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ジャンプ  作者: minami
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守りたいもの



「な、なに?」

 何かを疑っているケイに、首を傾げている結菜。

「結菜。まさか……嘘だろ?」

「だから。何のこと?」

 渋い顔をしたケイは、何も言わず奥の部屋から自分の荷物を持ってくると省吾に耳打ちした。

「すぐに戻ってくる。こいつを頼む」

 狭い部屋だから何を言ったのかは聞こえていた。

 ケイが出て行った後に省吾に尋ねてみる。

「ケイは何をしに出ていったのか省吾先輩知ってる?」

「…………さ、さあ」

 その間が怪しい。

 省吾は結菜を座らせると、自分でマグカップにお湯を注いだ。


 二人には分かっている?それは私のことで、それを私は気づかない……


「なんか気持ち悪い」

「え?トイレ行く?」

「その気持ち悪さじゃなくて」

「あの人が戻ってくれば分かるよ」

「え?」

「ほら。ケイっていう人」

「ああ」

 なんだかもやもやするけれど、ケイが帰ってくれば分かるという省吾の言葉を信じることにした。


 そして暫くしてケイが帰ってきた。

 コレと言って渡された紙袋の中を覗くと、長細い同じ箱がいくつも入っている。

「何コレ?」

「いいから、トイレに入って検査してこい」

「トイレって。ちょっと」

 説明も何もなく、ケイにトイレに押し込められてしまった。

 結局、ケイが帰ってきても何のことだか分からない。

 腹立たしい気持ちになりながらも、結菜はケイに渡された紙袋の中身を一つ出してみた。

「何?『妊娠検査薬』……ふうん……………………え?」

 もう一度読んでみる。

「『初めての方でも簡単』……何が……『生理が不規則な方』……だから何が?『妊娠検査薬』……………………ええええええええっ」

 トイレの中。一人で絶叫していた。

「もう結果出たのか?」

 ドアひとつ隔てた所にケイの声が聞こえる。

「な、なんで妊娠検査薬?」

「なんでって。お前あれから生理あったのかよ」

「生理っ!?そ、そんなことどうしてケイに……」

 パニックになっている頭の中で、なんとか振り返ってみる。

「恥ずかしがってる場合かよ。ったく。どうして男二人が気づいてんのに、お前だけ気付かないのかが不思議なんだけど?」

 明らかに呆れているケイの声。

「ケ、ケイ。どうしよう。生理遅れてる……全然、全く気づいてなかったよ。生理ない……」

「早く検査しろ」


 ドアの向こうで急かされながら検査を実行した。

 検査結果が出るまで1分~3分。マイナスになれば陰性。プラスになれば陽性……

 スティックを震える手で握り、瞳はギュッと硬く閉ざしていた。

 今は何も考えられない。陰性か陽性か、どちらかまだ分からないのだから。

 暫く経って、そろりと瞼を開けてみた。




「結菜。どうだった?」


「ケイ……どうしよ」


 トイレのドアを開けた結菜は結果を待っていたケイと省吾を交互に見た。


「どうしようって。で?どっちだ?」

「……うん。陽性……」


「……やっぱ……な」


 三人はそのまま黙ってしまった。

 

 結菜は自分のお腹に手を置いてみた。

 お腹の中に蓮との赤ちゃんがいる。

 少しずつ実感してくる。

 まだまだ小さいけれど、今確実に自分のお腹の中で育っている。


「どうしよ……どうしよう。嬉しい。すごく嬉しい」

「結菜……」

 

「結菜ちゃん。蓮くんに伝えた方がいいよ」

「…………」

「言わないつもり?」


 普通だったら一番に報告するのは蓮だろう。

 こんなかたちで知ることだってなかったのかもしれない。

 でも。そう……蓮と自分は普通じゃない。

 一緒にはなれない運命なのだから。


「伝えたいよ。でも、言えないの」

 そのことはケイもよく分かっている。

 あの進藤に、自分は雨宮グループにとって必要がないと言い切られたのだ。その自分に、蓮との子供が出来たとなれば、進藤がどう動くのか大体予想はできる。

 蓮との子供だということは雨宮グループの跡取りということになる。

 進藤にこの子を取られるか、最悪消されるか―――

 

 ケイは状況を知らない省吾に雨宮グループの内々の話しを聞かせた。

 結菜の妊娠まで省吾が知った以上。味方に付けておくしかないと考えてのことだろう。


「進藤が知ったら……やばいな」

「私産みたいよ。この子を守りたい」

 でも、どうやって守ったらいいのか分からない……

 絶対に進藤に知られるわけにはいかないのに、いい方法が思いつかない。


「それじゃ、この子は蓮くんの子供じゃないことにすればいいんだよ」

「え?」

 省吾からの提案。

 そんなこと考えもしなかった。

「でもどうやって」

「僕に考えがあるんだ。病院に行くのはもう少し先にして、予定日を一ヶ月ずらして申請してもらう。赤ちゃんは40週で産まれるんだけど、36週で産んだことにする。実際は40週だけどね。一ヶ月ずれてたら、その進藤って人も蓮くんの子だって思わないんじゃないかな」

「でも。そんなこと出来るの?」

「大丈夫。信頼できる産科の先生知ってるから」

 確かにそうできたら守れるかも知れない。

 進藤だってそういうことは完璧に調べるだろう。その裏をかけば……

「そう出来たとしてだな。だったら、父親はどうするんだよ」


「父親には僕がなるよ」


 いつもの爽やかな笑顔で当然のように省吾は言った。


「え?や。そんな先輩に迷惑掛けられない」

「お前。今自分が言ったことがどういうことか分かってんのかよ」


 狼狽える結菜とケイに省吾は冷静に話しを続ける。


「もちろん理解してる。この状況で父親役は僕しかいないでしょ」


 確かにそうだ……

 ケイが父親役だと、どうも嘘っぽくなる。進藤にもきっと疑われる。

 反対に省吾だと、妙にリアルに思えるのは自分だけだろうか。


「仕方ない。お前にその役は任せる。その代わり、絶対にこのことは口外するな」


 結菜も納得して省吾に任せることにした。


「結菜。その前にやらないといけないことがある。分かってるな」

「うん。大丈夫。ちゃんと上手くやるから」


 日曜日。蓮に会いに行く。

 

 別れるために……

 そしてこの子を守るために……


「ゴメンね」


 自分の中に宿った小さな命にも謝ることしかできない。


 この子が無事に産まれて大きくなったら……

 そしたら本当の父親と会わせてあげられるだろうか。


 ヒカルがそうだったように。


 結菜は優しく自分のお腹をさすった。





 




 日曜日――――


 迎えに来たケイの車に乗って空港に向かう。

 空港が近づいてくると、緊張がピークに達した。

 蓮はどんな顔をするだろう。そしてどんな言葉が返ってくるのだろう。

 そう考えると胃が痛くなってくる。

「気持ち悪い」

「頼むから、蓮の前で妊娠の兆候をみせるなよ」

「うん。それはもちろん」

 蓮に知れればこの子はすぐに危険に直面することになる。知ったら蓮はきっと自分のことを離さない。そうなれば、進藤は黙ってはいない……

「はあ」

 考えれば考えるほど憂鬱になっていく。

 あれほど会いたかった蓮に会いに行くというのに―――



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