッドの中で眠り夢を見た。


 あどけない表情で笑う上条が隣にいて、俺もつられて笑っている。

 薬指に光る指輪をなぞると、上条の腕が俺の首に絡んできて、俺はあいつの背中を愛おしく抱いた。

 ほのかに香る上条の甘い匂い。

 唇が髪に触れると、あいつの白い肌を探すように首元まで下ろし、それを押し付けた。

 くすぐったくて首を縮こませた上条が『あ……』と息を吐くと、もう自分を止められなくなる。


 初めて上条を抱いた夜―――


 加減が分からなくなるほど自分を見失った。

 今から考えれば、俺の下で小さく抵抗する上条を怖がらせただけの行為……

 経験など何も役には立たない。本気で好きな女を抱くときはこんなにも自分の心の中が露わになってしまうのかと自照したほど。


 余裕のない俺をあいつはどう思っただろう。


 ―――「今のお前見て、結菜はどう思うだろうな」


 ケイの言った言葉を思い返す。

 今の情けない俺の方があいつを幻滅させる。

 

 もう一度あの頃に戻れるのなら……

 もし、あの頃のように戻れるのなら、俺はどんなことだってやってやる。


 




 金もなく日本にも帰れなくなったケイは同じ部屋に泊まっていた。

「今日は違う部屋をとれよ」

「いいじゃんか。僕、蓮くんと一緒がいい」

 まったく朝からふざけやがって。


 昨日レストランでケイが話したこれからのこと……

 進藤や会社の奴らを認めさせ俺のすることに口出しさせないようにする。

 今の状況から言って、認めさせるなんか容易なことじゃないことぐらい分かっている。

 けど、もし認めさせることが出来たなら、堂々と上条に会えることが夢物語ではなくなる。

 その時、もしもあいつが省吾と一緒でも、そんなことは関係ない。俺は俺のやり方であいつを取り戻すだけだ。

 


 ホテルの部屋ではケイとの会話は最小限に留めていた。ケイの言ったように盗聴器が仕掛けられている可能性もある。

 部屋に帰ってから仕掛けてありそうな場所を探したが見つからず、今日、ホテルを移ろうかと考えていた。

「なあ。省吾のことだけどな」

 唐突にケイがそう切り出し、俺は無言で首を横に振った。

「これから進藤に会いに行ってくる」

「そうした方がいい。あのな、オレ蓮に言っておかないといけないことが……」

「帰ってきてから聞く。その方がいいだろ」

 ケイには悪いが、省吾の話は聞く気もなかった。

 ケイはここ数か月の上条を見てきたのだろう。日本でのあいつの様子を全て聞きたいけど、聞かない。それは俺の意地でもあった。

 

 再会出来たとき。どんなに上条の周りの環境が変わっていたとしても、俺の気持ちが変わることはない。






 それから俺は進藤に会い、名ばかりの社長としてではなく、きちんとした仕事をしていきたいと話をした。もちろん、本当の目的は伏せて……


 日本に帰りたがっていたケイも、日本の女は飽きたとかなんとか言って、ロスに残ると俺をサポートしてくれた。

 勉強に仕事にと寝る間も惜しんで動き続けても、思い描いている理想には少しも近づけない日々。

 ケイと意見が食い違い、その度に何時間も討論する。時には殴り合いの喧嘩になることも珍しくなかった。

 それでもケイは日本に帰らず俺に付き合ってくれる。言葉にしては言ったことはないけど、本当に感謝していた。



 その頃のホテル業界は頭打ちで、対策を練っても練っても、この不景気で思うように上がらない業績。

 俺とケイはその業績悪化を逆手に取ったビジネスを仕掛けた。

 独自のブランドを立ち上げ、経費を抑えるのに必死になっている所へ、どこよりも安くホテルの備品を提供する。

 それに加え、日本ではよくあるブティックホテル。要はラブホテルを高級化し、アミューズメントホテルとして全世界に向け仕掛けていった。

 発案者はケイ。海外ではそういうホテルはなく、日本で遊んでいた頃、外国の女をホテルに連れて行くとやけに喜んだという経験からの発想だった。

 ケイの女好きも時には役に立つ。


 試行錯誤し、カップルが利用するだけではなく家族連れや友達同士で利用しやすくしたのも俺とケイのアイデアだった。

 富裕層をターゲットとしているグループだけに、最初は進藤も難色を示していたが、予想以上の反響に認めざる終えなかったようだ。

 

