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ジャンプ  作者: minami
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これからを生きるために…

 夏休みに入り、7月も終わりを迎えようとしていた。




「あれ?ヒカルは?」

「もう出掛けたんじゃない?」


 広海はそう答えると、仕事に遅れそうなのだろう、慌てたように家を飛び出していった。


 


 最近のヒカルはおかしい。

 

 どうおかしいかと言うと……



 机に向かって勉強らしきことをしている。


 ヒカルだって受験生。勉強ぐらいするよね。と思ってみても、高校受験の時ですら机にかじりついている姿なんて見たことが無かったのに。


 なんだろう……この違和感は。


 まあ。勉強をする気になったのはいいことだし、よくよく考えると不思議がる事でもないような気がする。


 そんなことより、もっと考えないといけないことがある。



 それは蓮と蓮の父親のこと―――


 蓮の父親に会い、そして進藤から聞いた両親達の過去の話し。

 それをどう蓮に伝えればいいのか悩んでいた。


 もう。時間がないというのに……



 今日は言おう。今日こそは。と蓮に会う度にそう思う。

 里沙との誤解も解け、後は紫苑と蓮の父親のことを何とかしなければいけない……しかし、その二つが大きな課題ではあるけれど。

 でも、蓮の父親のことは大丈夫。蓮ならきっと分かってくれる。


「よし!今日は絶対に蓮くんに伝える!!絶対に!」


 結菜は拳をつくり、そう叫ぶと、家を出て蓮との待ち合わせ場所に向かった。


 紫苑のことより、蓮の父親のことを優先させた。それはもちろん病気のことがあるから。病気は待ってはくれない。いつ何が起こるか分からない状況だからこそ、すぐにでも蓮に伝え、そして親子の再会を果たす。


 必ず上手くいく。

 必ず……



「蓮くん!」

 結菜に気付くと、蓮は笑顔で手を挙げた。

「遅い」

「う。ごめん……あのね」

 すぐにでも言いたかった。

 これ以上蓮の笑顔を見ると、決心が鈍りそうになる。

「今日どこいく?映画?それとも……なあ。どこがい?」

 久しぶりに見る蓮の極上の笑顔を向けられると、もう少しだけこの笑顔を眺めていたいような気分になってしまう。


「…………」


-いけない、いけない。


 また、いつものように流されてしまって言えずに終わるところだった。


「とりあえず、歩くか?」

 そう言うと蓮は結菜の手を取り、先に歩き出してしまった。

  

 蓮にどう言えばすんなりと病院にいる父親に会いに行くだろう……

 

 結菜は蓮と繋がれた手を眺めながら、そんなことばかり考えていた。


「紫苑のこと考えてるのか?」

「え?」

「また何かされるんじゃないかって考えてるんじゃ……それとも、俺と一緒に居るのは退屈?」

「…………」

「上条?」


-今日こそは言うと決心したんだ。


 たとえ、それが蓮にとって残酷なことであっても、父親のことは自分で言おうと決めた。

 そう決めた――――




「あのね、蓮くん。蓮くんに来て欲しいとこがあるの」

 









 結菜は何も説明できないまま、蓮を病院の入り口まで連れてきた。

「上条。ここってさ……」

 結菜が何故ここへ来たのか分からずに蓮は戸惑っているようだった。

 入り口のドアを通り抜けると足を止め、結菜は真っ直ぐに蓮の顔を見た。


「ここに。蓮くんのお父さんが入院してるの。だから」

 思い切って蓮にそう告げた。

 結菜の言葉に、蓮は驚いたように目を見開き、そして繋いでいた手が外れた。

「親父が?でも、なんで……」

「進藤さんに会ったの。進藤さんがここに私を連れてきて、それで、蓮くんのお父さんに会わせてくれたの」

「へえ」

 蓮はそう相づちを打つと、今度は、まるで他人事のように冷めた眼に変わった。


「お父さん。病気なの」

「だから?」

「だから……蓮くんにお父さんに会って貰いたくて。何も言わずに連れてきたのは謝る。でもね。今会わなかったらきっと後悔すると思って……」

 蓮は呆れたように待合室の長椅子に座った。

「本当におまえはお節介だな」

 結菜も蓮の隣に座ると、気まずい空気が流れた。


 ここで引き下がるわけにはいかない。

 あれから、進藤には会っていない。だから今、蓮の父親の病気はどんな状態なのかは知らない。もしかすると、自分が悪い病気だって思い込んでいるだけで、病状は良くなっているのかもしれない。


「蓮くん。お父さんに会ってきて。あんなに探してたんじゃない。そのお父さんがここにいるんだよ」

「そうだな」

「じゃ……」

「今日はいいや。なあこれからご飯でも食べに行こっか?なんかお腹すかね?」

 蓮は結菜の頭に手を乗せると、クシャリと髪を撫でた。そして、長椅子から立ち上がると出口に向かって歩き出した。


 簡単に会いに行ってくれるとは思わない。

 でも。


「蓮くん……だめだよ。今日……今じゃないとだめなんだよ……」

 

 病気が良くなっていればそれはいいこと。

 もしも、病気が悪くなっていたら?だとしたら「また今度」なんて、そんな悠長なことは言っていられない。


「上条。行くぞ!」


 結菜は自動ドアの向こうに見える蓮の背中を追いかけた。

 そして、蓮の腕を掴んだ。


「お願いだから、今会って!!私は蓮くんに後悔して欲しくない!!」

「…………」


 涙目で見上げた蓮の顔は無表情だった。感情は何も感じられない。


「私は後悔したの!パパとママにあんなことを言うんじゃなかったて。わがままなことを私が言ったから二人は死んじゃったんじゃないのかって。ずっと後悔してた。仕事だから帰れないって電話があった時に、どうして笑顔で「いいよ」って言ってあげられなかったんだろうって……ずっとそう思いながら生きてきたの。だから、蓮くんには私みたいに後悔して欲しくないの!何かを胸に抱えながら生きて欲しくない!!」


 蓮の腕を掴んでいた手に力が入る。


 お願いだから分かってほしい。今を、これからを生きるために蓮は父親に会わなければいけないということを。


「上条は……」

「蓮くん?」

「その両親を俺の親父が殺したかもしれないのに?それでも会えっていうのかよ」

 蓮は低い声で絞り出すようにそう言った。

 

 進藤から話しを聞いていて良かった。話しを聞いてから、暫くは混乱したけれど、蓮の父親が両親の死にどう関わっていたのかを知っている。だから、蓮の父親を恨んでなどいない。




「そのことは、お父さんに直接聞いてみればいいじゃない」




 結菜は溢れる涙を拭うと、蓮に向かってそう答えた。

 


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