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ジャンプ  作者: minami
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蓮のために

 


 OMURASUでバイトを初めて今日で4日目。

 元々は夫婦二人で切り盛りしていたお店も、オムライスの美味しさが口コミで評判になったことと、近くにオフィスビルができ、お昼のランチや夜は仕事帰りのOLたちで賑わったことでバイトを二人雇っていたらしい。でも、そのバイトをしていた学生が二人とも年末でやめてしまって困っていたところだったと、気の良い優しそうな奥さんが話してくれた。

 夫婦の歳は40後半ぐらいだろうか。フロアーを取り仕切っている奥さんは、気さくによく話しかけてきてくれるが、一日中厨房にいて料理を作っているご主人は無口な人だった。

 見た目も頬の辺りまである髭面でなんだか近寄りがたい風貌。バイトに入って4日目の今日も、一言も話さずに仕事が終わろうとしていた。


「結菜ちゃんは明日から学校ね」

最後の掃除も終わり、三人で主人の拓郎が作ったまかないを食べていた。

「はい。でも2日行けばまた土日で学校も休みだから、夜だけじゃなくってお昼も入れます」

「そんなに無理しなくてもいいのよ」

「いえ。ここのバイト楽しいんです。それに、帰って一人でご飯食べなくていいし……こうやって誰かと食べるご飯は美味しいですね」

「結菜ちゃん……」

 一日中動きっぱなしだからお腹も空くのか、あんなに食欲がなかったのが嘘のように箸が進む。

 それに、無口な拓郎が作ったまかないはいつも美味しかった。


「日曜は休みだ……」


 いつもは言葉を発しない拓郎がボソリと呟いた。

 もしかすると、初めて声を聞いたような気がする。

「ああ。そうね。ここは日曜お休みだから、間違って来ちゃだめよ」

 奥さんの信子は気にする様子もなく、豪快に笑っている。

 

 日曜……

 その日は蓮がアメリカに行ってしまう日―――


 

 一日中の立ち仕事を終え疲れきった身体で一人暮らすおんぼろアパートに帰って来た。

 結菜は部屋にはいると、バッグを床に置く。外気と変わらない冷え切った部屋の中。エアコンを起動させると、たたんである布団にもたれかかった。

 疲れとお腹の満腹さで眠気が襲ってくる。

「お風呂入ろうかな……」

 誰もいない部屋で独り言を言ってみた。


「結菜ちゃんいる?」

 起きあがろうとしながらも、結局うとうとしていると、部屋の外から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「先輩?」

 どうしたの?とドアを開けた。

「ごめん。疲れてるのに。お店に行こうと思ってたんだけど、忙しくてなかなか行けなくて。バイトどう?もう慣れた?」

 省吾は心配して来てくれたらしい。

「うん。お店のご夫婦は優しいし、オムライスを美味しそうに食べてくれるお客さんを見るのも嬉しいよ」

 結菜はヤカンを火にかけた。

 省吾は折りたたみのテーブルの前に座って台所に立っている結菜を見た。

「それなら良かったよ。顔色もいいみたいだし」

「うん……心配かけてごめんね」

 省吾だって忙しいのに、気に掛けてもらうばかり……

 忙しい合間を縫って様子を見に来てくれる省吾に、申し訳ない思いで一杯だった。

 

