守られる手の温かさ
「爆弾!?」
すぐに揺れは収まった。
「大きな口を叩いてこれだけの威力か」
近くでヒカルの声が聞こえる。
結菜は気がつくと蓮に抱きしめられ、蓮と自分に覆い被さるようにヒカルがいた。
大きな爆音には驚いたものの、倉庫の中は所々亀裂が入った程度。ホッと胸を撫で下ろした。
「はははっ。こんなに上手くいくとは思わなかった」
「なっ!?」
転がっている池沢は何が可笑しいのか、くくくっと身体を丸めて笑っている。
「これは実験だよ。最後に来るのはこの10倍の威力。完璧にこの倉庫が吹き飛ぶね」
10倍……
先程の爆発もかなりの揺れがあった。それは池沢の言うように完全に倉庫が粉々になってしまうだろう。
「とめろ!お前その爆発止めろよ!」
「もう誰にも止められない。作った僕にだって止められない。みんなここで死ぬんだよ」
そう言うと池沢は狂ったように笑い出した。
「くそっ!とにかく出口まで行くぞ」
ヒカルの言葉に蓮と結菜、そして紫苑は階段に向かった。
階段を下りていたその時に二度目の爆発音が鳴った。足を踏み外しそうなほどの揺れに耐えながら一気に階段を駆け下りる。揺れだけではない。上からは天井が全部落ちてきそうな程コンクリートの破片が降ってくる。
階段を下りてからはもう一歩も動けず後ろから蓮に身体を掴まれるとその場に蹲り、守られるよう抱きしめられた。
またすぐに揺れが収まると結菜は立ち上がって辺りを見回した。
黙々と煙が立ちこめている倉庫の中がうっすらと見える。積み重なっていた機材や木材などは崩れ、崩れた天井から落ちてきたコンクリートが至る所に転がっていた。通路も塞がれ、ここから出る扉も色んな物が覆い被さり通れない状況だった。
「上条!ケガはないか!?」
「うん……こほっ。大丈夫。みんなは……」
きな臭さと粉塵が喉と目をチクリチクリと襲ってくる。結菜は袖で鼻と口を押さえながらヒカルと紫苑を探した。自分たちと同じでヒカル達も動けなかったはず。そう遠くにはいない。
「ヒカル!紫苑!」
狭い視界の中で二人の名前を呼ぶ。
「ユイちゃん……」
呼びかけに離れたところから紫苑の声が返ってきた。
「紫苑!大丈夫!?」
瓦礫を気にしながら声のした方に向かって歩くと、紫苑が足を引きずりながら歩いていた。紫苑は階段から足を踏み外し、上から落ちて飛ばされたと言った。ヒカルは紫苑の後ろにいたから、もしかすると紫苑と同じように上から落ちてしまったのかもしれない。
瓦礫の陰にも目を凝らしてヒカルを探すが見付けることができない。離れたところを探していた蓮も見付けられなかったようで結菜の傍に戻ってきた。
「ヒカル。ケガしてるのかな……」
いくら運動神経が良いからと言ってもあんな状態だとそれも無意味だろう。紫苑だって怪我をしているぐらいだ。
結菜は急に不安になった。
「上にいるのかもな」
蓮が上を見上げると結菜はすぐに下りてきた階段を駆け上がった。
「ヒカル!居るの?」
またいつ池沢が仕掛けた爆弾が爆発するのか分からない状況だけれど、ヒカルを置いてここから出るなんて考えられない。
「上条!無茶するな!」
後ろから蓮が追いかけてきた。
「ヒカル……」
階段を上がった奥に仰向けで倒れた人の足だけが見えた。近づき顔を確認するとそれはやっぱりヒカルで、結菜は傍にしゃがみ込むとヒカルの肩を揺さぶりながら何度も名前を呼んだ。
「……ゆ…いな?」
「よかった。ヒカル?分かる?」
目を開けたヒカルの瞳孔はしばらく定まらなかったけれど、起きあがり自分で首を振って正気に戻している。
「ぃてっ……」
ヒカルは頭を打ったようで後ろ頭を押さえ苦痛の表情をしていた。
「おい。時間がない。歩けるか?」
蓮が手を伸ばすと、ヒカルはよたつきながらも立ち上がった。二度目の爆発は1度目のすぐ後だったから、三度目があるとすればもうすぐ爆発してしまうかもしれない。