 少しずつ前進している。

 人として男として少しでも強くなってあいつを必ず迎えに行く。


 決意は変わっていない。そう確認する暇もなく、次から次へとこなさなくてはいけない山積みの仕事。

 

 もう少し。

 あと少し……




 そうした生活が五年以上続いた頃、会社にとっても俺にとっても最大級のチャンスが訪れた。


「蓮。行くぞ」

「ケイ。先行っててくれ。進藤と話をつけてくる」

「そんな悠長なこと言ってっと、誰かに先を越される」

「そんなこと分かってるよ。絶対俺が契約させてみせる」

「頼もしい言葉だけどな。進藤よりも早く動かないと。そこんとこ分かってるのか?」

「ああ。進藤が契約したんじゃ何にもならない。ケイ。これがここでの最後の仕事になるかもな」

「ああ。お前はよくやったよ」

「それは成功してから言えよ」


 これが成功すれば進藤はもう何も言えない。

 堂々と日本に帰れる。


 すぐ目の前に広がった世界。俺の止まってしまった時間が動き出すのはあと少し……


 進藤もこれに賭けているのか内部の情報を一切上げてこなかった。これじゃ動きようがない。それは俺に日本に帰らせないように企んでいるとも考えられる。

 進藤は先に先にと人の心を読むのは得意ならしい。何年も進藤と会社の中で関わりを持ってそう感じていた。

 そしてもう一つ。進藤は仕事の成果は上げるが、やり方が荒い。

 もしこの商談も手荒なことをして潰れでもしたら……

 俺はそう危惧すると、一刻も早く進藤に会うために車を走らせた。



「交渉は難航しています。これが報告書です」

 拍子抜けするほど、進藤は全てを俺に公開した。

 何を企んでいるのか、この男は侮れない。

「何故今まで報告しなかった」

 椅子に座る俺を、立っている進藤の目線が見下ろす。

 少し後ろに下がると進藤は一礼した。

「社長の手を煩わせることはないかと考えまして」

「それはこの商談が今後の雨宮グループを左右し兼ねないものと分かっての意見なのか」

「いえ……」

「もういい。これは俺が引き継ぐ。進藤は手を引け」

 進藤は何も意見することなく部屋から出て行った。

 進藤にいいようにされていた頃と比べると形勢逆転したかに思える。

 でも油断はできない。

 俺は俺の言うことに反論することがなくなった進藤を訝しく勘ぐっていた。

 進藤のことは信用しないようにしている。進藤だけじゃない。

 全てのことを疑ってかかることも当たり前になっていた。

 そうしないと競争社会でトップに昇りつめることは出来ないとこの数年で学んだから。


 周りは敵ばかり。少しでも気を許すと足元を掬われる。

 そうやって俺はのし上がってきた。

 傍にいるケイですら信用しきれていない自分がいる……


 気を緩めると、深い深い孤独という闇に押しつぶされそうになる。


 そんな時には上条のことを思い出す。

 あいつはあの頃の俺の居場所を作ってくれた。

 何のために生まれてきたのか分からなくなった俺を救ってくれた。

 

 だから……


 俺はなんとしてもこの仕事を成功させ、あいつに逢いに日本に帰りたかった――――



 しかし、あの進藤が手こずった相手なだけに、そう上手くはいかない。

 狙っているのは雨宮グループだけではなく、候補に挙がっている数社と商談を進めている可能性もある。


 早く……

 どこよりも早く……






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