後悔のその先
結菜の叫び声……
その理由がわかるとヒカルはリビングにある物を手当たり次第に壊した。
物にあたった所で結菜が帰ってくる訳じゃない。
でも。この怒りをどこかにぶつけなければ自分がおかしくなってしまいそうだった……
「クソっ。なんでだよ……くそぉぉぉぉ――――!!!!」
投げたテレビのリモコンが食器棚にあたりガラスの割れる音が聞こえた。
「俺のせいだ……俺のせいで」
蓮は自分自身を責めている。
「俺が一人にさえしなきゃこんなことにはならなかったのに。あいつはあの時離れたくないって顔をしてた。それなのに俺は……」
真っ暗になったテレビの画面には自分を責めている蓮と泣いている自分の情けない顔が映りこんでいた。
あの男の話を蓮から聞いた。その頃の自分は喧嘩や言い合いなんか日常茶飯事だったから池沢という男の事など全く記憶にない。
覚えていないとはいえ、中学生の時の自分がやったことに結菜が巻き込まれ、辛い思いをしていると思うといたたまれなくなってくる。後悔しているのは蓮だけじゃない。自分もまた過去にしてしまった出来事に後悔の念を抱いていた。
「あなた達が悪いんじゃないわ……」
「広海」
「派手に暴れたわね。それにしても、厄介なことになったわ」
警察に行くと言って出ていった広海が思っていたよりも早く帰ってきた。
「警察は結菜のこと見付けてくれるのかよ!!」
「それがね。警察に行く前に電話があったのよ」
「紫苑からか?」
「池沢とか言ったかしら?警察に行くと結菜ちゃんの命はないって言ってたわ……ねえ。どうして私が警察に行くこと知ってたのかしら?」
三人は部屋の中を見回した。
「ここが盗聴か盗撮されてるってことか」
蓮がボソリとそう言うと「クソッ」とぶつける相手もない拳を握った。
そらからすぐのことだった。
ピッピッ……
蓮のパソコンから結菜の携帯電話の在処を指した点滅音が聞こえてきたのは……
「行くぞ。蓮」
「ああ」
ここに結菜がいる―――
二人が立ち上がると広海はドアに立ち塞がって両手を広げた。
「こんなのあなたたちをおびき寄せる罠に決まってるでしょ!!少し冷静になりなさい」
「罠だろうがなんだろうが、行けば何か分かるかもしれないだろ!何も出来ずにただここでじっとしてるよりマシだ!!」
「広海さん。俺たちを行かせてください。お願いします」
蓮も必死な顔で広海に訴えかけた。
「だ……だめよ。二人にまで何かあったらどうするのよ!そんなのだめに決まってるじゃない!」
「広海!!結菜は俺たちを待ってる。俺と蓮が助けに来てくれるって待ってるんだ。あんなところから早く解放してやりたいんだよ」
広海の顔を見ながら大粒の涙がボロボロと落ちていく。1秒でも早く結菜に会いたい……
「私も反対です」
広海の後ろから進藤が現れた。
「進藤。おまえ……」
「広海さんの言う通りです。あなたがたは行くべきではない。会長の代わりは蓮さん、あなたしかいないのですよ。それを分かっているのですか」
「今そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「今だから言うのです」
進藤は冷淡な眼をしていた。この男にとって結菜のことなどどうでもいいのだろう。進藤は会社を守ることしか頭にない。
「蓮はここに残れ。結菜を助け出すのは俺だけで十分だ」
こうしてごちゃごちゃと話している間にもまた結菜が何かされているんじゃないのかと気が気ではない。
「俺も行くに決まってんだろ!進藤。頼むから行かせてくれ。あいつを無事に助け出したらお前の思うとおりに動いてやる」
「その言葉、お忘れにならないように」
蓮にその言葉を言わせたかったかのように、進藤はすんなりと聞き入れた。
そして、心配する広海を尻目に二人は進藤の車に飛び乗った。
こんなことになってから気付いたことがある。
結菜のことを心配する気持ちは勿論、紫苑たちへの怒りも強いけど、それよりは明らかに違う感情があるということに……
「なあ蓮、俺……やっぱ結菜に自分の気持ちを伝えようと思うんだ。結菜が蓮のことを好きだとしてもそんなこと関係ない。俺は結菜が好きだってことをあいつに知っていてもらいたい」
