引きずり出された想い
俺は結菜を愛してる――――
どうしてそんなことを言ったのか自分で自分が分からない。
こっちを見ている蓮は「ほらな」と言わんばかりの顔をしていた。
「は?じょ、冗談だよ。冗談だからな。その……家族愛ってことだから」
自分自身で発した言葉が信じられず、それを撤回すべく蓮に両手を振って見せた。
「いいよ。今更誤魔化さなくったって。そんなこと初めから分かってたことだからな」
安心しろと蓮はその場に座り、あぐらを掻いた。
「蓮。あのな、正直に言っていいか?今の俺はおかしい。自分でもよく分かってないっていうか……」
頭の中が混乱して、蓮を前に慌てている自分がいた。
「よく分かっていないねぇ。ヒカルはハリウッドに行って役者を頑張るんだろ?その前にやらなきゃいけないことがある」
やらなければいけないこと?
「紫苑のことだろ」
「違う。あいつに『自分の気持ちを伝えること』だ」
「は?なんだよそれ」
もう分からないを通り越している。蓮はこの俺をどうしたいのだろうか。
「あいつに気持ちを伝えて玉砕してこい」
「は?」
またこいつは何を言っているのだ。完全に理解不能になってしまった。
「上条は俺のことが好きだ。だからヒカルがあいつに気持ちを伝えても確実にフラれる」
「大した自信だな」
ふられるのを分かっていて、のこのこと告白する奴などいないだろう。
「フラれてスッキリして、それでハリウッドでもどこでも行けばいい」
「…………」
ヒカルはもう蓮の考えを理解しようという自分の思いを宇宙の彼方にでも葬り去りたかった。
「な?そうしろ!」
「何が『な?』だ!!ったく、そんな気なんかねえよ」
たとえそう言う気持ちがあったとしても、結菜に気持ちを伝えるなんて冗談じゃない!
今は兄貴として結菜の傍に居られるのに、自分の気持ちを言えば兄妹としての関係も無くなってしまう。
あの笑顔を向けて話しかけられることも永遠に無くなってしまう。
いくら日本から居なくなるからと言っても、そんなことは出来るはずがない。
待てよ。もしかすると、蓮は結菜と自分との関係を完全に断ち切るためにそんなことを言っているのだろうか……
だとしたら――――
「俺はヒカルのことを心配してんだよ。今、あいつに想いを残したまま遠くに行っちまったら、前に進めないんじゃないかってな。思い切ってここであいつに想いをぶつければ、それこそ俳優業を思いっきり頑張れるだろ?」
蓮の話しを聞きながら、拳に力が入っていった。
やっぱりそうだ。
蓮は心配をするフリをして、自分と結菜を引き離そうとしている……
「そういうことか……」
「そういうことだ」
ニッと笑った蓮の頬を握っていた拳で殴りかかっていった。
ドスッという蓮の倒れた鈍い音がして、気が付くとフローリングに蓮が横たわっていた。
「ってな。何すんだよ」
蓮は殴られ血が滲んだ口許を手の甲で拭いながら起きあがった。
「その手には乗らねぇよ!!俺を結菜から遠ざけようたってそうはいかない!」
「は?何言って」
「分かってんだよ!そんなことを言えば、もう二度とここには戻れない……俺は結菜に嫌われる―――――」
結菜に嫌われたら……今までの関係が崩れ去ってしまえば……
蓮は俺の生きる気力さえ奪うつもりか。
「上条に嫌われる?ヒカルはあいつのことを一番良く分かってると思ってた。なんだ。がっかりだな」
蓮は力なく「ははは」と笑った。
「分かってるさ。小さいときからあいつは泣き虫で……よく泣くくせに頑固で一度言ったことは何が何でも押し通しすヤツで。自分より人の心配ばかりして……だから、いっつも損ばっかりしてるし。守ってやると思ってても、いつの間にかこっちが守られてたりしたこともあった……あいつ、弱そうに見えて案外強い。でもやっぱり弱くて……
いつまでも小さい妹って思ってたのに……いつの間にか俺の中で女になってた……」
そんな結菜をいつの間にか『妹』じゃなく、一人の『女の子』として見ていた。
ずっとその感情を表に出さないように蓋をしたまま今までやってきたのに―――
兄と妹としての関係を崩さない為に……
ずっと胸の奥底に沈めていた想いを蓮に引きずり出され、もう自分でも認めざるおえない。
「それだけよく知ってんのに、なんで嫌われるって思うんだ?」
「当たり前だろ。兄妹として育ってきたんだから、兄貴に告られたら普通のヤツは引くだろ」
ヒカルが言い終わると、蓮が口から「ぶっ」と音を噴出した。
なにが可笑しいのかさっぱり分からない。
「ヒカルでも分かってないのかよ。あいつは普通じゃない。まあ、初めは驚くだろうけど、あいつがヒカルを傷つけると思うか?」
「蓮……」
「あいつのこと信用しろよ」
そう言う蓮は結菜のことを信じ切っている目をしていた。
-ははっ
こいつには敵わない。
「やっぱ。結菜が好きになるだけのことはある」
ヒカルがボソッと呟くと蓮は、ん?と目を大きくした。
「偉そうなこと言ってけど。俺だって怖かったんだ。あいつに嫌われたらってこの一ヶ月の間、ずっとそう思ってたよ」
「でも、蓮はまた自信を取り戻したってことか」
「そうだな。あいつは俺らが思ってるより、ずっとずっと強ぇのかもな」
「まあな。俺の好きになった『結菜』だからな」
ヒカルは蓮と顔を見合わせて笑った。