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ジャンプ  作者: minami
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キラキラ光るお空の星よ

 


 結菜は急いで早見の珈琲を入れ終わると、給湯室を後にした。

 ああいう話しにはついていけない。

 扉が閉まる瞬間に聞こえてきた言葉。


―――「社長の姪だか知らないけど、いい子ぶるのやめて欲しいわよね」


 なんだか高校生の時のことを思い出した。



「どうして人のこと悪く言いたい人がいるんだろ……」

 ボソリと呟いた結菜からマグカップを受け取ると大量のファイルと格闘していた早見が答えた。

「そりゃ~ん?なんでだろな。暇なんだろ」

「暇……ですか。早見さんはこんなに忙しいのに」

「世の中不公平だよな」

 早見は、がははっと豪快に笑い、またファイルに眼を通し始めた。



 働くというのは大変なことだ。ある程度の責任ものし掛かってくるし、ままならないことも多々ある。それを涼しい顔をしてこなしている広海のことを改めて尊敬していた。




 家に帰ると帰りを待ってくれていた空が飛び付いてきた。

「ママ~おかえりっ」

 結菜も空をギュッと抱きしめる。

「菜穂ちゃんの言うことちゃんと聞いてた?」

「うん。ソラ。お利口に待ってたよ~」

 嬉しそうに話す空の頭に手を乗せ、結菜は笑顔でポンポンと二度撫でた。


 蓮がよくこうしてくれていた。柔らかい表情をして、自分を丸ごと包み込んでくれているような。そんな幸せな気分にしてくれた。



「菜穂さん今日はソラのお迎えまで頼んでしまってすみませんでした」

「いいのよ。私のこと頼ってくれて嬉しいぐらいだもの」

 家のことを任せっきりのしている菜穂には、娘のことまで頼ることは出来ないと、極力自分だけでこなすようにしていた。

 でも。どうしても仕事で遅くなる時などは、時々は頼ってしまうこともある。熱が出たなどの急な時などは、菜穂に頼めないこともある。そんな時、なぜだか都合良く省吾から連絡があったりした。


 周りの人達に支えられて空はここまで大きくなった。


「ママ~忘れてないよね。明日オムライスだからねっ!」

 飛び切りの笑顔の空が下から覗き込んでいた。

「大丈夫。忘れてないよ」

 その言葉に空は安心したように、リビングのテーブルに広げてあったノートの前に座った。

「何書いてるの?」

 色鉛筆を持って絵を描いているのがチラリと見えた。

「これがね。ママでしょ。それで、これがヒロくん。菜穂ちゃんに、これはソラ!」

 上手に描けてるねと頭を撫でると、空は嬉しそうに笑った。


 空の笑顔を見るとホッとする。

 夢中になって絵を描く空が下を向くと、茶色い髪がサラリと頬を伝った。結菜はその髪を空の耳にかける。

 空は幼い頃の自分によく似ている。色素の薄い髪もそう。顔の輪郭。ニッと笑った時の口許。色鉛筆を持っている手の爪の形までそっくりだ。

 ただ……

 空が怒ったときは、時々ドキッとさせられる。


 黒い瞳の中に見える鋭い眼光――――


 最後に自分に向けた蓮の眼を思い出す……

 蓮の憎しみと哀しみが混ざった感情が心の中に突き刺さる……


 もう何年も前のことなのに、まるで昨日のことのようにあの場面が蘇ってしまう。


 