ハリウッドに行って離れ離れになっても、頭の片隅にでもいいから思い出してもらえたら……それだけでいい。多くは望まない。
「俺から取る気かよ?」
「そんな気ねえよ」
「冗談だよ。俺が言い出したことだしな。本当はもっと早いうちに告ってほしかったけど」
車は街を外れ暗い夜道を走っていた。街灯もまばらになっていく。
好きだと言ったら結菜はどんな顔をするだろうか……
いや。そんなことより今は結菜を無事に救出すること。
「ヒカル。みんな無事で家に帰ろうぜ」
「ああ……」
帰ったら結菜に煮込みハンバーグを作ってもらおう。広海がいて蓮がいて、そして結菜の笑顔があって。みんなで食卓を囲んでどうでもいい話題で盛り上がって笑う。そんな日常に戻るだけ。
蓮がうちに来てから二人を避けていたことを勿体なく思った。すぐそこに結菜はいたのに……それなのに大好きな結菜の笑顔を見ようともしなかった。
-バカだよな……
「これからもいつでもみられるよな」
「何を?」
「結菜の笑顔」
「ああ。俺が隣にいるからな」
自信満々にいう蓮をもう羨ましく思わない。
もう迷わない。
俺は結菜の幸せだけを願う―――
海の近くにある古びた建物の前で車は止まった。暗闇に浮かんでいる建物は三階建てほどで中央に大きなシャッターが付いた倉庫のようだった。
ここに結菜がいる……
「行くぞ」
きっと自分たちが来たことはすでに知られているだろう。
これから何が待ち受けているのか想像したくはないけど、結菜が無事でさえあれば後はなんだっていい。
建物に入るとすぐに携帯電話が鳴った。ディスプレーには結菜と表示されている。
『やっと来たね。待ちくたびれたよ』
それは池沢の声だった。
「結菜は無事なんだろうな」
『……それはどうかな。自分で確かめてみれば?まあ。ここまでたどり着けたらだけどね』
そう言って笑いを残しながら電話が切れた。
「蓮」
「ああ。分かってる」
何事もすんなりと簡単にはいかないみたいだ。
ヒカルと蓮は床に転がっていた鉄パイプを拾いあげると肩に担いだ。
狭い通路の向こう側から襲ってくる男を次々と倒していく。戦闘もののゲームのような感覚にも似た光景。この雑魚たちを倒せばボスに辿り着く。
前にいたヒカルが相手の攻撃をかわすと、後ろにいた蓮が蹴りを入れ、敵を倒した。持っている鉄パイプを使わなくても楽勝なようにすんなりと敵の男たちがやられていく。
建物の奥に進み広い場所に出ると一人ずつしか襲えなかった男たちがまとめてかかってきた。相手も同じように武器を持っている。
「蓮。そっち頼む」
「言われなくても全員倒してやるよ」
ここに待ち構えていた男は喧嘩慣れしているようで、何発か鉄パイプや向けられたナイフが顔や肩をかすった。蓮も苦戦しているようだった。
「くっ」
ここを超えるときっと池沢と紫苑がいる場所にたどり着く。
残った精一杯の力を込め、最後の相手の顔を殴った。蓮も自分も暴れ回って肩で息をしている。服も所々破れ、腕や顔には擦り傷や青あざが見えた。
「今んとこ、お互い無事みたいだな」
殴られた頬が赤くなった蓮が口許を上げて笑った。
「これからが本番だ」
いつの間にか手から離れた鉄パイプをまた拾い上げるとそれを引きずりながら歩いた。
もうすぐファイナルステージに到達する。
そこをクリアすれば囚われた姫を助け出すことができる。
ドアを開けるとそこには送られてきたディスクの中と同じ光景が広がっていた。乱雑に積み重ねられた機材。ほこりっぽく重苦しくい空気が身体にまとわりついてくるようだった。
映像では奥へ足を進めるとそこに結菜がいる。
「ようこそ。君たちの墓場へ」
結菜がいた場所に池沢が立っていた。
池沢の後ろには、テープで口を塞がれ身体を拘束された結菜が、自分たちよりもボロボロになった姿で紫苑に支えられながら無理矢理立たされている。
「上条っ―――」
蓮が結菜に近づこうとすると、池沢はゆっくりと拳銃を蓮に向けた。
「おっと。動くと撃っちゃうよ」
蓮の動きが止まるのを満足そうに見ると、池沢は半歩下がりその銃口を今度は結菜に向けた。