子供の理想論
蓮の父親の社葬が行われていた。
途切れることのない参列者に、蓮と進藤は休む暇もなく対応に追われている。
忙しいのは亡くなった人に対しての悲しみに触れさせないためか。それとも、現実の出来事だと感じさせないためか……
結菜は自分の両親が亡くなった時のことを思い出していた。
入れ替わりに出入りする人達をぼうっと眺めるだけの自分。棺の中には眠るように眼を閉じている父親と母親。
いつもとは違う光景や何もかもが、その現実の出来事を遠ざけているような気がした……
蓮も今。あの時の自分と同じ事を考えているだろうか?
蓮の父親との最後のお別れをすると、気丈に振る舞っていた蓮が傍に来て囁いた。
「俺の家で待ってて」
そう言った蓮の寂しそうな顔を見ると放っておけない気がして、言われるままに蓮の家で待つことにした。
遅れてきた広海に車で送ってもらうと、話しがあるからと何故か広海も蓮の家で一緒に待つことになってしまった。
「それにしても遅いわね」
なん杯飲んだか分からない紅茶をまた口に運びながら、広海はたぽたぽになったお腹をさすった。
「話しって蓮くんに?」
「蓮くんというより、あなたたちにってとこかしら?」
広海はそう言うと結菜に向かってウインクをした。
「お待たせしました」
そう言って入ってきたのは蓮ではなく進藤だった。
「あの……」
「蓮さんならもう少し時間がかかりそうなので、先に私に帰るようにと」
「そうですか」
まだ帰ってこないと聞くと、寂しい気持ちが沸き起こってきた。蓮が寂しいからじゃなく、自分が寂しいからここにいるのかもしれない。
進藤は首に絞めてある黒のネクタイを少し緩めると結菜の前に座った。
「結菜さん。あなたには心から感謝しています」
「え……?」
「蓮さんはこの一週間、何度も病院に足を運び、会長の傍にいてくれました。会長もそれはもう幸せそうで。お話しは出来なかったけれど、お二人は心で繋がっているように感じられました。これもあなたが蓮さんを会長に会わせてくれたお陰です」
「私は別に……」
いつも敵対心を向けてくる進藤に面と向かってそんなことを言われると、少し照れくさい。
「いいえ。結菜さんでなければ蓮さんを説得出来なかったと思います。これからも、蓮さんのサポートをよろしくお願いいたします」
「それって……」
もしかして―――
「はい。私も蓮さんと結菜さんとの結婚を応援していきたいと思っています」
進藤は会社のために蓮との結婚は反対だと言っていた。それも蓮の父親のことを思ってのことだろうけれど……
応援すると言う目の前の進藤に拍子抜けしたように力が抜けた。
「それで。進藤さん……」
話が途切れるのを待っていたかのように広海が進藤に話しかけた。
「今後のことですね」
「はい」
進藤は広海にそう聞かれることを予想していたのだろう。
「雨宮グループの経営状態は今までと変わりありません。ご心配には及びません」
「そうじゃなくてね、進藤さん。蓮くんのことよ。父親が亡くなって本当の意味でこの家に一人になってしまって……なんだかね。寂しいんじゃないかって思って」
そう……
この家で同じ『ひとり』と言っても、もう父親が帰って来ない『ひとり』は寂しすぎる。
「例えそうだとしても、これから先は蓮さんが雨宮グループを率いていくのです。一時的な感情に流されて立ち止まっている暇はないのです。それに、寂しいからと言って私たちには何も出来ません。父親の死は蓮さんが自ら乗り越えていかないといけないことですから」
表情ひとつ変えず淡々と進藤はそう言った。
「そうでしょか?」
「結菜ちゃん?」
違う。
そうじゃない。
「ひとりで乗り越えるなんてそんなことさせない。私は少しでも蓮くんの悲しさを軽くしてあげたいんです。できることなら蓮くんの悲しみを全部背負ってあげたい……そうできるなら」
―――『お前がどんなことを言ったって全部俺が受け止めてやるから……
そんで、百年でも二百年でも生きたいって、そう思わせてやる』
蓮くんが私に言ってくれた言葉……
私だってそう思う。蓮くんの全てを受け止めたいって。
子供の軽い上辺だけの気持ちだと大人達に思われても、今の自分はそう思っているのだから仕方ない。
理想論。
自分でもそう思う。到底、人の全てなんて背負ってなんてあげられない。
たとえ。心からそう願っても―――
「そう言ってくれるのは有り難いけど、俺はそこまでヤワじゃない」
「蓮くん……」
いつの間に帰ってきたのか、クスリと笑った蓮がリビングルームの入り口に寄りかかっていた。
「それに……そのセリフって男から言うセリフだろ?」
「い、いつからそこにいたのよ」
ニヤリと口許を上げて笑った蓮はいつもと変わらない気がした。
「出てくるのが少し早すぎたか。もう少し上条の愛の告白を聞いとけば良かったかな」
どこか上機嫌な蓮のセリフにかぁっと顔が火照る。
「仲が良いのは結構だけど、私からの話をそろそろ聞いてくれるかしら?」
痺れを切らした広海が二人の会話を遮った。
「そう言えば広海さん話しって」
なんだろう?
蓮もソファーに座るとそれを確認した広海が口を開いた。
「ねえ。蓮くん。単刀直入に言うわね。うちに来る気はないかしら?」
「え!!!?」
声を出して驚いたのは結菜だった。もちろん向かいに座っている蓮も驚いた顔をしている。
「そんなに驚くことかしら。私はずっと前から考えてたことだけど。私もヒカルちゃんも仕事で家に帰るのも遅いでしょ?結菜ちゃんのことが心配なのよ。蓮くんがうちで暮らしてくれれば、その心配は解消するわ。それに紫苑くんって子のこともあるし……蓮くんはお父さんのこともあるから、すぐにとは言えないけれど、考えてみてくれないかしら?」
にこやかに話す広海に面食らっていた。
考えてみてって……
蓮と一緒に暮らすって?
広海の様子をみると、冗談……ではなさそうだ。
「結菜さんのことが心配でしたら、以前のようにここで暮らすというのはどうでしょう。セキュリティーも万全ですし、監視の目もある。それに蓮さんはここの主ですから、そうそう家から出て暮らすなどということはなさらないほうがよろしいかと」
進藤の言うことも尤もだと思う。
蓮がうちで暮らせば、ヒカルと広海がいると言っても家には殆どいないから、ほぼ二人暮らしのようなものだ。
「ここはちょっと広すぎるわ。監視の目があるっていうのも、二人には窮屈でしょうし、結菜ちゃんは嫁に行く身。勝手な言い分だけれど、出来るだけ私の傍には置いておきたいもの。蓮くんがうちに来てくれれば、全てが解決するでしょ?もちろん、進藤さんも自由に出入りして貰って構わないわよ。ねえ。どうかしら」
「どうと言われましても……」
進藤も広海に呆気にとられたのか、チラリと横にいる蓮の顔を見た。
蓮は広海からの申し出にどう答えるのだろう……
父親が亡くなったばかりというのに広海はいったい何を考えているのか。
―――『寂しいんじゃないかって思って』
-あ……
広海も自分のことだけではなく、父親が亡くなった蓮のことを思い、こんな提案をしたのかもしれない。
蓮はどう答えるんだろう―――
結菜と広海の視線が蓮に集中した。