 次の日。結菜と空は約束だったオムライスを食べに出掛けた。

 空も約束を守っているのだろう。あれから幼稚園に行きたくないとは言わなくなった。

 小さい手を握り、長い坂をゆっくりと上る。

「ママ。ソラ疲れちゃった」

「もう少しだよ。頑張った後のオムライスはもっと美味しいよ」

励ましながら坂の途中にあるOMURASUの前まで辿り着いた。

 煉瓦造りの可愛い外観。入り口に置かれてあるポットには色取り取りの花々。あの頃と何も変わらないOMURASU……

 木の扉を開けると「いらっしゃい」と信子が笑顔で迎えてくれた。厨房からは何故か慌てたように拓郎がこちらを見ていた。

「結菜ちゃんが来るって聞いて、あの人朝から落ち着かなくって」

 拓郎に聞こえないように信子が笑いながら言った。

 ここへは久しぶりに訪れた。空と何度か来させてもらったけれど、仕事をしているとなかなか来られないのが現状だった。


 平日はOLや会社員が大半を占めているが、今日は土曜日ということもあって、お客のほとんどが学生。

 忙しい店内で邪魔にならないようにと、結菜は空と一緒に拓郎がいる厨房がよく見えるカウンターに座る。

 テーブルの間をクルクルとよく動いている信子に気遣い、結菜は慣れたように自分で空の分もお水を入れた。

「今日はバイトの人はお休みですか?」

 厨房でフライパンを巧みに操っている拓郎に尋ねてみた。

「今バイトはいないよ」

「え?いないって……それじゃ大変ですよね」

 いつものようにボソリと答える拓郎の言葉を賑やかな店内から聞き取ると、結菜は席を立った。




「手伝ってもらっちゃってごめんなさいね。ソラちゃんまで、お客さんの相手してもらって」

 慌ただしかったランチタイムが終わり、夜までの休憩時間に入った。

「ううん。ソラすっごく楽しかったよ」

 勿論働いたことなどない空だけど、結菜がオーダーを取りに行くと、空はその後に続いてお水を運んでいた。その可愛らしい店員さんに、お客さんの心も癒されたらしい。

「ソラちゃん。うちにバイトに来ない?」

 信子が空相手に真剣に詰め寄っている。

 結菜はただ可笑しくて傍で笑って見ていた。

 すると困っている空と信子の間に拓郎が入り、無言で空の前にスッと何か差し出した。

「うわぁ!ママ見て。パフェだよ~」

 イチゴジャムがクルクルと巻いたソフトクリームに絡みつき、上にはカットされたイチゴが花の咲くように並べられている。その横には二粒の葡萄とグラスに綺麗に挟まれたメロンまで乗っかっていた。

 食べてもいいの?と空は拓郎を見上げると拓郎は「ん」とだけ言って照れたようにまた厨房に帰っていった。

「良かったね。ほら、そんなに慌てて食べなくってもなくならないから大丈夫よ」

 結菜が口許に付いたクリームを拭くと、空はまたパフェに夢中になった。


「大きくなったわね。結菜ちゃん……よくここまで頑張ったわね」

 そう言って涙ぐんでいる信子に結菜は首を振った。

「いいえ。私一人がこの子を育ててるわけじゃないんです。みんながいるからソラはこんな笑顔でいられる……」

「結菜ちゃんが頑張ってるから、周りのみんなも協力してくれるのよ。でも、まあ。あなたがそんな謙虚な人だから、何かしてあげたくなるのかもね」

 信子は柔らかい笑みを浮かべながら、パフェを食べている空を見た。




 夜のお店が始まる前にOMURASUを後にした。

 お腹も満足気な空の手を引き、帰りにあの広場に寄り道する。

 公園につくと、空は待ちきれないように一人で駆け出し、滑り台やブランコで遊び始めた。

 前はただの広場だったのに、今は綺麗に整備された公園……

 街が見下ろせる場所まで行くと、結菜はオレンジ色に輝く夕日を眺めた。


「ママ。キレイだね」

 いつの間にか自分の横にいた空が小さな手を絡めてくる。


 何度ここにこうして蓮と並んでこの街を見下ろしただろう……

 降り注ぐ星を見上げただろう……


「ソラ……」

「なあに?」


-あなたのお父さんはね……

 

 言っては駄目だ―――

 喉元に出かかった言葉を涙と一緒に押し込めた。






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