ヒカルが蓮の肩に手を回し支えられながら歩いていた。一刻も早くこの場から逃げなければいけない。みんなそう思っていた。
「大変だ!ば、爆弾がある!」
下にいた紫苑がそう叫んだ。結菜は爆風で歪んだ柵に手を置き下を覗くと、紫苑の指さした方向に何か機械のような物体が瓦礫の中に埋まっているのが見えた。
「紫苑!離れて!」
「これ。止められるかもしれないよ。蓮くん。手を貸して」
発見した爆弾を眺めていた紫苑はそう言うと、心配そうに振り返った結菜に蓮は「大丈夫だから」とヒカルを結菜に預けて先に階段を下りていった。
「爆弾は誰にも止められないって言ってたよね」
「あいつなりに考えがあるんだろ。蓮が心配か?」
「心配だよ。ヒカルだって……ホントに心配したんだから!」
ヒカルの腕を自分の肩に回すと、ゆっくりと階段に向かって歩き出した。
「この爆弾。あと、15分で爆発する!それまでにヒカルと上条は外に出ろ」
「そんなこと出来ないよ!まだ時間があるんだったら、みんな一緒にここを出よ!」
爆弾を弄っていて、もし間違って爆発でもしたらと思うと恐ろしい。
「紫苑が言ったように止められるかもしれないんだ。案外単純な構造してる」
「無茶はやめて!」
そんなことはどうでもいい。すぐにでもここから脱出することが先決なのに。
「紫苑と蓮に任せとけば大丈夫だ」
一歩階段を下りるとヒカルはまた顔を歪ませた。
「どこか痛むの?」
「ちょっとな……でも歩ける」
痛みを我慢しているのが伝わってくる。結菜は出来るだけヒカルを支えようと手に力を入れた。
その時だった――――
銃声が聞こえ振り返ると、縛られていたはずの池沢の縄が解け、奪ったはずの銃を構えて立っている。
銃弾は結菜の頬をかすっていた。
「どうして……」
頬のぴりぴりとした痛さが徐々に脳に伝わる。
「二人には絶望を味わってもらうって言ったよね」
「おまえ……」
「目の前で妹を殺されたらお前はどうする?」
下にいる蓮が銃声に驚き、大声で自分を呼ぶ声が近づいてくる。
池沢と対面している結菜とヒカルに張りつめた空気が流れていた。銃口を向けられて一歩も動くことが出来ない。池沢が本気だということがより自分の中の恐怖を引きずり出していた。
爆弾が爆発するまで時間がない。ここから出られたとしてもより遠くに逃げられるのかも分からない。そんな制限された時間の中にいるのに、池沢にピストルを向けられ足止めをされている。
殺されるかもしれないという目の前の現実で頭から血の気が引いていく。
池沢の人さし指が引き金をゆっくりと引いていった―――
何度か聞いた銃声がボロボロになった倉庫の中に鳴り響く。結菜は眼を固く瞑りそして覚悟を決めた……
-…………い、た……くない?
目を開けて自分の身体を確認する。どこも銃痕らしきものは見あたらなかった。
「ヒカル……お前……」
声の聞こえた池沢の方を見るが何かが自分の前に立ちはだかっていて見ることが出来ない。
-何?
すぐには状況が理解できなかった。
そしてまた銃声が鳴り響いた。
どすっと倒れる音がすると、目の前にあった壁もなくなりその向こうに池沢が倒れている。
「上条!」
そこへ蓮が駆け付けると結菜を抱きしめた。
結菜は蓮に抱きしめられながら下にいる紫苑に目をやった。紫苑は銃を池沢に向けている。そしてその銃を下ろすところだった。
紫苑が池沢を撃ったのだとその時分かった。それじゃ、その前の銃声は?自分に向けられていた池沢のピストルから放たれた銃弾はどこにいったのだろう……
自分を抱きしめている蓮の身体が震えていた。
「蓮くん?」
結菜はもう一度池沢を見てそして足下に視線を移した。
そこにはうつ伏せで倒れているヒカルがいた――――