父の想い 子の想い
突然現れた進藤に連れて行かれた病院の特別室。そこには、蓮の父親がベッドに横たわっていた。見るからに重病であるかのようにやせ細り、今すぐにでもどうにかなってしまいそうな……そんな青白い顔をしている。
「進藤。結菜さんと二人で話しをさせてくれ」
「それはいけません」
「今日は気分がいい……そうさせてくれ」
「…………」
細い声で懸命に話す蓮の父親に、進藤も折れたように病室を後にした。
「結菜さん……ここへ」
そう言われ、流れていた涙を拭うと、結菜は蓮の父親の傍へ近寄り、その場にあった椅子に腰を掛けた。
近くで見る蓮の父親の顔は、痩せていても、目元あたりが蓮に似ていた。
「結菜さん……すまない……本当に申し訳ないことをした。すぐにでも会ってお詫びがしたかった……今日はここへ来てくれて……ありがとう……」
そう言って、蓮の父親は優しく微笑んだ。
「おじさま……」
『すまない』とはどういう意味だろう。
聞きたいことはいろいろとある。でも、聞けない―――
聞けないどころか、返す言葉も見付からず、そして、弱った身体でベッドにいる蓮の父親に、どう声を掛けたら良いのか迷っていた。
すると、そんな結菜の心情を読み取ったのか、また蓮の父親の方から話し始めた。
「こうして結菜さんを見ていると、高校生の頃に戻ったようだ……結菜さんのご両親の亮とメイは同級生でね。あの二人にはいつも当てられっぱなしだったよ……学生の頃から本当に仲の良い二人だった……」
「そうだったんですか」
身体が辛いだろうに、一生懸命に話してくれる蓮の父親に、今の自分はそんな言葉しか帰すことが出来ない。
気まずい沈黙が流れた後。再び蓮の父親が口を開いた。
「不躾で申し訳ないが。結菜さんは……息子のことをどう想ってくれているだろうか……」
「えっ…………」
優しそうに笑う蓮の父親と目が合うと、結菜は慌てて逸らした。
どう想うのか……それは好きか嫌いかと言うことだろうか。だとすれば、好きだとはっきりと言える。
でも……
自分の周りで、あまりにもいろんな事がありすぎて、蓮に対して真っ直ぐに自分の気持ちを言えない状況であることは分かっている。
紫苑ときちんと話しをして、蓮のところに戻ろうなんて、そんなのは自分が都合よく言っているだけで、蓮はもう里沙のことが好きになっているのかもしれない。戻ろうにも戻れない。分かって貰おうにも、もう蓮にとって自分はどうでもいい存在なのかもしれない。
「私は結菜さんのことを全て知っている訳ではない。しかし……ある程度のことは把握しているつもりだが……それを除外した上で、息子を一人の男として、どう想うのか……良かったら聞かせてはくれないだろうか……」
か細い声をしていても、瞳の奥の光はまだ衰えてはいない。蓮の父親の強さが伝わってくる。だからか、ここはその場しのぎの答えではいけないとそう感じた。
「好きです……私には蓮くんが必要だし、ずっと傍にいたいってそう思います。許されることなら、今すぐにでも蓮くんに自分の気持ちを伝えたい……」
たとえ、それが無意味な行為でも。
そう出来たら、どんなに楽になれるのだろうか。
ずっと片時も離れることなく蓮と一緒に居られることが出来たなら、どんなに幸せだろうか。
「私の犯した罪は消えないが……それを聞いて、少し安心した……進藤は君たちのことには反対みたいだが……しかし、あれはあれで、会社のことを考えた上でのこと……大目に見てやってほしい……」
「あの……」
「私はあなたの両親を守りきることは出来なかった……だから、せめて亮とメイの娘。あなただけは必ず守り抜こうと……そう決心して義郎氏に提案した……」
そこまで言うと、蓮の父親は苦しそうに目を閉じた。
「おじさま……?大丈夫ですか?おじさま!!」
