過去の犠牲者
夢を見ていた。
キラキラした太陽の下でみんなが笑っていた。
純平とマユとアッキー。そして綾とヒカルと省吾。ケイの隣では蓮が笑っている。
そこへ広海も参加すると広海の父親の義郎が現れ、戸惑った顔をした広海もそのうち笑顔に変わった。広海を見た義郎も笑っている。
みんなが幸せそうに笑っている。
その笑顔で心が癒され、また笑顔になる―――
「僕もいいかな」
遠くから眺めていた紫苑もみんなの笑顔に引きつけられたようにこっちに近づいてきた。
「もちろん」
私がそう言うと、ヒカルと蓮の顔が一変した。
「なんでこんな奴を仲間にするんだ!」
「紫苑はここには来られない!」
「あっちへ行け!!」
鬼のような顔の二人に戸惑い、そして悲しくなった。
「どうしてそんなこと言うの?紫苑だって仲間になりたいんだよ。笑顔になりたいんだよ。幸せになりたいんだよ」
温かかった心の中が涙で冷えていくのを感じていた。
「いいんだ。僕は幸せになっちゃいけないんだ。分かってるよ。だからユイちゃん……」
「紫苑?」
悲しそうな顔……
「僕と一緒に地獄に行こうよ。もちろん来てくれるよね」
紫苑に掴まれた手首が痛くて振りほどこうともがいても、それが外れることはなかった。
そして―――
突然立っていた地面が無くなると、紫苑に腕を掴まれたまま地中に落ちていった。
「わっ」
高いところから落ちるようにフワッとした気持ち悪い感触に目が覚めた。
「やっと起きた?」
紫苑の顔が夢の中の悲しい顔をした紫苑と重なると、ぼやっとした目の焦点が合ってきた。
「紫苑?どうして……」
「教室からユイちゃんをさらってきた。覚えてる?」
「あ……」
―――『すぐ戻ってくるから待ってて』
そう言った蓮の顔を思い出した。
「私。帰らなきゃ」
「何言ってるの?」
「だって蓮くんが待ってる。教室で待ってるの……だから帰らなきゃ」
固いコンクリートの地面から起きあがると、ジャラリと冷たく固い物に手首の動きを遮られた。右手に視線を落とすと、壁から出た管と手錠で繋がっている。
「何これ……」
「逃げられないようにね」
埃っぽい古い倉庫のような建物の中。周りには廃材が積まれていて油のような重い臭いが漂っている。そこで二人の声だけが響いていた。
「外して」
「だめだよ。もう引き返せないんだ」
――― 一緒に地獄に堕ちよう。
紫苑にそう言われているみたいで背筋に寒気が走った。
「今ならまだ間に合う。ヒカルと蓮くんには紫苑のことは言わない。私が勝手に居なくなったことにしておくから、だから私を解放して」
「分からないかな。もう僕にはこうするしか方法はないんだ」
夢の中と同じような悲しい顔。
「どうして?紫苑だって帰る場所があるでしょ?」
「もうない……僕を必要としてる人なんてどこにもいない」
「何が……何があったの?」
姿を消していたこの数ヶ月。
いったい何があったというのだろうか……
「来たよ。上条義郎が。それで志摩子さんの態度も変わってしまった。僕は志摩子さんの為を思ってあんな行動を起こしたのに……違う。確かに憎しみもあった。上条義郎に対する憎しみがあったよ。でも志摩子さんの為でもあったんだ。なのに……酷いよ」
今にも泣きそうな紫苑の声を、結菜は黙って聞いていた。
「僕はもう用無しなんだ。志摩子さんにとって僕はいらない存在なんだ」
「紫苑……」
「でもまだ諦めたわけじゃない。志摩子さんに認められる人間になってやる。認められてまた僕のことが必要だって思ってもらうんだ。ユイちゃん。志摩子さんに認められるためにはどうしたらいいか分かる?」
「…………」
「君が上条家から消えるんだよ。そうすれば上条義郎はもうお終いだ。上条財閥は志摩子さんのものになる。志摩子さんもきっと喜んでくれる」
くくくっと肩を揺らして笑っていた。悪魔のような顔をして……
「紫苑それであの人が喜んでくれるって本気で思ってるの?」
「ああ。そうだよ」
「それに、私が居なくなったって上条財閥は志摩子おばさまのものにはならない」
「黙れ!」
「紫苑はあの人に利用されてるだけよ。どうしてそれが分からないの!?」
「うるさい!!」
パンという音が響いて、一瞬で口の中に血の味が広がった。
殴られたって怯まない。
「紫苑。これ以上罪を増やすのは止めて。今ならまだ間に合うから。私からお爺さまに話しをしたっていい。お爺さまがおばさまに何て言ったのか知らないけど、きっと何か良い方法があるはずよ」
「ユイちゃんのお人好し、相変わらずだね。みんなが幸せになれるって本気で思ってるの?世間知らずもいいところ……」
そう言って紫苑は馬鹿にしたように笑った。
「そう思ったらいけない?私だって分からない。紫苑はなんで自分から不幸になりに行くのか」
「違うよユイちゃん。誰も不幸になんてなりたくはない」
「だったら……」
「ユイちゃんは分かってないよ。不幸な人がいるから自分が幸せだって感じるんだよ。幸福な人達はみんな不幸な人達を蔑んで優越感に浸っているだけなんだ」
「違う……」
「気付いてないだけなんだよ。ユイちゃん」
-違う。違うよ。紫苑……
そんな歪んだ考えをしてしまうのはきっと上条家に関わる過去からきているのだろう。
父親を義郎に殺されたという過去の呪縛から紫苑も抜けられないでいる。
紫苑もまた犠牲者―――
憎しみからは何も生まれない。そこにあるのは自分自身のことを追い込む哀しみと絶望だけ。そしてその向こう側には後悔が待っている。
「何度だって言うよ。今ならまだ間に合う。こんな事はもう止めて」