 ヤカンの口から湯気が上り、蒸気が勢いよくなると、ピーッと笛のような音が鳴る。

 結菜はガスの火を止めると、用意してあったマグカップにお湯を注ぐためにヤカンを持ち上げた。

「結菜。いるか」

 今度はケイの声が台所の窓外から聞こえた。

 省吾が部屋の中にいる事でまたケイに何か言われそうだと思い、省吾の靴が見えないように端に寄せた。

「な、なに?」

「ちょっといいか」

「あ……じゃ。外で話す?」

 なるべくなら平穏無事に帰ってほしい。

「あ?このクソ寒みいのに?」

 冗談だろ。とケイは結菜を押しのけて部屋に入ってきた。

 ああ……もう。

 きっと平穏ではなくなる。


「へえ。こんな時間に二人は何をしてたのかな」

 部屋にいる省吾を見付けるなり、さっそくケイは小姑のように嫌味を言う。

「先輩は私を心配して来てくれたの。ケイは何の用?」

「心配ねえ……」

 その目は明らかに何かを疑っていた。

「で!何?」

 結菜が催促するように言うと、ケイは省吾のいる部屋に入り、ドカッとその場に座った。


「お前は帰れ」

「いえ。居ます」

 結菜がコーヒーを淹れようと台所に立っていると、すぐそこの部屋の中では男二人が火花を散らせていた。

「あのね。ケンカするなら帰ってくれる?」

「あ……ごめん」

 結菜を見た省吾はハッとして、それから小さく身体を縮めた。

「先輩じゃなくてケイに言ったの」

 結菜は省吾の前に座るケイをジロッと睨んだ。

「ハイハイ。分かったよ。とっとと話して、そんで帰るとするか」

 これ以上省吾に喧嘩を売ろうものなら、結菜に本当に追い出されそうな気がしたのか、ケイは観念して話し始めた。


「結菜……蓮と別れて正解だったかも」

「え……」

 再びヤカンを持った手が止まる。

「お前が進藤のこと気にしてたからさ。進藤のことを詳しく調べた」

「それで?」

「あいつ。裏の組織と繋がっていやがった」

 ヤカンの取っ手を掴んでいた手が小刻みに震える。

 どうして?

 亡くなった蓮の父親の無念をはらすため、進藤が裏の組織と縁が切れるように動き回っていたのではなかったのか?

「それじゃ。蓮くんは?進藤さんのことを信用して一緒にいる蓮くんはどうなるの……?」

 後ろを振り返れない。

 蓮とは会わないと言った以上、こんな顔は見せられない。

「蓮には言ったさ。でもな。あいつ、それでも進藤についてアメリカに行くって聞かない」

「どうして。そんな……」

「オレが結菜に蓮に会えってしつこく言ってたのはな。あいつ、お前と別れるとダメ人間になっちまう。前のこともあるから大体分かるだろ?それが、前の時より酷い。だからな……これはオレからの頼みごとなんだけどな。結菜。蓮と会って、お前の方からきっちり別れてやってくれないか?」

 背中を向けたまま結菜は無言で立っていた。


 何も言い返すことが出来ない。

 喉の奥がキュッと狭くなる。

 

「私が……ちゃんと蓮くんと別れたら、蓮くんはアメリカに行かないの?」

「いや。それは分らねえ。けど、ちゃんと自分自身を見つめることは出来るかもな」

「…………」

「あのな。今の蓮はお前を忘れることが出来なくて、仕事にのめり込んでる。夜も寝ずに仕事ばっかしてる。誰の言うことも聞きゃあしない。だから、あいつからお前を忘れさせてやってくれないか。結菜はもう蓮に会うつもりはねえんだろ」


 結菜はギュッと唇を噛み締めた。


 ずっと忘れて欲しくない。これからも私のことを思い出して生きていって欲しい……

 それさえも許されないの?



「そんなこと、結菜ちゃんに押しつけないでよ」


 黙って聞いていた省吾が割って入った。

「お前には関係ないだろ」

「あなただって部外者だと思うけど」

 背中で感じる二人の緊迫した空気。

 それでも結菜はその場に立ちつくしていた。

「それは単に蓮くんが弱いだけでしょ。結菜ちゃんだって辛いのに」

「おま……ホント黙れ」

 ケイは蓮のことを弟のように思っている。だから今の蓮が心配で仕方ない。

 そんなこと分かっている。


 自分自身はどうだろう。

 もしも、そうすることで蓮が救われるのなら……?

 もしそうなら、何だって辛くはない。

 そう……

 なんだってやってやる!


 結菜は大きく深呼吸し、動揺した心を静めると後ろを振り返った。

「ケイ分かったよ。蓮くんに会ってちゃんと別れてくるから心配しないで」

 無理矢理の笑顔。

「結菜。言っとくけど、蓮はちょっとやそっとのことじゃ信じないぜ」

「分かってるよ」

「結菜ちゃん……それでいいの?」

「うん」

 お湯冷めちゃったね。とまたヤカンに火をかけた。

 それが蓮の為なら、何だって出来る。


 三個並んだマグカップに沸いたお湯を注ぐ。

 湯気と一緒に、コーヒーの臭いが鼻を突いた。

「う……」

 急に気分が悪くなる。

 慌てて洗面所に駆け込み、水道の蛇口を捻った。


-なんだろ。


 最近は調子良かったのに。

 疲れからくる嘔吐?それとも食べ過ぎ?


 洗面所から出ると、心配そうな二人の顔が並んでいた。


「結菜……おまえ、まさか」


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