これから先の人生…
進藤から語られた真実――――
それは、悲しくて胸が締め付けられるようで、全ての辻褄が合ってもすっきりとすることはなかった。
進藤に家まで送ってもらうと、二日ぶりに自分のベッドに転がった。瞳を閉じて、想像してみる。蓮の父親と自分の母親と父親がコウナン学園に通っていた頃のことを……
仲の良かった三人に起こった出来事は、今の自分に重なる部分はあるけれど、でも、自分より数倍過酷だったと言えるだろう。
「結菜ちゃん。今までどこに行ってたのよ!!」
壊れそうな勢いで開けられたドアの方を見ると、広海が泣きそうな顔で立っている。
「広海さん……」
結菜は転んだばかりのベッドから起きあがると、広海とリビングに下りていった。
「広海さんは知ってたの?ママと蓮くんのお父さんが婚約してたこと……」
結菜はソファーに座り、クッションを抱きかかえると開口一番にこう切り出した。
この話しを進藤に聞いたときには本当に驚いた。
そして、進藤から聞かされた真実を確かめるために、広海にもそれなりに協力してもらうつもりでいた。
広海は、悪戯がばれて叱られる前の子供のように、ばつが悪そうな顔で結菜を見た。
「婚約と言っても、少しの期間だけよ。親の決めた婚約だったからお互い恋愛感情があったわけじゃないのよ。蓮くんのお父さんと亮は、それは仲が良くてね。メイちゃんが亮を好きだってことも知ってたから、蓮くんのお父さんが婚約を解消したのよ」
「へ〜それを知ってて今まで黙ってたんだ」
「そ、それはね。別に言わなくてもいいかなって思って。だってほら。結菜ちゃんと蓮くんにはそんなこと関係ないでしょ」
「それはそうだけど……じゃあ、蓮くんのお父さんとお爺さまが交わした約束は知ってるの?」
「約束?さあ何かしら。あ。それはあなたと蓮くんの婚約のこと?」
広海もこのことまでは知らなかったようだ。
結菜は広海に進藤から聞いたことを掻い摘んで話した。
事の始まりは蓮の父親、雅也の婚約破棄からだったのだろう。メイの実家は17代続く旧家の家柄だった。雨宮家とも親交が深く、親同士が納得しての婚約だっただけに、二人に対してのバッシングも凄かった。
それを踏まえての亮との結婚は、全ての人達が手放しで祝福してくれたものではなかった。
上条家も結縁するには相違ない相手。しかし、メイ側の一族には最後まで頑なに反対されていた。だから、認められようと二人はあんなに仕事をこなしていたのかもしれない。
そして、雅也もまた、メイと婚約を破棄したことで、周囲から反感を受け、蓮との母親と結婚してからも、自分の手で事業を拡大するべく奮闘していたそうだ。
三人はきっと意地になっていたのだろう。メイは亮と一緒になったことが良かったのだと自分の一族に知らしめるために。亮はメイの家族に認められようと。そして、雅也もメイと婚約破棄したことが、会社に対しても自分にとってもマイナスになっていないということを世間に知らせたかったのだろう。
そこまでして、周りの人々の視線を気にする必要があったのか。まだ17年しか生きてきていない自分には分からないことなのだろうか。
だが、確かめたくても、両親の気持ちは今となっては知る由もない……
そして、両親の死もそこから引き起こった疑いがある――――
雅也は、裏の組織と対立していた。利益ばかりに囚われ、法律や人としての道を踏み外すことばかりしていた組織にはうんざりしていたのだ。
その頃、組織を仕切っていたのは雅也の父親で、手出ししようにも何も改革を起こすことは出来ない状態だった。
しかし、組織の中に居る以上、情報だけは入って来る。
ある日。雅也は、亮とメイの暗殺計画があることを知ってしまった。もちろん、二人には手出しさせまいと奮闘するが、結局は守りきれずに死なせてしまったというのだ。結菜が3歳の頃の誘拐事件も雨宮グループの裏の組織が関わっていると思われる。
誘拐が失敗に終わり、今度の計画では失敗など許されなかったのだろう。裏の組織に誰が依頼してきたのか、そこまでは分からないと進藤は話していた。
両親が亡くなり得をする人物……
頭に一人の顔が浮かんだが、結菜はそれを消し去った。
蓮の父親、雅也と、結菜の祖父、義郎が交わした約束―――
それは以前進藤から聞いたことがあった。
雅也は、両親が亡くなった結菜に同情して雨宮家に自分を匿う形で蓮と婚約させたのだと。蓮の命が志摩子によって狙われているとも言っていた。だから、蓮との婚約は反対だと……
志摩子の目的が変わったから、婚約の必要がなくなった。私と一緒にいると蓮がかえって危険だと進藤は言っていた。
きっと志摩子の狙いは、紫苑と自分を結婚させ、上条財閥を自分のものにしようという企みなのだろう。その目的の為には蓮が邪魔だった……
雅也が病院に入院した夜に、進藤は雅也から全ての事実を聞いたそうだ。
亮とメイが亡くなった後。雅也は上条家を訪れていた。それは義郎に会うために……
そこで交わした義郎との約束は必ず守ると心に誓い、今まで生きてきた。
しかし、その命が尽きようとしている。その義郎との約束を進藤に引き継いで貰いたいと雅也に頭を下げられたそうだ。
「会長は同情などではなく、心からあなたのことを守りたいと思っています。二人の……いえ。メイ様のご令嬢ですから、自分の命に代えても、守りたかったのだと思います」
そして、進藤が帰り際に言った一言が頭から離れない。
「会長はメイ様のことを慕っておられたのでしょう。それは今も変わってはいないはずです」
蓮の父親がどんな気持ちで二人の死を乗り越えたのか……もしかすると、今もまだ乗り越えられないでいるのかもしれない。
胸がぎゅっと痛くなるほどに悲しい過去を聞かされ、結菜の心の中に蟠りが残った。
「それで?結菜ちゃんは蓮くんにそのことを話そうと思ってるの?」
神妙な面持ちで広海はそう言った。
紫苑のことも洗いざらい話すと、広海はそのことに気付いていたかのように、あまり驚きはしなかった。
「お父さんのことも話そうと思うの。隠し事をして、いいことなんて何もないもん」
「そうね……その方が蓮くんにとって良いとは思うけど。でもね。少なからず自分の父親が亮たちの死に関わっているって知ったら結菜ちゃんに対しての気持ちがどう変わるか……それに、病気のこともあるし。ここは慎重になった方がいいと私は思うのよ」
「そうだね。私に対しての気持ちがどう変わるのかまで心配してても仕方ないじゃない。それより、ヒカルの事が心配だよ。紫苑に何もされなければいいけど……」
「そうね……ヒカルちゃんには、私から話して用心するように行っておくわ。結菜ちゃんも危ないことだけは止めてよね」
「うん。分かってるって」
結菜は笑顔でそう答えた。
広海が言ったように、蓮には慎重に話さないといけない。でも。もう時間がない。
病状を見る限り、蓮の親子に残された時間は今も刻々と縮まっている―――
迫ってくるような重圧感が結菜を支配する。
蓮に話した方がいいに決まっている。しかし、これを聞いた蓮がどんな反応をするのかが怖い……
義郎の言っていた言葉が蘇ってくる―――
――――『全てを知るということは必ずしも良いこととは限らないのだよ。真実を知るということは、同時に失わなければいけないものがあるということを覚えておきなさい。真実の向こう側は、時には残酷なものだということを……』
失う?
真実を知った今。何を失うと言うのだろう……
この時の私は、まだ何も分かってはいなかった。