結菜の声を聞き、廊下にいた進藤が直ぐさま病室に入ってきた。
それから、医師や看護師が駆け付けると、胸に心電図を取り付けたり点滴をしたりと、静かだった病室が一気に騒がしくなった。結菜は何もすることが出来ず、ただ呆然とてきぱきと動く医師たちのことを見ているしかなかった。
「これ以上、お話は無理です。結菜さんは私が責任を持って自宅までお送りいたしますので、会長はお休み下さい」
医師たちが病室を出て行った後、進藤は蓮の父親の耳元でそう言った。
「結菜さん……もし何か困ったことがあれば……この進藤が協力してくれる……」
「会長!無理なさらないでください」
本気で心配している進藤を見て、進藤は蓮の父親を心から慕っているとそう感じた。だから、蓮の父親も進藤だけを自分の傍に置いているのだろう。
「おじさま……」
結菜は蓮の父親に言葉を告げるためにベッドに近づいた。
どうしても確認しておきたいことがある。
「おじさまは、蓮くんに会うつもりはないのですか?」
一度閉じた眼が再び開き、その眼は天井を見ていた。
いくら確執があったとしても、会いたくないわけはない。親子なのだから……
「結菜さん。お送りしますので行きましょうか」
蓮の父親の答えを聞く前に、進藤が結菜の腕を掴むと、無理矢理病室から出そうとした。
きっと、言ってはいけないことを言ったのだと悟ったが、そんなことは分かり切っている。今更後には引けない。
結菜は進藤に抵抗しながら、ベッドに横たわっている蓮の父親に向かって叫んだ。
「どうして?!親子じゃない!たった二人だけの家族でしょ?会って蓮くんに会えなかった分の気持ちを伝えてよ。蓮くんだって会いたいに決まってるよ!会えなくて寂しいに決まってるよ!会いに来てくれるのを待ってるに決まってるよ!!」
「結菜さん……いい加減にしてください」
結菜は大柄な進藤に、いとも簡単に病室の外に追い出された。
「あなたって人は……会長はご病気なのです。病人に向かって……」
「病人の前に蓮くんの父親でしょ!!このまま会わないなんて、おかしいよ」
「それじゃ。蓮さんに会長が病気だとあなたは言えますか?今の会長に会わせられますか?」
「そ、それは……」
「そうでしょう。会長だって同じ気持ちです。蓮さんの前では、ずっと元気な頃の自分でいたいのです」
「じゃあ、最後まで言わないつもりなの?何も教えられずに、居なくなって初めて聞かされる蓮くんの気持ちは考えないの?そんなの残酷すぎるよ!」
「どちらが残酷なのか。それは私たちがとやかく言うことではありません。会長と蓮さん、親子の問題ですから」
−そんな……
これ以上口出しをするなと進藤は結菜を車に乗せた。
親子の問題だとしても、やはり蓮に言わないでおくことなんて出来ないだろう。
「私はそうは思わない。進藤さんが話さないんだったら、蓮くんには私からこのことを話すからっ」
「会いに行くも行かぬも、蓮さん次第ですか……あなたは本当に残酷だ」
進藤に何と言われようが、例えそれが残酷な事だろうが、知っているのに知らないふりをすることなんてできない。
「それに……蓮くんは知ってるよ。私の両親の死にお父さんが関わっていることを。進藤さんは知ってるんでしょ?さっきの話しも聞いてたよね?」
「いえ。なんのことか」
「誤魔化さないで!!おじさまは言ったわ。『私の両親を守りきることは出来なかった』って……それってどういう意味があるのか説明してくれるよね?もし進藤さんが話してくれないんだったら、また病院に行っておじさまに直接聞いてもいいのよ」
「脅しですか?」
「何とでも言ったらいいわ」
車を運転していた進藤は、呆れたように溜息をつくと、路肩に車を停車させた。
そして進藤の口から、これまで語られることのなかった蓮と結菜の運命とも言える真実が明かされるのだった。